第16話 深緑のお姫様 晴side

ボクは子供の頃から結構アクティブな性格だった。

部屋の中でお人形で遊ぶよりも外でヒーローごっこするのが好きだった。

ボクの両親はそんなボクのことをノビノビと育ててくれた。

今思えば年頃になれば落ち着くだろう、と思っていただけなのだろう。


小学校高学年になってもボクは外でサッカーだのを楽しんでいた。

勿論漫画やゲームも嗜む様になっていたが対戦格闘やらFPSやらで

決して乙女ゲーをやったりするタイプではなかった。

周囲の女子からは浮いていたかもしれない。

でも男子と一緒に遊ぶのは楽しいし、彼らも仲間として受け入れてくれている。

ボクの世界には何も問題が無かった。


そして中学に上がった。

ボクは情報処理部に入った。

コンピューターの勉強をする部、

というのは建前でオタクの集まりの部活動であった。

そこでもボクは今まで通り男子と楽しくゲームで遊んだり、

アニメ漫画の話題で盛り上がった。

こんな楽しい生活がずっと続くと思っていた。

でもその楽園は突然に終わりを告げた。


ある日○○先輩から付き合って欲しいと言われた。

正直言って意味が分からなかった。

ボクは恋愛というものに本当に頓着がなかった。

でも中学生になった男子たちはもうそういう存在になっていたんだ。

気付かぬうちにボクはオタサーの姫ポジションになってしまっていた。


恋愛とか分からないから付き合えないと断った。

でもそこから先はあっという間だった。

○○先輩がダメなら俺とどう?と次々に告白してくる男子が後を絶たない。

もう情報処理部はボクが求めていた遊び場ではなくなってしまった。


部活を辞めて帰宅部になったけどボクに対する周囲の評価は散々だった。

オタク共を勘違いさせたサークラ女。

哀れなオタク達の姫気取り。

男子女子双方から似たような悪口を言われ続けた。


それからボクは私服を男っぽいものに変えていった。

周囲から女の子として扱われたくないという気持ちでいっぱいだった。

そして性別不明のボッチオタクが生まれた。


そんなある日ボクは漫画雑誌であるゲームの特集を見かけた。

Magic The Night

それはボクの知らない世界だった。

興味を持ったボクは週末にカードゲームショップに出かけた。

服装は生地が厚めのパーカーにデニム、化粧は無しと徹底して男っぽく見せた。

ショップに辿り着くとボクはガラスケースに並ぶカードたちに一瞬で心を奪われた。

ファンタジー世界を見事に描き切った素晴らしいイラストに胸が躍った。

ただ、漫画雑誌やスマホでちょっと調べた情報だけでは

何を買えばいいのかすら分からなかったボクは

店内をウロウロしながら彷徨っていた。


「新規さん?何かお探し物?」

そんなボクに声をかけてくる人がいた。

ボサっとした髪、首元がよれてるTシャツにデニム。

うん、如何にもなオタクだ。

「あー、うん、大丈夫大丈夫」

先日のことを思い出し思わず距離を取ってしまった。

「そっか、なんか分からなかったら店員さんも答えてくれるし気軽に聞くといいよ」

ボクの割と失礼な態度を咎めるでもなく彼は笑いながら

友人らしい男子の元へと戻っていった。

結局その日は店員に聞いてスターターセットを購入して帰宅するのが精一杯だった。


翌週、僕はまたショップに行った。

ルールブックも読んだし誰かと対戦したかったからである。

しかしボクはここに至るまで完全に失念していたのだ。

TCGというものは99%のプレイヤーが男性であり、

女性は絶滅危惧種であるということに。

先日の一件からボクは出来れば女性プレイヤーと対戦したいなぁと思っていたのだが

対戦スペースで1時間待っても女性プレイヤーは現れなかった。

もう帰ろうか・・・そう思った時だった。


「お、この前の新規さんじゃん」

後ろから声をかけてきたのは先日のオタクくんだった。

「スターター買ったんだ!んじゃ対戦しないとな!」

そう言って彼は近くの空いている机に座るとカードの準備を始めた。

「え、別にボクは対戦するとも言ってないけど・・・」

「対戦したくてMTN始めたんじゃなくってコレクターってこと?」

「そういう訳じゃなくて対戦はしたいけど

 キミと対戦するって言った訳じゃないというか」

「あー、そういうことかスマン。

 最近新規の人とか見かけるの珍しくてついはしゃいじゃったわ」

照れるように笑う彼の顔には新規ユーザーが増えた事への純粋な喜びが溢れていた。

そんな顔を直視できずボクは反転して店を出ていった。


翌週ボクは懲りずにまたショップに来た。

でも逃げ帰ってしまった事への罪悪感で

彼と顔を合わすのが気まずくて別のショップにした。

「あれ?新規くんこっちに来たんだ?」

なのに何で彼と出会ってしまうんだろう。

「今日もブラブラしてんの?なら俺たちの対戦でも見ていけば?」

そう誘われるとまた先週のように逃げるのは余りに失礼に感じてしまい、

結局彼の対戦を見ることになった。

彼は圧倒的に強かった。

素人のボクが見ていても分かるくらいにお店にいる誰よりも強かった。

でも彼はそれで驕ったりするすることはなく、

どの対戦相手にも敬意をもって接していた。

