ダンジョン警備員 〜ダンジョンの治安を守ってただけなのに、いつの間にか配信されて伝説になってました。〜

赤金武蔵

ダンジョン警備員

第1話 ダンジョン

 およそ300年前。突如世界中に現れた、巨大な門。門の奥には、地球とは別の生態系が広がっていた。

 地球では育たない植物。進化しえない動物。そして未知の鉱物。

 各国はそこを【未開の地ダンジョン】と名付け、市民の立ち入りを制限した。


 しかし、ダンジョン内の生物は凶暴で、ずる賢く、邪悪。人間の作った兵器では太刀打ちできないほどのタフネスと強大さに、為す術はない。

 やがて政府は、その地を完全立ち入り禁止区域に指定し、絶対に誰も立ち入らせないようにした。


 ──が、神は人類を見放さなかった。


 ほぼ同時期に現れた、特殊な力を持った人間。

 何もないところから炎を出し、電撃を操り、生物を凍結させる。

 それらは、ダンジョン内の生物に唯一対抗できる手段として、政府から認められた。

 こうして世は、未知の生物……魔物から採取する素材や、未知の鉱物を利用し、急速に進化を遂げていった。


 かくして、世はダンジョン時代へと突入する──。



   ◆◆◆



「はーいどーもー! みみみダンジョンチャンネルへようこそ! DTuberの、美空みそらでーす!」

『みみみ!』

『待ってた』

『今日もかわいー!』

『服のパージはいつですか』

「くぉるぁ! セクハラ禁止!」



 腰に両刃剣。両腕にはガントレット。両脚にはブーツを身につけ、胸元を大胆に開けた割と露出の多い格好をしている女性が、目の前に浮遊する球体型ドローンの前でポーズを取っている。傍には半透明のディスプレイが映り、文字がかなりのスピードで流れていた。

