第3話 お師さまの目的

 ジャノス・サンクレフト。ダーニャ国筆頭魔導師にしてエルシュの師匠である。

 詠唱魔法と無詠唱魔法を同時に扱い、その腕前は帝国内外において右に出るものはいないと言われていた。


 そんな筆頭魔導師は、エルシュ10歳の時に数人の魔導師を引き連れて何の前触れもなく忽然と姿を消した。



「シュミナールよ、数年前のバウトロ国とその周辺国の出来事は覚えておるか」


「バウトロ国の暴君国王が突然何者かに暗殺され一時的に国内が安定したかに見えましたが、結局また違う暴君国王にすり替わっただけで同じように国政が悪化し元々悪かった国民の民度も最悪になったとか。

 そんな最中、突然国王を含めた国民全員がまるで魂の抜けたかのように無気力になり、そんな状態のバウトロ国に周辺諸国が侵略しバウトロ国は壊滅。侵略した周辺諸国も次々にバウトロ国のようになり結果バウトロ国のあったザキ大陸には誰一人いなくなったと聞きます」


 まるで御伽話のようだが事実らしい。現在ザキ大陸は荒廃した国々にまで木々が生え渡り様々な生物がいるそうだ。絶滅危惧になっていた動植物も絶滅を回避したらしい。


「その奇怪な現象にどうやらジャノスが関わっているようだ」

「お師さまが一体どのように関わっているのでしょうか」


 ラドギウスの話を聞きながらエルシュは表情の読めない顔で質問する。美しいその顔は憂いを帯びるでもなく師の生存を喜ぶでもなくただただ無表情で、その冷淡さがより一層美しさを増しているかのようだ。


「ふむ、国王を含めた国民全体が無気力になるという現象を聞いて何か思い当たることはないか」

「…お師さまの幻覚魔法でしょうか」


 ジャノスは全ての魔法に精通しそのどれもが秀でていたが、中でも幻覚魔法はそのどれよりも得意とする魔法であった。弟子であるエルシュが幻覚魔法を得意とするのもそれが理由である。


「暴君国王を暗殺した暗殺者に流浪者の魔導師が接触していたという情報もある。ジャノスが仕組んだと思えば一連の流れにも納得がいく」

「お師さまの目的は一体何なのでしょう」

「それが知りたいのだがエルシュよ、何か過去のジャノスについて知っていることや気になったことはないか」


 顎に手を添えてう〜んと考える表情をするエルシュはそれだけで絵になる。


「…一緒にいたのは10歳までですし、これといって不可解な点は思い当たりませんね。お役に立てず申し訳ありません」

「そうか、それならばいいのだ。尊敬する師のことを詮索するようですまないな」


「いいのです、そうあって然るべき状況ですから」

にこり、と微笑む顔に嘘偽りはなさそうだ。この状況で不安も怒りも動揺も見せない、と言うよりもそもそも無さそうなことがこの謁見の間にいる全ての人間に驚きを与えていた。


「似たような動きが最近ズワトロ大陸でも起こっているらしい」

 すぐ隣の大陸であり、先日侵略を試みてエルシュにあっさり消し去られた軍勢の国のある大陸でもある。


「もしかするとエルシュ、お前にもジャノスから接触があるやもしれぬ。その時はどうかくれぐれも気をつけてくれ」

 ラドギウスの憂いはエルシュの身を案じると言うよりもエルシュがジャノス側についた場合のことを考えてのことだろう。


「シュミナールには当分の間エルシュの護衛を頼む」

 はっ、とシュミナールが跪くと、エルシュが目を輝かせて喜んでいる。どうやらシュミナールと行動を共にできることが嬉しいらしい。


「それではエルシュよ、そなたは下がってよい。今後について話し合いをするのでシュミナールは残りなさい」


 エルシュが下がってから、その場にいた他の従士達も下げられラドギウスとシュミナールだけとなった。

「どう思うシュミナールよ。彼女は帝国にとって脅威となりうるであろうか」


「脅威となりうるのであれば我が国だけでなく世界そのものかもしれません。…ですが彼女自身がそうなるかどうかは今後の動向次第かと」


「くれぐれも目を離すでないぞ。何かあったらすぐに報告するように」

 ラドギウスの瞳はゆらゆらと不安げに揺れていたが、反してシュミナールの瞳は強い光を宿していた。

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