第12話 温泉街は楽しい

 翌朝は八の時に起きたよ。


『おはよう、ハル。よく寝ていたな』


 枕くんが僕にそう挨拶をしてくれたよ。


『うん、とても良く眠れたよ。枕くんのお陰だね、有難う』


『フッ、それ程でもあるぞ!』


 枕くんは褒めると喜ぶからね。その時に布団さんからも声がかけられたよ。


『わーたーしーも、いーるーぞー』


『そうだね、布団さんのお陰でもあるよ。有難う』


 寝具はたいていこうやって褒めれば機嫌がいいんだ。機嫌を損ねたら夜中に延々とブツブツ言われて寝れなくなっちゃうんだよね。


 僕は起きて顔を洗ってスッキリとした。それから二人のいる離れに向かう。二人とももう起きていたけど、既に朝温泉に入ったようだよ。温泉から、


『極楽じゃーっ!! 最近は初老でこデブのオッサンばっかりじゃったから、昨日からはホンに極楽じゃーっ! 朝から気合を入れてスベスベツヤツヤにしてやったぞーっ!!』


 って聞こえてきたからね…… あ、温泉は源泉かけ流しならば時間の概念があるみたいだよ。流れがあるからなのかな? 


「ハル、おはよう。もう本当に最高ですわ!」


「おはよう、ハル。見てくれ、このツヤを!」


 はい、分かりましたから。僕は二人にドウドウと言ったよ。


「「馬じゃ無いっ!!」」


 ツッコミは二人同時だったよ。それからダイニングに用意された朝食を食べた。マリアさんは今朝も果敢にお箸に挑戦したけど、ダメだったよ。お箸の悲痛な叫びに僕は動かざるを得なかったよ。


「クッ、次こそは必ずっ!!」


 いや、だからそんなに必死で習得しなくても大丈夫ですからね、マリアさん。


 それから僕たちは簡単に身支度を整えて温泉街に出かけた。二人の服は僕の収納に入っていた庶民的な服装だ。これはマリーナ姉さんからの教えだけど、


「いい、ハル。世の中にはとても悪い人がいるの。そんな人たちを欺く為に、いつでもどんな姿にも変装出来るように訓練するのは大切な事なのよ!」


 と五歳の頃に言われて、それからマリーナ姉さんが帝国へ行くまての間に主に女の子用の服を着せられていたんだ。もちろん、ハウスリーの中だけだけどね。師匠はいつもブハッって吹き出していたけど、今思えば僕はマリーナ姉さんに着せ替え人形にされていたのだと分かる……

 ま、まあその頃の服が二人に似合ってるから結果オーライだよね。ねっ!?


