第7話 襲撃は無かったです

「さあ、ここです。僕が師匠と共に夜営していた場所なんです。こちらの洞窟だとちょうど馬車を入れるだけのスペースがありますから、馬車を入れましょう。それと、洞窟の中に木の枝を集めて置いてありますから、それで火を熾して料理をしましょう」


 僕がそう言うとマリアさんが素早く動き始めた。


「ハル、馬はどうすれば良いのだ?」


 マリアさんに聞かれた僕は洞窟の側の木を指差して、


「この木に繋いで上げて下さい。僕は飼葉と水を用意しますね」


 そう言って洞窟の中に入る。馬用の水桶もちゃんとあるんだよ。それに餌用の野菜もちゃんと準備してあるんだ。この洞窟は師匠、マリーナ姉さん、僕が認めた者しか認識出来ないんだよね。だから物を置いていても取られる心配がないんだ。


『おーう、ハルじゃないか、昨日ぶりだな』


 洞窟に入った僕に、洞窟自身が声をかけてきたよ。実際は二ヶ月ぶりなんだけど、生命なき者たちには時間の概念が無い物が多いからね…… 


 だけど中には夜、昼の概念がある物もあって、聞き方を工夫したら何日前にココを通ったとかは確認出来るんだよ。それと、数字の概念は持ってるみたいだよ。


『やあ、ドウくん洞窟。またお世話になるよ。今日だけなんだけど』


『おーう、隠者もマリーナも居ないのか? 珍しいな。代わりのあの二人は何者だ?』


『僕の依頼主だよ。仕事なんだ』


『そうか、仕事か。仕事、仕事…… 私の仕事は何だ?』


『ドウくんの仕事はここに今から入れる馬車を守る事だよ』


『おーう、任せておけ。私の中に居るからには何者からも守ってやる』


『よろしく頼むね』


 僕は会話を打ち切り馬の世話をする。


「ここまで良く頑張ってくれたね。さあ、水を飲んで、コレを食べるといいよ。疲れただろう。夜は移動しないからユックリと休んでね」


 そう言いながらブラッシングしてやると馬も嬉しそうにいなないたよ。


「まあ、ハルは凄いんですのね! 馬の世話も出来ますのね」


 メイビー嬢が僕を見てそう言う。それを聞いたマリアさんが、


「くっ! 私だって馬の世話ぐらい出来るぞ!」


 と謎の対抗心を燃やしていた。

 

 洞窟の入り口から十メートル離れた場所に火を熾して料理が出来るように整える。生活魔法って本当に便利だよね。土壁で土台を作って鍋やフライパンを置けるようにしたし、カマドも作ったからお米も炊けるんだ。 


「まあ、その白いツブツブは何ですの、ハル?」


 メイビー嬢がお米を見て不思議そうに聞いてきた。そういえば初めてお米を炊いた時にマリーナ姉さんにも聞かれたな。そう言えば師匠には何も聞かれなかったや…… 師匠は知ってたのかな?


「えっと、コレはお米と言いまして、多分ですけど王国では誰も食べようとした事がない穀物です。でも、美味しいのでメイビー様もマリアさんも食べてみてくれますか? あっ、隣国ではまだそれ程多くはないですけど食べられるようになったと聞いてます」


 そう、マリーナ姉さんが広めているんだけどね。もちろん、今まで誰も見向きもしなかった食材だから、急に食べられると分かって手を出そうとした商人も居たようだけど、そこは抜かりなくマリーナ姉さんがちゃんと特許を取って、他の商人が取り扱いが出来ないようにしたそうだよ。

 価格が高騰して、ボロ儲けする商人が出てくるのが危ぶまれたからね。先手を打ったそうだよ。その売上の半分は寺院じいんの経営する児院じいんに寄付している。

 ややこしいけど、どちらも【じいん】って言うそうだよ。児院は身寄りのない子供たちを保護している場所らしいよ。前世の児童養護施設みたいな感じだね。

  

「まあ、初めて見ますわ、マリアは知ってまして?」


「くっ! いえ、お嬢様。私も初めて見ます」


 何でマリアさんはそんなに悔しそうなのかな? まあ分からないから分かるまでは放っておこう。


 僕は手早くお米を水で研ぎ、専用で師匠に作ってもらった羽釜に入れる。この羽釜で炊くととても美味しく炊き上がるんだ。お米は三合では足りないと思ったから五合にしておいたよ。


