第41話 絶望を砕きし蒼(後編)

「スカーレット家の使いとやらは躾がなっていないようですね」

そういった女性はキッと俺を睨みつける。

「白夜…伯母様…」

俺の腕の中で白雪さんは震えている。

「白雪!その男から離れなさい!

 あなたは婚約を控えた身なのですよ!」

ビクッと身を震わせる白雪さんを大丈夫だとあやすように俺は抱きしめる。


「スカーレット家は婚約寸前の我が家の娘を

 誑かすような色狂いを寄越したのですか!」

俺の行動に更に苛立つ白夜伯母さんとやらがヒステリックに声を荒げる。

「スカーレット家に手助けをしてもらったのは事実ですが、

 俺はスカーレット家の人間ではありませんよ」

「なんですって!?じゃあ貴方は何者なのよ!?」

「今は白雪さんのクラスメイトです」

白雪さんの震えが収まったのを確認してから

俺は白雪さんへの抱擁を解き、そう答える。


「クラスメイト?それがなんでここに?

 というか今はってどういう事かしら?」

「今はただのクラスメイトです。

 でも将来的にはお付き合いしたいと思ってます」

「はぁ!?貴方何を言っているの!?

 白雪はもう婚約するのが決まっているのよ!?」

俺の事にブチ切れる白夜さん。

まぁそれも想定の範囲内なので別段驚くこともない。

「その婚約とやらですが白雪さんのご両親は納得されているんですか?」

「勿論報告済よ」

「話をズラさないで下さい。

 ご両親がこの婚約に納得していて、白雪さんに

 『家の為に結婚しなさい』とおっしゃったんですか?」

「……勿論よ」

「では是非ともご両親と直接お話してその言葉を聞かせて貰えませんか?」

「部外者の貴方に何故そんなことをせねばならないの?

 いいから出ていきなさい!」

「出ていきません。

 だって白雪さんがこの婚約に同意できていないし、

 それで苦しんでいるのにそれを放っておけるわけがない。

 ご両親とお話させてくれないということは

 先ほどの言葉に嘘があるのではないですか?

 例えばご両親には白雪さんが望んで婚約したい、

 と言い出したなどと虚偽の報告をしているとか」


俺がそういうと一瞬だけ目を泳がせたのを俺は見逃さない。

いやー、白夜さんポーカーフェイス下手だね。

それじゃ日本大会だって勝ち抜けないぜ。

そして俺の勝負勘がここが攻め時と告げる。

晴、ありがとな。

お前の用意してくれた切り札を切らせて貰うぜ。


「ちなみにスカーレット以外の信頼できる筋からも情報を仕入れてます。

 婚約相手の方は急な婚約話に大層困っていると聞きましたよ。

 双方が望んでない婚約を進めるなんてどうかしてますよ」

「蒼太くん……それ本当なの……?」

「晴がある筋から仕入れてくれた情報だ。

 アイツに限って確信のない情報を俺に流したりしない。

 信用できる情報だよ」


白夜さんは明らかに狼狽えてる。


「伯母様、相手方にまで迷惑をかけてまで婚約なんて出来ません。

 それに私は蒼太くんを愛しています。

 何とかこの話を一度保留にしていただけませんか?」

ずっと俺の後ろに隠れていた白雪さんが

俺と晴の情報を信用してくれたのか一歩前に出る。


「学生の恋愛なんて一時の気の迷いよ。

 そんなもので婚約を辞めるだなんてそんなバカな話が通る訳ないでしょう!?

 大体、先方や招待客など色んな方に迷惑がかかるのよ?

 その汚名を鳳凰院が被ることになるよ、分かっているの!?」

「はい、分かっています。

 ですから私自身で皆様に謝罪に参ります」

震えながらも必死に自分の意見を告げる白雪さん。

でも少しでもその震えを止めようとグッと手の平を強く握りこんでいる。

それじゃあ綺麗な白雪さんの綺麗な手の平に爪が食い込んで傷になる。

それはそっとその手を開かせて手を握る。

白雪さんは1人じゃない。

それを伝える為に。


すると白雪さんの腕から緊張が消えて、

優しく俺の手を握り返してきた。

ふと目線を合わせると

白雪さんの瞳はいつもの優しさとMTN対戦時の強さを兼ね備えた

いつもの白雪さんの瞳に戻っていた。


「大体1週間前に急遽婚約披露宴を中止なんてしたら、

 キャンセル料がどうなるか分かっているの?

