第4話 とある天文部員の苦悩【問題編】②

「彼女っていうのは同じ天文部の水崎って子なんだけどさ」

「なっ! 水崎さんって、あの水崎さん? 天文部だったの?」


 ジュンジの告げた名前に俺は驚きの声を上げる。

 水崎さんと言えば今年の新入生の中でも十本の指に入る美少女だ。腰に届くほどの艶やかな黒髪、吸い込まれるような大きな黒曜石の目。派手さはないものの、その可憐な姿と少し人見知りな感じが、一部で熱狂的なファンを生みつつある今年の注目株だ。ファンクラブができるのも時間の問題といわれている。


 そんな美少女をジュンジが射止めるなんて、世界は不公平だ! あっ、でも、ある意味希望があるとも言えなくもないか。やっぱり部活が同じってアドバンテージだよなぁ。しかも天文部。一緒に星見て盛り上がって、とか、そういう話か。羨ましいな、ちくしょ~。

 部活が同じって意味では先輩と俺もそうなんだけどなぁ。って言っても、こっちは研究会だし、別々に本読んでるだけじゃ盛り上がるわけもない。


「おい、そろそろ話続けていいか?」

「えっ?」


 気が付いたらジュンジと先輩が俺を呆れた顔で見つめていた。どうやら妄想の世界に飛び立ってしまっていたらしい。


「あっ、どうぞ、どうぞ」


 恥ずかしくなった俺は首をすくめてジュンジに話の先を促す。と、紅茶を一口飲んでジュンジが続きを話始めた。


「この前のゴールデンウイークに天文部の合宿があってさ」

「おぉ、本当に最近だね。そこで告白とか? もちろん、お前からだよね?」

「もちろんってなんだよ。まぁ、そうだけど。最終日の夜にさ」


 ジュンジの言葉に俺は、あぁ、とうなずく。天文部の合宿といえば有名なアレだ。

 

「天文部の合宿って、学校の屋上で天体観測するんだよね。いいなぁ、天文部。告白にはバッチリじゃん」

「バッチリってお前、昭和かよ。まぁ、なんで、合宿中は学校から屋上の鍵を貸してもらえるんだよ。部長に無理言って、最終日に部活の天体観測が終わったあとにそれを貸してもらってさ」


 話を聞いていた先輩が、なるほど、と呟く。

 

「ゴールデンウィークと言えば流星群がありましたね」


 その言葉に俺も声を上げた。


「あぁ、みずがめ座流星群だっけ? テレビでやってた気がする」

「よく知ってるな。みずがめ座の流星群は毎年ゴールデンウィークに見ることができるんだ。それを見ようって誘って。んで」


 そこでジュンジが言葉を濁す。よく見たら耳が赤い。


「言えよ。今までの話だけじゃ、何が相談したいのかわからないよ」

「だよな。まぁ、流星群見ながら、今度は二人きりで観たい、って言ってみたんだ。そしたら、水崎が、うん、って」

「なんだよ! ただの惚気話かよ!」

「違うんだ。相談したいのはここからでさ。うん、って言ったのに、合宿が終わってから水崎がなんだか急にそっけなくなってさ」

「えっ? どういうこと?」

「わからない。だから相談しにきたんだよ」


 確かにそれは謎だ。振ったならまだしも、付き合った後にそっけなくなるってどういうことだ?

 俺はもちろん、先輩も黙り込んでしまう。ジュンジからもそれ以上の情報はない。きまずい沈黙が流れる中で俺は嫌な考えに辿り着いてしまった。


「えっと、もしかして、聞き違いだった、とか?」

「やっぱりお前もそう思う?」


 恐る恐る聞いた俺の言葉をジュンジが予想外のさっぱりさで肯定する。


「やっぱりって」

「俺の妄想だったかぁ~」

「そんな」

「いや、俺だって自分と水崎じゃ釣り合いとれないことくらいわかってるよ。世の中そんな上手くはいかないよなぁ〜」


 そう言って自嘲するジュンジに俺は自分で言っておきながら言葉に詰まる。そんな、確かに俺も話を聞いた時は、なんで水崎さんとジュンジ? って思ったけど。

 

 でもジュンジはイケメンとか、すっごいスポーツマンとかじゃないけど、ものすごくいい奴だ。頭はそこそこいいし、何よりジュンジはどんな人の話だって真っすぐにきちんと聞いてくれる。話を聞くなんて当たり前って思うかもしれないけど、話を聞いているようで聞いていない人って意外と多い。だからジュンジのそれって結構すごいことなんじゃないかって俺はひそかに思ってる。釣り合わないなんてこと、絶対ない。