 それから僕は隣のフライパンにこの世界での鮭を焼く。切り身状態で空間収納に入れていたんだよ。鮮度抜群だね。


 またまた、その隣の鍋では野菜タップリのポトフ擬きを作るんだ。

 お茶は前世のウーロン茶だよ。常温でね。今は夜間でも気温が十九度〜二十一度ぐらいだから、暑くはないからね。かと言って寒くもないから常温でいいと思うんだ。


 土壁を利用して簡易テーブルを作り、洞窟の中から切株椅子を三つ持ってきて、テーブルの上にはクロスを敷いて、出来上がった料理を盛り付けして並べるよ。


「本来なら一緒に食べるなんてダメな事だとは分かってますけど、出来ればあったかい内に食べて欲しいので、マリアさんと僕もご一緒させてもらっても良いですか、メイビー様?」


 僕の言葉にマリアさんが驚いている。


「なっ! ハルっ! お嬢様と一緒だとっ!? それはダメだっ!!」


 だけどメイビー嬢の返事は、


「アラ、もちろんですわ、ハル。マリアも一緒に食べましょう。私、お屋敷でもいっつも一人で食事をしていたから、寂しかったんですの。だから、お願いしますわ、ハル、マリア、私と一緒に食事をして下さいませ」


 だったので、これにはマリアさんも頷かざるを得なかったようだ。それにしても、貴族だとこんな年齢から一人で食べないとダメなんだろうか? 僕は少しだけ事情を教えて貰えるかもと思い、素直に聞いてみたんだ。

 

「メイビー様、いつもお一人でお食事だったんですか?」


 僕が聞くとマリアさんがハッとした顔をする。けれどもメイビー嬢は屈託なく自身の事を教えてくれた。


「そうなんですの、ハル。私はお義父様とお義母様の本当の娘ではなくて、お義父様の兄が本当のお父様なんですの。けれども、本当のお父様が事故で亡くなって、今のお義父様、本当は叔父様なんですけど養子にして頂いてグローデン子爵家の子として生活を続けておりましたのよ。けれども、実子では無いのでお食事はいっつも私一人で食べておりましたのよ」


 うーん…… それって……


「つかぬ事をお伺いしますけど、メイビー様の本当のお父様が前子爵だったのでしょうか?」


 僕の問いかけに答えてくれたのはマリアさんだった。


「そうだ、ハル。お嬢様の本当のご両親が【事故】で亡くなって今のご当主様になった…… 私は前ご当主様ご夫婦にお助け頂いた事があって、そのまま今のご当主様に頼み込み、お嬢様付のメイドとして雇われていた……」


 ん? 雇われていた? って今は?


「今は【冤罪】による罪人であるお嬢様には本来であればメイド等は認められないのだ。だからお嬢様に付き従っているのは私の勝手な行動によるものとなっている」


「冤罪なんですよね。冤罪だという事を証明すればメイビー様は元通りの生活がおくれるようになるのでは?」


「無理だ。相手は王太子殿下クソだ。あの馬鹿でも王太子である限り、子爵家では太刀打ちなんて出来ないし、今のご当主様もお嬢様に利用価値が無いと判断されたので、冤罪を証明しようとはしないだろう……」


 マリアさんの言葉に続けてメイビー嬢が言う。


「まあ、ハル。冤罪だと信じてくれるのね。嬉しいわ。でも、私ももう戻りたくありませんの。幸いにして隣国であるテリス帝国で私を受け入れてくださる方が居たのでそこに向かうつもりですわ。その方はお噂によればとてもお優しい方だとお聞きしていますし、私のような元貴族令嬢で何の役にも立たなそうな者でも、仕事が出来るようにお教えして下さるという事ですので、私は今から楽しみにしておりますの」


 まあ、そういう事なら僕が口出しする事もないかな。それからは雑談を交わしながら食事を楽しみ、メイビー嬢とマリアさんにお風呂代わりに生活魔法の清潔をかけてあげて、馬車で寝るように伝えたんだ。洞窟の中にマットレスがあるから、先に僕が馬車の床面にマットレスを敷いて上げたんだよ。

 コレも師匠とマリーナ姉さんが作ってくれたんだけどね。二人はとても喜んでいたよ。


 僕は襲撃を警戒していたけど、どうも刺客予定の二人は本街道で何時まで待っても来ない馬車を待つのに飽きたらしくて、領地へと戻って行ったみたいだね。

 嘘の報告をするらしいけど大丈夫なのかな?


 それを知った方法? 後で教えるよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る