 今回は会場も都内の一級ホテル、

 装飾品にも一級のものをレンタルする準備をしているのよ。

 これを急遽キャンセルなんてしたらいくらになるやら。

 100万、200万なんて金額じゃ済まないわよ!

 2000万や3000万、下手したら5000万という金額が必要になるわ。

 その損害はどうするのかしら?

 学生の貴方達には払えないわよね?

 そちらのクラスメイトくんのご両親が払ってくれるのかしら?」

「それは……」

白夜さんの思わぬ方向からの反撃に白雪さんはたじろぐ。

しかし、俺はと思った。

しかもたった5000で済むのか、と。


「それなら俺が全額支払いますよ」

「はぁ!?

 5000万よ!?5000万!?

 出世払いとかそんな甘い話をしてる訳じゃないのよ!?

 一週間後に5000万よ?

 貴方意味が分かって言ってるの?」

「ええ、日本円で5000万円ですよね。

 理解してますよ」

俺の言わんとすることが分かったのか隣で白雪さんがハっと息を呑む。

「蒼太くん、いけません。

 そのお金は蒼太くんが……」

そう言いかけた白雪さんを無視して

俺はスマホのとある銀行アプリを起動し、

その口座の金額を白夜さんに見せる。


「い、一億円!?」

「ええ、少し前にちょっとした大会で優勝して100万ドルを手にしてるんでね。

 金額が金額なので明日即座って訳にはいきませんが、

 1週間後までにってことなら何とかおろせると思いますよ」


向こうからしたら絶対にひっくり返せないはずの一手だったのだろう。

それをあっさりと見ず知らずの小僧にひっくり返されて明らかに混乱してた。


「白雪!アナタの両親だって家の為に結婚したのよ!?

 それをアナタは蓮則はすのりみたいに家を裏切るというの!?」

はすのり?

初めて聞く名前にちょっと驚いていた。

しかし、それを遥かに上回る衝撃が直後にやってくるとは

俺の読みでも及ばなかった。

後になって思う、所詮俺もまだガキだ。

本当の大人との駆け引きするにはまだまだ修行が足りないなって。


「蓮則は別に家を裏切ってないよ、姉さん」

ふと部屋の入口から柔らかい、それでいて有無を言わさない圧を持った声が響く。


白蓮びゃくれん!」

「お父様!」

白夜さんと白雪さんが同時に驚く。

あの人が鳳凰院家現当主にして鳳凰院グループを束ねる男。

そして白雪さんの父親『鳳凰院 白蓮』か。

とても精悍な顔立ちであまり白雪さんには似てないように見える。

「私もいるわよ~。白雪久しぶり~」

白蓮さんの後ろから白雪さんにそっくりの大人の女性が姿を現す。


「お母様!」

えっ、あれ白雪さんのお母さんなの!?

滅茶苦茶若くない!?

思わず白雪さんのお姉さんかと思ったよ。



「由利さんまでどうして……

 帰国は来年の予定じゃ……」

突然の鳳凰院家両親の登場に一番驚いているのは白夜さんのようだ。


しかし白蓮さんはそんな白夜さんを無視して部屋に入ってくると俺の前に立った。

「君が亜栖瑠蒼太くんかい?」

「はい、って何で俺の名前を!?」

「ハハハ、そのネタ晴らしはゆっくりやろうか。

 まずは君のお陰で娘を不幸にしなくて済んだ。

 ありがとうと言っておこう」

そういうと白蓮さんは片手を差し出してくる。

俺は白雪さんを繋いでいた手をほどくと握手する。


「姉さん、何で俺たちが帰国したかって?

 それは単純な話だよ。

 俺の周囲を守っているSPの情報部門から連絡があったのさ。

 『鳳凰院白蓮が娘を商売の道具にする婚約を結ばせようとしている。

  その真意を知りたがっている者がいる』って情報がね。

 あっ、今姉さんは白雪に無理矢理婚約させた情報が

 俺に届かないようにしてたはずなのにって顔してるね」

流石姉弟、俺以上に白夜さんの表情から本音を読み取り指摘する。

いや、これは家族とか関係ないな。

これが世界の頂点に立つ人の実力なのだろう。

「そんな情報が流れてきた理由は単純。

 それは亜栖瑠くんさ」

「俺!?」

意外な指摘に驚いてしまう。

「君は父上や友人を通じて私とのコネクションを作れないかと動き回っていただろ?

