いつも潜っていた近所のダンジョンは表ダンジョンクリア後に解放される難易度10倍の裏ダンジョンだったらしい

しゃぼてん

第1話 とある闇ダンジョンの探索者

 この世界は残酷で不平等でクソだ。生まれた時にほとんど全部決まっている。

 まずは親ガチャ。

 社長の子は社長、医者の子は医者、政治家の子は政治家。貧乏人の子は貧乏人。

 次に生まれ持った素質。

 体格、運動神経、IQ、などなど。身体と脳の性質は、最初から決まっている。


 生まれた時のガチャに徹底的にはずれた奴には、努力するチャンスすらない。

 努力できる奴は、努力できる素質と環境っていうガチャにあたったラッキーな奴。

 自分は努力したから成功したんだって、努力するチャンスすら与えられなかった奴を見下せるラッキーな奴。


 だけど、ダンジョンは違う。

 誰にでも平等にチャンスをくれる。

 ダンジョンだけは、いつも平等だ。

 



 俺は山の中にひっそりと存在する闇ダンジョンの入り口に潜りこんだ。

 打ち捨てられて荒廃した神社の裏にあいた穴。

 そこがこのダンジョンの入り口だった。


 5年ほど前、世界に突然ダンジョンが出現した。どうして出現したのか、ダンジョンの仕組みはどうなっているのか、詳細は今も不明だ。

 宇宙人か悪魔が造り出したゲームだと言う奴もいる。

 たしかに、ダンジョンはゲームっぽい。


 俺はダンジョンの入り口に入った。

 ダンジョンに入ると、一瞬、全身がぐにゃりと曲がるような嫌な感じがする。その一瞬の後、俺は白い小部屋の中に立っていた。

 ここはダンジョンの支度部屋だ。

 俺はロッカーをあけて装備をとりだした。

 いつものように、鉢がね、ゴーグル、マスク、ボディアーマーを装着。すべて黒一色。

 ぱっと見、俺の姿は忍者だ。

 背中にはボディバッグみたいなアイテムボックス。武器は双剣。


 ダンジョンは入るたび、第1階層からのスタートになる。

 ダンジョン内の様子はそのダンジョンごとに違うらしいけど、このダンジョンは洞窟の中のような場所が延々と続く。


 俺はダンジョン内を走り抜けながら、前途を遮るように出現するスライムやゴブリンといったお馴染みの低ランクモンスター達を切り裂いていった。

 第10階層あたりまでは、こういったゲームでよく見るようなモンスターが多く出てくる。このダンジョンを作ったのが誰であれ、地球のゲームを知っているやつにちがいない。

 

 ダンジョン内では、レベルは存在しないが、モンスターを倒すたびにステータスにポイントが加算されるといわれる。

 実際、大量にモンスターを倒すと、運動能力があがっていくのを実感する。

 そして、ダンジョンの外では絶対にできないアクロバティックな動きも、ここでは軽々とできる。

 俺は横の壁を走り、壁を蹴って斜め上空からゴブリンを切り裂いた。


 だけど、多少ステータスが上がったとしても、所詮、人間だ。

 探索者は、すぐ死ぬ。

 ダンジョン内にはしょっちゅう死体が転がっている。

 そして、死んだら、それっきり。

 ダンジョン外に帰ることはできず、死体はダンジョンに吸収されて終わる。


 ダンジョン内で死んだ人の数は日本だけでも毎年何十万人とか何百万人とかいわれる。正確な数はわからない。

 ここみたいな闇ダンジョンで死ねば、死んだことすら誰にも気がつかれない。社会的にはただの行方不明者だ。


 死んだ探索者が持っていたアイテムは消える。だけど装備は残る。

 だから、装備目当てにダンジョン内での殺人も横行している。証拠はないので、いくら殺しても、ダンジョンの外で罰せられることはない。

 だから、ダンジョン内は無法地帯だ。


 俺は地面に転がる死体にむらがるスライム4体を回転斬りで消し、それから、探索者の死体を足で蹴とばし、落ちた装備を確認した。


(防御力1の装備と、攻撃力1の短剣)


