第24話 閑話休題 とある二人の自主練習

 早朝の体育館。

 練習をしているのは小柄な少年と、大柄な青年の二人きり。 

 暦の上では春とはいえ、まだまだ冬が居座っている澄みきった空気の中。バスケットボールの弾む音と、床を踏み込むシューズの音が響く。


「よし。今朝はここまでにしよう」


 声をかける大柄な青年。彼の名前はあかい赤井サトシ。バスケ部の次期部長と噂されているだけあって、息一つ切れていない。

 

「は、はいっす!」


 一方でゼェハァと肩で息をしながら返事をするのは、きやま黄山ダイスケ。

 中等部一年生だということを差し引いても、赤井との体格差は著しい。技術力と体力については言うまでもない。


あかい赤井先輩、ボールは俺が『なおして』おくっす!」


 切れ切れとした息にも関わらず、ニヤリと笑ってダイスケが言う。

 

「ダイスケ、お前、いい性格してんな」


 ポカリと頭を叩きながら、赤井も笑う。

 

「悪かったな。変な誤解をさせちまって」


 ダイスケの頭をそのままぐりぐりと撫でながら、赤井が言う。


「本当に焦ったっすよ。近藤先輩には感謝しかないっす」


 やめてくださいっす、と言いながら全然嫌がっていない顔でダイスケが答える。と、近藤、の言葉に赤井の手が止まる。


「先輩、どうかしたんすか?」


 何か不味いことを言ってしまったのかと、ダイスケが不安そうな顔で赤井を見上げる。


「なぁ、近藤はどうだった?」


 ダイスケの頭から手を離した赤井が、体育館の床にあぐらをかく。ちょっと座れ、と無言で示す。


「どうって。う〜ん、俺、昔の近藤先輩を知らないっすから良くわかんないんすけど」


 赤井の隣に正座したダイスケが、困ったような顔で答える。


「構わない。ダイスケの感じたことを教えて欲しいんだ」


 少しでもダイスケの緊張を解こうとしたのか、柔らかい顔をつくって赤井が話を促す。


「うっす。家庭科準備室の名探偵ってあったじゃないっすか」

「あぁ」


 家庭科準備室の名探偵。

 それは最近、いちょう銀杏学園で密かに話題になっている噂だ。

 そういったことに疎い赤井でも耳にしていることを考えると、それなりに広がっている話のようだった。


「でも、いなかったすよ。アガサなんて」

「えっ?」


 ダイスケの言葉に赤井が驚きの声をあげる。


「俺の相談を解決してくれたのは近藤先輩っす。別に誰かに相談とか、噂みたいな変な感じはなかったっす」

「そうか」

「あと」


 言いかけてダイスケが言葉を切る。気まずそうな、いたずらを謝る前の子どものような、そんな顔をしたダイスケに赤井がたずねる。


「なんだ? 言えよ」

「怒らないっすか?」


 上目遣いに自分を見るダイスケ。その幼い仕草に赤井は苦笑いする。


「怒らねぇよ」

「絶対っすか?」

「あぁ、絶対」


 その言葉にホッとした顔でダイスケが話しだす。


「俺、近藤先輩にバスケ部に帰ってきて欲しいってお願いしたんす。もちろんオッケーとは言ってくれなかったんすけど、近藤先輩、めっちゃ懐かしそうに赤井先輩の話をしてくれたんす」

「えっ」


 赤井の表情が強張る。でも、それに気が付かずにダイスケは言葉を続ける。


「だから、赤井先輩が言えば、近藤先輩はバスケ部に絶対帰ってきてくれると思うんすよ」


 前のめりに言うダイスケが、ようやく赤井の様子がおかしいことに気が付いてハッとした顔になる。


「赤井先輩?」


 おずおずと声をかけるダイスケに、今度は赤井がハッとする。


「いや、なんでもない。よし、片付けよう。授業が始まるだろ」


 態とらしくバスケットボールを片付け始めた赤井に、ダイスケが困惑の表情を浮かべる。とはいえ、運動部。先輩の言葉にダイスケも黙って片付けを始めた。


「じゃあ、部活でな」


 何事もなかった顔で体育館を後にする赤井の背中を、ダイスケは黙って見送るしかなかった。

 


 


 

 

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