 勿論それで簡単にコネクションを用意してあげる訳にはいかなかったが

 それらの動きはこっちでも察知していてね。

 そんな動きが何故あるかを探らせたらさっきのワードにぶつかった訳さ」

無駄だと思った俺の足掻きはどうやら無駄じゃなかったらしい。


「姉さんは俺たちに言ったよね。

 『』って」


その瞬間部屋の空気が数度下がったかの様に感じた。

やはり白夜さんは自分の考えをゴリ押しする為に御両親を騙したんだ。

そして絶対に手を出しちゃいけない人を敵に回した。


「私も由利もそんなことは1ミリも望んじゃいなかった。

 でも白雪がそういう考えなら

 その考えを尊重するのが親の役目だと思って口出ししなかった。

 しかし、本当は白雪が望んでもいないとなると話は別だ」

俺を握手していた手を放し、白夜さんに対して振り向く。

その時一瞬見えた眼光の鋭さは

俺如きの人生では一度も出会えていないレベルの鋭さだった。

こぇぇぇぇぇ……


「姉さん、貴女の考えてることなんて大体分かっている。

 自分は鳳凰院の為に結婚した。

 弟である私も鳳凰院の為に結婚した。

 しかし、蓮則はそうじゃない。

 普通に出会った子とお付き合いをしている。

 せめて白雪くらいは自分たちと同じく家の為に結婚すべきだ。

 とか思ってるんでしょう」

「………」

白夜さんは何も答えないが沈黙が肯定だと言っているのも同じだ。

因みに後から教えて貰ったが蓮則というのは白雪さんのお兄さんだった。


「まず、前提が間違っていることを教えてあげるよ。

 

 

「う、嘘よ!?」

「お父様本当なんですか!?」

白蓮さんの発言に二人が大いに驚いている。

「だから私たちは子供にも自由に恋愛してくれて構わないと思っている。

 蓮則の行動は好ましいものだよ。

 ただの女遊びなどなら流石に釘を刺しただろうが

 当人は百合子さんと真面目にお付き合いしているし、

 百合子さんも何度か会ったが真面目なお嬢さんだ。

 何一つとして交際を認めない理由はない」


そこまで話すとふと白蓮さんは俺に視線を向けて告げる。


「亜栖瑠くん、我が家の面倒に巻き込んでしまってすまないね」

「いえ……」

「ここから先は私がきちんと収拾をつける。

 勿論白雪は来週のMTN日本大会にもちゃんと出れるようにする」

「お父様!?」

「ははは、亜栖瑠くんの事も調べてるんだ。

 お前がMTNで頑張っていることもパパはお見通しさ」

 さっきまでの表情とは一転して無邪気な父の顔を見せる。


「ここから先は鳳凰院の家でケジメをつける。

 というか恥部の話になるので余り亜栖瑠くんに見せられないんだ。

 私を信じて今日は帰ってくれないかね?」

白蓮さんは圧をかけるでもなく、

どこまでも真っすぐな瞳で俺を見つめて問いかけてきた。

「分かりました。

 ここから先はお任せします。

 部外者なのに勝手に首を突っ込んで申し訳ありませんでした」

俺はしっかりと頭を下げる。

「やめてくれ!

 娘の将来の彼氏に相応しい青年だと確信できて嬉しいくらいだったよ」

「お父様!!!」

今度は恥ずかしそうに白雪さんが声を上げる。

これなら本当に任せて大丈夫そうだ。

「それでは失礼します。

 それじゃあ白雪さんまたね!」

そう言って部屋を出ようとすると白雪さんが声を掛けてきた。

「蒼太くん、ソフィアさんへの返事ですが変更です。

 『ご自由に』改め『絶対に手放しません』でお願いします」

「分かったよ。そう伝えておく」

そう応えて部屋を出るとそこにはメイドさんが待機しており、

俺を屋敷の出口まで案内してくれた。


スカーレット家の車に乗せられた俺は

チェインでみんなに何とかなった事を伝えると

歓喜の返事が飛び交ったのは言うまでもない。

ソフィアには白雪さんからの返事を伝えると

『そっか』と短い返事があっただけだった。


週を開けて月曜も白雪さんは休校していた。

とはいえチェインでその理由は連絡があった。

どうも迷惑をかけた先方や招待客への謝罪行脚に同行しているらしい。

御両親はそんなのは大人に任せておきなさいと言ったらしいが、

『これは心が弱かった自分の招いた事態です!

 これをちゃんと謝罪して乗り越えないと先に進めません!』

と言い張って同行したとか。

それでも夕方には自由になるので放課後は

MTNアリーナでミッチリと最終調整を行うのは怠らなかった。


そして11月最終土曜。

舞台は幕張メッセイベントホール。

遂にMTN日本大会という舞台の幕が上がる。

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