三匹の魔物

 マメナ村のペガサスを駆除した次の日、俺達は村一番の宿屋にある食堂で簡素かつ美味なスープとパンを食べた。


「アンドロ、おまえ結構行儀よく食べるんだな」


 事実、アンドロの食事作法は騎士団の祝宴会の時にみかけた貴族と同等かそれ以上に上品であった。


 アンドロは口の中のパンをちゃんと飲み込んでから会話を始めた。


「上品なゾンビさんが『魔王の妻は王妃みたいなものだから』って食事作法を教えてくれたんです!」


「そのゾンビさん、生前の記憶残っていたんだね。ということは魔王の犠牲者かも……」


 ベガが魔物学に基づいた考察をしつつ、スープをすすった。


 ゾンビは昆虫型の魔物であるゾンビートルが生物の死体に寄生することで生まれる存在で、基本的に寄生したゾンビートル以外の自我はない。


 しかし、死体に脳が残っている上に生前の後悔が多すぎると死体の生前の人格や記憶が不完全ながら再現されることがあるのだ。


 おそらく、アンドロを教育したゾンビたちもこの類であろう。


「でも、上品に食事ができることは誇ってもいいと思う……私なんか口に物がまだ入っているのに喋ることが日常茶飯事だから……」


 俺やベガを育てたデネブさんやその奥さんはベガとは対照的に細かいことはあまり気にしない大胆で大雑把な性格であった。


 そのため、「目上の人と会うとき以外は守らなくてよい」という理由で行儀作法はあまり教えられなかったのだ。


「わかりました!これからも上品に食べます!」


 自分の食事をすべて食べ終えてから、アンドロは元気よく宣言した。




 朝食を終わらせた俺たちはタイオウさんやベテルに見送られつつ、マメナ村を出た。


 今日の新聞いわく、大森林はおおよそベガの予想通りの方向と速度で動いたようだ。

 

 おそらく、このまま歩けば今日の夕方ごろには大森林の騎士団駐在所に着くであろう。


 大森林へと向かう道中、全身をワラの鎧で覆った人が俺たちの前にあらわれた。


「羽ガアル馬、見カケタカ?」


 ワラの鎧の人はカタコトでペガサスと思われる存在の所在について聞いてきた。


 そして、その言葉を聞いたベガがなぜかハチマキをつけて『戦士の催眠』を発動させた。

 

「昨日どこかで駆除されたらしい」


 ベガがすさまじく簡潔に怪しい人の質問に答える。


 戦士の催眠はベガの父親であるデネブさんになりきることで発動する。


 そして、火事場の馬鹿力を常に出せること以外に口数が少ないことまでデネブさんを模倣してしまうため、このような受け答えになったのであろう。


「会話中失礼いたしますわ。昨日、羽が生えた馬は何匹駆除されたのかわたくし気になりますわ」

 

 急に横から木の鎧で全身を覆った人があらわれ、独特な口調で質問をする。


「3匹だ」


 ベガの答えを聞いたワラの鎧の人と木の鎧の人がなぜか一瞬だけうなだれた。


「会話の割り込み、失礼するでござる。今日になってから近くに生きている状態の羽が生えた馬は見かけなかったでござるか」


 今度はレンガの鎧で全身を覆った人が会話に参加する。


 その時、あまり賢くない俺でもようやく彼らの正体を察した。


 彼らはおそらく魔物だ。


 ベガがワラの鎧の人に話しかけられた時にハチマキをしたのも、彼らが魔物だと見越していつでも戦闘できるようにするためなのだろう。


 気づけば、アンドロもさりげなく自分の武器の柄に手を置いている


 俺もこっそりと腰につけた斧の柄に手を置く。


「東の方で見かけた」


 そんな中、ベガが堂々と魔物3匹にウソをついた。


 おそらく、不必要な魔物との接触および戦闘を避けるためであろう。


 現状、人類に危害を加える意思はないようなので、この対処がベストである。


 その後、魔物3匹はベガのウソにだまされ、東の方へと急ぎ足で去っていった。




「にしても、まさか流暢に喋れるオークがいるとは思わなかったよ……」


 ハチマキを外して大人しい口調になったベガの口から先ほどの魔物の正体を告げられる。

 

「あれオークだったんだ」


「うん。ブタのようなニオイと言語を喋れる声帯を持つことからあれはオークとみて間違いないと思うんだ……流暢に喋れるのが少し気になるけど」


 俺もベガと同意見である。


 オークは人間の言葉を理解する上に人語をしゃべることもできるが、声帯が人間ほど発達していないため、普通はカタコトでしかしゃべれないのである。


「にしても、ベガさんありがとうございます!多分さっきの魔物は魔王の配下なので関わらなくて大正解です!」


「え?そうなの?」


「喋り方からしてあの魔物たちは月一くらいで私に漫才や一発芸を見せてきた3匹のオークで間違いないです」

 

「咄嗟にウソついて追っ払ってよかった……」

 

 ベガが自分の行動の結果が良かったことに安心したその時


「全然良くないですわ!このウソつき人間!」


 木の鎧を着た魔物の声が東方面から聞こえてきた。


 東の方を見ると、先ほどの魔物たちが全速力でこっちに向かってきている。


「よく見たらさっきの旅人の中にわたくしたちが連れ戻さなければいけない人間がいましたわ!」


「拙者、同胞と共に魔王の命令に従ってアンドロ殿を生け捕りにするでござる!」


「オデ、魔王ノ嫁、連レ戻ス!オデノ仲間、魔王ノ嫁、連レ戻ス!」


 3人が自分たちの目的を宣言する。 


 やはりアンドロの予想通り、彼らは魔王の配下にあるようだ。


 俺たちは彼らを撃退すべく武器を手に取り、ベガはハチマキを再び装着した。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る