「それで、ハル、どこに向かってるんですの?」


 メイビー嬢が僕にそう聞いてくる。先ずは、


「メイビー様には少し難しいかも知れませんが、マリアさんなら確実にイケる射的屋に向かってます」


 と答えた。射的屋は小弓で的を射て、当たった場所によって景品を貰えるんだ。僕の言葉を聞いて張り切るマリアさん。


「フフフ、メイビー、私に任せなさい!」

「マリア姉さん、でも私も弓を射ってみたいわ」


「大丈夫ですよ、メイビー様も試してみましょうね」


 僕の言葉に目を輝かせるメイビー嬢。そして、射的屋に到着した。


「ハルじゃないか、久しぶりだな」


「マッカスさん、ご無沙汰してます。今日は二人のお客様を連れて来ましたよ」


 僕は射的屋のおじさんと挨拶を交わす。すると、小弓たちが騒ぎ出す。もちろん、僕にしか聞こえないようにしてあるよ。


『ハル、僕は弦を張り替えたばかりなんだ!』

『坊主、ワシを使え! そんな小童こわっぱは坊主に相応しくない!』

『あらー、また来たのね! で、もちろん私を選ぶわよね?』


 うん、ちょっと騒がしいね。


『今日は僕じゃなくてこちらのお二人が君たちを使うんだよ』


 僕がそう言うと、


『ならばワシを推薦しろっ!』

『女は女同士、私が良いに決まってるわー』

『ぼ、僕は女性はちょっと……』


 うん、余計に騒がしくなったよ……


「マッカスさん、はい二人分の四百レン」


「おう、確かに。嬢ちゃんたち、弓と矢を選びな。一人五射だからな。あの的に向かって射って、的の端に当たればコッチのお守りの中から好きな物を。一つ内側に当たれば、このボディソープを一つ。更にもう一つ内側に当たれば、ボディソープとシャンプーを。真ん中に当たればボディソープ、シャンプー、リンス、コンディショナーにプラスして化粧水とこの抱き枕の中から好きな物を一つだ」


 このボディソープやシャンプーなどは温泉に卸している物と中身は同じだけど、携帯用として容器は小さめに作ってあるんだ。それでも十回分ぐらいは入ってるからね。景品としては結構、人気があるんだよ。的までの距離も七メタと短目だから、初めての人でも五射のうち一射は的の何処かには当たるんだ。


 メイビー嬢とマリアさんの目が燃えているよ。


「ウフフフ、マリア姉さん、負けませんわよ!」

「メイビー、私は五射とも真ん中だよ!」


 そうして二人は吟味した弓と矢を手に取り射始めた。メイビー嬢は弓矢は初めてだというので、僕が少しアドバイスしたよ。って言っても弓と矢の声を教えて上げたんだけどね。コソコソとメイビー嬢と話をしていたら、マリアさんが、


「フッ、二人で相談しても私の勝ちは変わらないわよ」


 と鼻で笑っていたけど、マリアさんの選んだ弓は女性が苦手な弓。矢は五本とも矢羽が少し傷んでいるものだよ…… 大丈夫かな?


 結果は、メイビー嬢が二射を的の端から二番目に、一射を真ん中に。マリアさんは五射全てを的の端から二番目に当てた。


「クッ、まさか真ん中に一射も当たらないなんて……」


 悔しそうにしてるけど、あの弓と矢で端から二番目に五射全てを当てるなんて凄い事ですよ、マリアさん。言わないけどね。

 メイビー嬢はボディソープを二つとボディソープ、シャンプー、リンス、コンディショナー、化粧水、抱き枕のセットを一つ手に入れてニコニコしている。


「やりましたわ、二つ外したけど真ん中に一つ当たったので嬉しいですわ!」


 マリアさんはマッカスさんと交渉して、五つのボディソープのうち一つ残して、残り四つをシャンプー、リンス、コンディショナー、化粧水と交換して貰い、これまたニコニコ顔になっている。

 まあ、卸値は全部同じだからね。マッカスさんが損をする訳じゃないから。


「しかし、二人とも大したもんだ。見事に景品を持って行かれたよ」


 マッカスさんも笑顔でそう言っている。一人二百レンで五射と安価な遊びだから、マッカスさんへの景品の卸値は、ボディソープ、シャンプー、リンス、コンディショナー、化粧水の五つが五十レン。抱き枕は十五レンだからね。五射全てを真ん中に当てられると損をするけど、中々そんな人は居ないからね。

 師匠と僕とマリーナ姉さんは出来るから、遊戯禁止になってるのは二人には内緒だよ。


 それから二人の手に入れた景品を僕の空間収納に入れて、次の場所に向かう。次はそう、卓球だよ。


「レビンさん、今は空いてる?」


「おや、ハル。来てたのかい? 今なら二つ空いてるよ。一つで良いんだろ?」


 僕はそれを聞いて一つ借りる事にした。一時いっとき(一時間)借りて八十レンを支払ったよ。


「これは何ですの、ハル?」


 初めて見る卓球台にメイビー嬢から質問がくる。僕は隣で遊んでる人に断りを入れてから、その遊び方やルールを説明したよ。

 で、燃える人が…… 


「フッフッフッ、遂に私の活躍をメイビーに見せる時が来たわね。勝負よ、ハル!!」


 マリアさんからの言葉にメイビー嬢も


「まあ、どちらも応援しますわ!」


 と目を輝かせて言うので、僕は勝負を受ける事にしたよ。


 


 

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