 ディスプレイの上には、『視聴人数105』の文字が浮かんでいる。隣には『登録者数232』と書かれていた。


 彼女は陽咲美空ひさきみそら

 昨今話題の、ダンジョン攻略配信を生業としている、駆け出しダンジョン配信者DTuberである。


 ダンジョンが現れて300年。

 今ではダンジョンがあるのが当たり前になっている時代、能力者たちはこぞってダンジョン攻略に勤しんでいた。

 しかし、ただダンジョンを攻略するだけでは面白みがない。

 そこで生まれたのが、ダンジョン攻略配信である。

 視聴回数が上がれば収益にもつながり、人気配信者になれば巨万の富も手に入れられる。

 今の若い世代はこぞってDTuberになり、視聴数を食い合う時代になっていた。


 かく言う美空も、その内の1人である。

 少しでも登録者数と投げ銭を稼ぐため、恥ずかしいが露出を増やし、ダイエットをし、メイクをし……そのおかげで、着々とファンを集めていた。



「今日もダンジョン攻略配信、やって行くよっ! と言っても、ウチはまだザコザコだから、上層部浅瀬でしか狩りできないんだけどさ」

『知ってる』

『知ってる』

『知ってる』

『あ、ちょうちょ!』

「少しは慰めろや。てかちょうちょて、可愛いかよ」



 美空はげんなりしつつも、ドローンと共にダンジョン内を歩いていく。


 ここは横浜ダンジョン。25年前に現れた新しいダンジョンで、迷宮のように入り組んでいるのが特徴だ。

 美空のいるここは、上層部。浅瀬と呼ばれる場所で、能力が開花したばかりの能力者でも十分に戦える。

 そこから階層が下がるごとに中層、下層、最下層と続き、最下層に到達したのは人類の中でも数えるくらいしかいない。



「いつか、ウチも最下層に行きたいなぁ」

『草』

『草』

『草超えて森』

『現実見なよ』

「うるっせぇっ、夢見させろ! ……っと」



 美空の前に、巨大な牛がいた。

 外見は牛そのものだが、目が3つあり、脚も6本生えている。

 間違いなく、地球では見ない生物……魔物だ。



「ヴィンセント・ブルか……あれなら余裕ね」



 携えていた剣を抜き、ヴィンセント・ブルに集中する。

 美空はまだ能力が開花して間もない。遠距離系の攻撃はほぼ撃てないし、撃てたとしてもダメージを負わせられない。

 だがしかし、唯一感覚的に使えた能力があった。



「《魔法付与エンチャント・フレア》」



 直後、美空の剣が紅い炎熱をまとい……発火。

 ただの両刃剣が、炎をまとう炎剣へと姿を変えた。

 同時に体の底から力が湧き上がる感覚を覚え、美空は炎剣を構える。

 美空の圧を感じたのか、ヴィンセント・ブルは鼻息を荒くし、脚に力を蓄えた。

 相手は上層の魔物とは言え、下手に戦うと大怪我じゃ済まない。

 僅かな緊張感が漂う中、美空は腰を大きく沈め……。



「シッ……!」



 駆けた。

 同時にヴィンセント・ブルも突進してくる。



(ヴィンセント・ブルは突進力と破壊力はある。けど……!)



 美空とヴィンセント・ブルがぶつかる直前。僅かに軸足をずらし、体を斜めにしながら剣をブルの前に置くと──ザンッ! 巨体が真っ二つに切り裂かれ、発火。大火力によって、ヴィンセント・ブルは燃え尽きた。



「ふふん、どーよ。すごいっしょ、ウチ?」

『パンツ見えた』

『【投げ銭:300円】マジかよ、何色?』

『【投げ銭:150円】パッションピンク』

『草』

『草』

『草』

「おいこらゴミ共」



 今更ヴィンセント・ブルを倒した程度では盛り上がらないとはわかっているが、少しは褒めて欲しいのが配信者心。

 あとパンツ情報がたった450円なのが解せない。


 そっとため息をつき、剣を収める。

 と、その時。



「いやぁ、お見事! すごい剣筋だったね!」

「──……誰?」



 いつの間にか、見知らぬ男たちが近くにいた。

 優しげに微笑む男と、腕を組んでいる大男。それと配信中なのか、手持ちのカメラを持っている小男がいた。



「これは失敬。いやぁ、僕たちこれから中層に行く途中だったんだけど、仲間が一人抜けてしまってね……誰か臨時で同行をお願いしようと思ってたところ、丁度君を見つけたんだ」

「ちゅ、中層……ということは、ベテラン勢ですか……!?」

「ま、そうなるかな」



 ベテラン勢とは、ダンジョン攻略をして十年以上の能力者のことを言う。

 大抵そのレベルは中層以下を自分たちの狩場としていて、上層では滅多に出会わない。

 十年以上もダンジョン攻略をしてきた人間だ。当然、弱いはずもない。

 美空は初めて会った中層レベルの能力者たちに、半ば興奮気味だった。



「どうかな。君さえ良ければ、中層について来てくれると嬉しいんだけど」

「え、でもウチなんか、まだまだ能力も開花したばかりで……」

「開花したばかり!? あの強さで、本当かいっ? いやぁ、もう中層レベルの能力者かと思ったんだけど、驚いたなぁ」

「そっ、そうですか……? そうですかねっ?」

「もちろん。僕たちが保証するよ」

「えへっ、えへへへ……」



 褒められて嬉しいという気持ち。でもそれ以上に、これはバズりのチャンスという気持ちが大きくなった。



「う、ウチ……じゃなかった、私、行きます! ついて行きます!」

「よかった! 君がいれば、百人力だよっ」



 男たちは笑顔で美空を受け入れる。

 美空も疑う余地なく、男たちと共にダンジョンの奥へと潜っていった。






『誰、あいつら?』

『能力者に詳しい有識者ニキおらん?』

『中層に推しのDTuberいるけど、あんな奴ら知らん』

『これ、ちょっとまずいんじゃね?』

『通報?』

『でも普通に優しい人の可能性は?』

『わからん』

『決定的な瞬間になったら通報か』


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