 

 黙り込んだ俺らを見て、先輩がコトリとココアの入ったマグカップをテーブルに置く。


「モナミ、君とご友人の灰色の脳細胞は少し運動不足のようだね」

「また灰色の脳細胞ですかぁ」

「灰色の脳細胞?」

「あぁ、ジュンジ、気にしなくていいから」


 灰色の脳細胞という言葉にキョトンとしてしまったジュンジに俺は答える。そんな俺を先輩がやれやれと呆れた顔で見ながら言葉を続ける。


「まぁいい。緑川君、水崎さんに声をかけたのは、入浴後だったのではないかな?」

「ジュンジ、お前、湯上りの水崎さんに声かけたの?」


 なんて大胆なことを! 先輩の言葉に思わず大きな声がでてしまう。そんな俺にジュンジが真っ赤な顔で言い返してくる。

 

「なんで知ってるんだよ! って、別に変なこと考えていたわけじゃないからな! 流星群の時間の問題で」

「わかってる! お前にそんな勇気はない!」


 慌てるジュンジに思わず即答する。いくら思春期真っ盛りとはいえ、というかだからこそ、俺たちにそんな勇気はない。


「君たちは何を考えているんだい? 別に私は何も言ってないよ」

「えっ?」


 どうやら妄想が過ぎたらしい。先輩が呆れた顔で俺とジュンジを見ている。


「もう一つ、その時、水崎さんは緑川君の名前を確認しなかったかい?」

「同じ部なのに名前聞きます? 今更?」

「えっ? 名前? あぁ、そういえば。聞かれたような」

「聞かれたの? なんでまた?」

「さぁ? たぶん、だから確証はないけど聞かれたような気がする」


 なんとも曖昧な回答だけど、先輩はフムフムと何やら満足そうにうなずいている。

 

「なるほど。最後に一つ。水崎さんは眼鏡を掛けていたかな? 私は水崎さんとはさほど親しくなくてね」

「いやいや、眼鏡って。かけてるわけない」


 水崎さんと言えば黒曜石のような大きな目がチャームポイント。眼鏡はないだろう、と俺が答えようとしたら。

 

「眼鏡? かけてるけど」

「そうなの?」


 あっさり認めるジュンジの言葉にびっくりする。と、ジュンジもなぜか驚いた顔になる。

 

「いや、そんな驚くようなことじゃないだろ。中等部の頃からずっとかけてるじゃん。ほれ」


 そう言って自分の顔にかかった銀縁眼鏡を指差すジュンジ。その姿に思わずため息をついてしまう。

 

「お前じゃねぇよ。水崎さんのこと」

「は? 水崎? かけてないよ。合宿中もかけてなかったし」


 ジュンジの言葉に先輩がまたうなずく。何がわかったのか、と目で訴える俺を見て先輩が残念そうなに首を横にふる。


「モナミ、君の灰色の脳細胞は年中お休みかい?」


 呆れた顔でそう言うと、先輩はジュンジに向かって不思議なことを言った。


「明日、水崎さんをデートに誘ってみるといい。別に場所はどこでもいい。映画、水族館、何でもね。なんなら学食だって構わない。ただし、必ず緑川君、君から誘うんだ」

「ジュンジから水崎さんをデートに誘うんですか? この状況で?」

 

 その言葉にジュンジもたじろぐ。

 

「えっ? いや、それはちょっと。水崎とのことは俺の勘違いだろうし」

「諦めきれないから私の所に来たのだろう? 私を信じてご覧。それにどうせ一度フラれているのなら二度でも同じだろう」


 いや、それは絶対に違うと思う。

 でも、確かにこのまま諦めるのは駄目な気がする。


「ジュンジ、どうせダメ元なんだ。誘ってみろよ」

「ダメ元って。まぁ、それもそっか。う〜、うん。わかった。ダメだったら愚痴付き合えよ」

「もちろん」

「私もその時はお付き合いさせていただこう。まぁ、そんなことにはならないだろうけどね」

 

 先輩はそう言ってニヤリと笑った。


「とりあえず、頑張れ! 骨は拾ってやるからさ!」

「いや、失敗する前提かよ! まぁ、ダメ元だしな。頑張ってみるよ」

 

 俺の言葉にジュンジはぎこちなく笑うと家庭科準備室を出て行ったのだった。


 *****

 ジュンジの恋の行方は?

 次は解答編です。先輩の推理をお楽しみに!

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