 俺のゴーグルは装備のステータスを鑑定できる。

 この装備は、拾ったところでアイテムボックスを圧迫するだけ。俺は無視することにして、先を急いだ。

 物理的なサイズは完全無視して収納できるアイテムボックスだけど、アイテムは20前後しか持ち歩けない。

 

 階層の終点で、俺は金色の宝箱の中身が空であることを確かめてからワープ装置を踏んだ。

 ダンジョンの各階層の終点には、金色の宝箱があり、その宝箱の中身、通称「金印のアイテム」だけはダンジョンの外に持ち出せる。

 それが、世界中で多くの人がダンジョンに潜る理由だ。

 現実世界では不可能な奇跡を可能にするアイテムが、ダンジョンで手に入る。

 そんな貴重なアイテムを売却すれば、一獲千金。

 だから、ダンジョンは現実で成り上がることができない奴らの唯一の希望だった。


 といっても、10階層くらいまでじゃ、ろくなものは手に入らない。せいぜい、すり傷をすぐに治せる「ポーション(弱)」あたりがでればいい方だ。

 でも、そんなポーションでも、正規のダンジョンショップでは5000円くらいで買い取ってもらえるらしい。


 俺は買い取ってもらえないけど。

 18歳以下はダンジョンへの入場は禁止。当然、ダンジョンアイテムの買取も不可。

 俺が入れるダンジョンは、ここみたいな政府の管理がとどかない闇ダンジョンだけ。


 俺はダンジョン内を駆け抜け、11階層まで進んだところで、顔なじみのシンと会った。

 シンは巨大なオーガの頭を槍のひとつきで吹っ飛ばしながら、笑顔でふりかえった。


「遅かったね。キョウ」


「学園祭のなんちゃらで、ホームルームのびてさ。くだらねぇ」


 俺とシンは別にパーティーを組んでるとかそういうことではない。ダンジョン内で会えば協力するだけ。同盟みたいなものだ。

 でも、騙し合い殺し合いが普通のダンジョン内で、協力できる奴は貴重だ。


「おまえこそ、来るの早くねーか?」


「今日は早退して病院行ってきたから」


 ダンジョン内での姿や体格は基本的にダンジョンの外の姿そのままだと言われている。

 ただし、例外があることを、俺とシンは知っている。

 シンはダンジョンの外ではもう歩けない。

 徐々に筋肉が弱っていく難病らしい。最初に会った頃は歩けていたけど、今は車いすだ。足もやせ細っている。だけど、ダンジョン内では普通の足だ。


 もちろん、シンはダンジョン内では走ることもジャンプすることもできる。

 シンは自由に動けることがうれしくてダンジョンにいるから、一緒に見つけた宝箱の中身を俺がかっぱらったって気にしない。

 というか、シンがほしい宝は、あいつの病気を治せる薬だけ。興味があるのは、あるかもわからないそのアイテムだけで他には一切興味がないから、全部くれる。

 俺は、なんでも病気を治せる薬が手に入ったら、それだけはシンにやるつもりだ。

 