「一応こっちのショップがホームだから気が向いたらこっちもまた来なよ」

彼は帰り際にそう言った。

欠片も下心を感じない底抜けに明るい声だった。


それからボクは彼のいるショップにちょくちょく通うようになり、

気が付けば彼にMTNのイロハを叩き込まれることになった。

その過程で彼の名前が亜栖瑠蒼太というトンデモな名字の持ち主であることも知った。

蒼太経由で宝田来人とも知り合った。

この二人はオタクとして程よい距離で踏み込んでくるが

個人としては絶対に踏み込んでこない。

そんな絶妙な距離感を保ってくれる本当に一緒に居て楽な友人が出来た。

気が付けばそー君、来人、と気軽に呼び合える関係にまでなった。


でもこの関係もまた壊れてしまう。

裏咲 黒百合

金剛 猛

この二人の存在でまたも心地よい関係は壊れてしまった。

蒼太が黒百合と付き合い始めてあまりショップに来なくなった。

それは寂しさとを伴うこともあったが

仕方ないことだと割り切れていた。

でも金剛により蒼太はグチャグチャにされてしまった。

その全てを忘れようとMTNにのめり込む蒼太は鬼気迫る姿であり、

いつも一緒に楽しく遊んでいた友達の姿はどこにもなかった。

ボクはあの二人を恨んだ。

また大事な友人を失った痛みをボクは一生忘れないだろう。


しかし、蒼太は戻ってきた。

世界大会で優勝した後の蒼太は憑き物が全て落ちたように穏やかで、

黒百合達に酷い目にあわされる前の蒼太だった。

大事な友人が戻ってきて心から嬉しかった。

来人と思わずハイタッチしたくらいだ。

この関係をまた続けたい。

だからボクは黒百合に感じた胸の痛みを見ないことにしなければならなかった。

情報処理部での過ちは絶対に繰り返せない。


でもそんなボクの思惑とは裏腹に蒼太の前には次々と美少女が現れた。

鳳凰院 白雪。

ソフィア=スカーレット。

どちらも漫画の中から出てきたような美少女でお嬢様だった。

それでいて人柄は間違いなく善人だ。

間違っても黒百合と同類などではない。


だからこそ分かる。

彼女たちの蒼太への好意は純粋なものであると。

だから蒼太は彼女たちを拒否しない。

黒百合のトラウマをきっとまだ抱えていても悪意のない二人だから傍に居られる。


でも蒼太の近くにずっといたボクだから分かる。

きっと彼女たちの好意はそう遠くない内にボクのものとになる。


そんな予想はあっさりと実現した。

勉強会で見せた二人の蒼太への態度は誰が見ても明らかだ。

鳳凰院さんについては自覚しているか怪しいけど

ソフィアはきっともう自覚している。

そんな二人が蒼太と戯れる様を見ると酷く胸が痛む。

我慢しないといけない。

我慢しないと友達で居られなくなる。



でもボクはもう我慢なんて出来なかった。



「ずっと騙しててゴメン。本当はボクって女なんだ」

言ってしまった。

でも予想外の言葉が返された。


「ああ、勿論知っていたよ」


「え?」

ボクは今凄く間抜けな顔をしているんだろう。

「最初にあった時から女なのは分かってたよ。

 これでもカードゲーマーの観察眼は凄いんだぜ」

こっちはこんなに混乱しているのに彼はおちゃらけてみせる。

「なんで?」

なんで分かったの

なんで指摘しなかったの

なんで知らんふりしたの

「なんでつっても・・・

 お前みたいな可愛い男がいるかよ!二次元じゃねぇんだぞ!

 でもお前がそういうの触れるなってオーラ全開だったからな

 なので来人にも他の常連にもそういうの触れるなよって言っておいたんだ」

何で君はボクの聞きたいことを全部分かっちゃうんだろう

「ま、親友だしな!」

ニッと笑う。

何も言ってないのに本当に心の中まで見通すのは辞めて欲しい。


「んで、なんで急に自分からそれバラしたのよ?」

嗚呼、本当に嫌な男。

あんなにボクの気持ちに鋭いのに一番大事なところだけは分かってくれない。

「何か親友にもう隠し事してるのが嫌になったんだよ」

だって親友のままじゃ恋人にはなれないもの。

「そっか・・・

 親友として一応礼を言うべきか?」

お礼よりも欲しいのは好きって言葉って言ったら驚くかな?

でもそれはボクもまだ言えない。

きっと自覚しているソフィアさんも踏み込めてない理由は

蒼太の無自覚な


ボクの気持ちに気付かないのは必死に気付かないふりをしているから。

それはきっとカラオケで見せたまだ癒えぬトラウマが

彼を恋愛に対して臆病にさせている。


だからって蒼太を白雪さんやソフィアに任せるなんて道はもう選べない。

蒼太の傷を癒して共にある為にはボクも過去の傷を乗り越えて、

ありのままの自分で蒼太と向き合わなきゃ始まらない。

だから


「取り敢えず隠し事は無くなったしこれからは覚悟してよね、そー君」

今は宣戦布告だけさせて貰う。


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やっとヒロイン達がラブコメを加速させるところまで来ました。

これからはラブコメ度のギアを上げれるよう頑張ります。

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