第三十三話

 嫌な予感はしていた。


 見習えた道。クラスメートの口コミで知ったの、和音も美味しいと言っていたのよ。


 その言葉を聞いた時点で他の店にしましょうと言うべきだった。


 俺は今、綾瀬の店前に来ていた。


「どうしたのかしら? 何だか緊張しているよに見えるけど?」


「そ、そんなことないですよ。ただ、ここバイト先なんですよ」


「あら、そうなの。もしかして嫌かしら?」


「そんなことないです。ただ、クラスメートに会わないことは願いたいです」


 残念そうな姿に他に行きましょうなんて言う事は出来ない。


「大丈夫よ。私が誰といても誰も気にしないと思うわ」


 親衛隊とかいそうなんだよな。


 俺が嫌がってないと分かったから、天使先輩は店のドアに手をかてそのまま中に入る。俺もその後ろに続いて入店する。


「いら……。いらしゃいませ~」


 今言葉つまったよな?


 入口の側にいた結さんが俺達を見て、側に来てくれた。


「二人ですけど、いいいかしら?」


「はい、二名様ですね。すぐにご案内します」


 流石はプロだ。にこやかな笑みを浮かべて、俺達を店の奥に案内してくれる。


 案内してもらったのは、小さなお子様連れやカップルなんかを案内する席だった。


 店の何処からも死角で、ひっそりとした半個室のような空間だ。


「中々雰囲気の良い店ね。和樹君のオススメは何かしら?」


 向かいに座った会長がメニューを見ながらそう聞いてきた。


「そうですね……。オムライスとハンバーグが特にお勧めです」


「へ~。因みに和樹君は何を頼むのかしら?」


「俺ですか? そうですね、今日はオムライスにしておきます」


「そう、なら私はハンバーグにしておくわ」


 天使先輩はそう言うと席から通路に手を出して、結さんを呼んで、注文してくれる。


 俺はそのタイミングで持ち帰り用のオムライスをお願いしておく。


 しばらくし雑談をしながら料理を待っていると、料理が運ばれてきた。


「……。さ、食べましょう」


 俺は急いでオムライスに書かれた文字を消して、そう声をかける。


「そんなに慌てて、そんなにお腹を空かせてたの?」


 違う、オムライスに器用にと書かれてたから消しただけなんだ。


 会長は手を合わせた後、器用にナイフとフォークを使ってハンバーグを口に運んでいく。


「どうですか?」


 何だかお嬢様に庶民の食事をしてもらってる気分になってそう聞いてしまう。


「すごく美味しいわ。ねぇ、和樹君。一口ちょうだい?」


「え? ああ、いいですよ」


 俺も食べようと一口分すくったところだったので皿にスプーンを置いて、渡そうと思ったのだが、天使先輩は立ち上がって前かがみになって顔を突き出してきた。


 長い髪を片手で押さえて、早くちょうだいと言ってくる。


 すごく恥ずかしいので早く終わらそうと、その口の前にスプーンをつきだす。


「はむ……。うん、美味しいわね! 卵もトロトロで」


 席に座り直して、幸せそうにそう感想を口にする。


「そ、それは良かったです。」


 俺は無心になるべく般若心経を心で唱えながらオムライスを口に含んでいく


「じゃ、次は私ね。はい、あーん」


 天使先輩はそう言うなり、ハンバーグを俺につきだしてくる。


「いや、俺は大丈夫で……」


 無理やり口にねじ込まれた。


「美味しい?」


「はい、おいひいです」


「顔が真っ赤で可愛いわね」


 手で口元を隠してクスクスと笑って、楽しそうだ。


「は、恥ずかしくないんですか?」


「べつに、可愛い後輩をからかうのは楽しいわ~」


「お客様、水のおかわりいれておきますね」


 唐突に声をかけられて横を向くと七緒がニコニコとコップに水を入れてくれていた。


 あ、なんか怖い。


「ありがとうございます」


 敬語でお礼を伝えて、受け取った水を飲んでいく。


「つかぬことを聞きますが、お客様はカップルですか?」


 その言葉に俺は水を吹き出して、咽てしまう。


「あら、和樹君大丈夫? いえ、まだそうじゃないです」


 天使先輩はテーブルの上のおしぼりで、テーブルを拭きながらそう返す。


 まだって、何だ?


「では、デート中ですか。いいですね」


「本当、幸せです」


 何だろう、二人が顔を合わせているだけなのに火花が散っているような。


「なぁ、七緒。この人の事は知っているだろ? イメージとは違うけどこういう冗談も言うんだよ」


「ええ、知ってますよ先輩。冗談だってことくらい……」


 じゃぁ、何でそんなに怖いんだよ? そしてなぜこんなに怖いの?


「あら、冗談は言うけど。今日は本当にデートよ。和樹君はずっと取材だと思っていたようだけど」


 な、なんだってー!


「にゃ? 失礼ですが天使先輩はどうして、先輩とデートを?」


「ん? 好きだからじゃダメなのかしら?」


「光栄だな~。兄妹で仲良くしてもらって」


 俺はそう声を出しオムライスを食べて、気分を紛らわせようと試みる。


「まぁ、そうね。異性としてと言われると分からないわ。でも、和樹君以外の男子とは話したくもないわ。つまらないし」


 ああ、美味しな~。なんか七緒の後ろに阿修羅がいるように見えてきたな。


「熱々ですね~。先輩、また今度じっく~りっとお話させてくださいね」


 七緒は頭をさげて、仕事に戻っていった。


「あまり知り合いをからかわないでくださいよ」


「ふふ、ごめんなさい。でも、デートなのは本当よ?」


 この人は本当に底が知れないな。


「……。それは光栄です……」


 俺は消え入りそうな声でそう言う事しかできなかった。


 まさか初デートの相手がこんな美人な先輩になるとは思ってもみなかった。


 ・・・・・・・・・・


 店を後にした後、天使先輩を駅まで送ることにした。


「そうだ、和樹君」


「どうしたんですか?」


 また何かからかってくるんじゃないかとつい警戒してしまう。


「もう、そんなにかまえないでよ。確認したことがあるの」


「何ですか?」


「和音が配信をやっていることは知ってるわよね? それを見たことはあるかしら?」


「はい、和音だって知る前から見てましたよ。和音って知ってからは何だか申し訳なくって、見ないようにしてますけど」


 あの日、声出し配信の日を最後に俺は一度も動画を見ていない。


「どうして見ないようにしてるのかしら」


「だって、なんだか変態みたいじゃないですか。妹の配信を見てるなんて」


「ふふ、変な気の使い方ね。でも、今日の配信は見てあげて、とてつもない祭りになるはずだから」


「え? 何があるんですか?」


「それは見てのお楽しみよ。じゃ、送ってくれてありがと」


 天使先輩はそう言って改札の中に消えてしまった。


 祭りってどういうことだ? とにかく帰ろう。


 俺はオムライスが崩れないように気をつけながら、急ぎ足で帰るのだった。

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