 俺とシンは、出くわすモンスターを斬り捨てながら、13階層を歩いていった。

 突然、女の悲鳴が聞こえ、俺は声が聞こえた方に走った。

 俺は「俊敏」パラメータを重点的に上げてきたから、かなり早く移動できる。1秒もしないで、目的地についた。


 若い女が刺青の入った大男に襲われていた。押し倒され、足をひろげられている女を、俺は無言で観察した。

 ここは欲望と暴力が支配する無法地帯。止める必要はない。

 ああいう行為に慣れているらしい大男は舌なめずりをしながら、「さぁ。楽しもうぜ」とニタニタ笑っていた。

 下着をつかまれながら、女は俺の方を睨んだ。


「何見てんの。助けなさいよ」


「刺青男を? 助けなんていらねーだろ」


 俺があきれながら、そう返事をした瞬間、「ファイヤー」という声とともに、刺青男の全身が炎で包まれた。

 あの女が腕に付けている赤い腕輪は、炎の魔法を使うための腕輪。

 刺青男は、あのアイテムのこと、知らなかったらしい。あの女の恐ろしさも。


 焼死っていうのは、すごく苦しいらしい。

 全身を炎で包まれ地面をのたうちまわる大男を見ながら、俺はそんな話を思い出した。

 

 立ち上がって埃をはらいながら、やたらと露出の高いドレスを着た派手な髪色の女は、俺に文句を言った。


「かわいい女の子が襲われてたら、助けるもんでしょ? 普通。あー! 実はネトラレ趣味?」


「そもそもおまえと何もねーのにネトラレとかねーだろ! つーか、わざと襲われて遊んでる性格最悪の女なんかに関わりたくねー。ってのが普通だろ」


「あたしは世界のために、ここで悪人の掃除をしてあげてんの。つまり、正義の味方。アチョー」


 変な女が変なポーズをとっているところへ、ようやくシンが到着した。シンのステータスは防御力重視だから、移動速度が遅い。


「あ、やっぱりジャンヌさんだったんだ。今日は髪の毛、赤なんですね。そのドレス、新しい装備ですか?」


 この女、ジャンヌの髪と服は会うたびに違う。

 ダンジョンでは髪の色を自由に変えるアイテムもあるらしい。

 ジャンヌ、というのはたぶん偽名、というか、ダンジョン名だ。

 闇ダンジョンではバカ正直に本当のフルネームを名乗る奴はいない。


「いいでしょ? 先週、見つけたの」


 ジャンヌは大きく開いた胸もとや脇、それからスカート部分のスリットから見える太ももと尻を見せつけるように一周くるりとまわってみせた。

 ジャンヌは、年齢は俺達と同じでまだ未成年らしい。だけど、化粧をしているせいか、大人びて見える。


 俺は女に興味がないわけではない。だけど、こいつの色仕掛けにはだまされない。

 こいつはシンと違ってまったく信用できない。いつも平気で宝をだまし取る。

 だから、いっしょに行きたくないんだけど。


「なんで、ついてくんだよ」


「いいじゃん。うれしいくせに」


「うれしくねぇ」


 ジャンヌは遭遇するといつもついてくる。宝の横取り狙いで。

 宝を盗られたくないから俺はこいつを追い払いたいけど、宝に興味がないシンは戦力が増すからって歓迎する。

 結局この日もジャンヌを追い払えなかった。

 俺達は30階層まで潜って、帰った。宝は半分くらいジャンヌに横取りされた。





 だけど、なんやかんやいって、ダンジョンは最高だ。

 そして、ダンジョンの外は最悪だ。

 人生のガチャにはずれたやつに希望はない。


 平日の朝。俺は憂鬱だ。学校に行きたくない。

 かといって、学校に行かないと、いつも理不尽に暴れる親父が激怒して、学校に行かないなら働いて家に金をいれろと言う。


 制服はスラックスが選べるとはいえ、学校で男子生徒扱いしてもらえるわけではない。

 俺は生まれた時から、男だ。でも、生まれついた体は違った。割り振られた法律上の性別は女だった。

 そして、俺は男だ、なんて言えば、LGBTが死ぬほど嫌い、つーか、そんな変態全員死んじまえと思ってる親父が何をするかわからない。たぶん、殺そうとする。だから、隠さないといけない。

 地獄だ。ダンジョンの外は。


 ダンジョンでは? 俺の体は普通に男だ。

 何をしたわけでもなく最初にダンジョンに入った時から自然とそうだった。

 だから、どんなに危険でも、俺はダンジョンをやめられない。


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