冤罪で追放された墓守はそれでも頑張る! ~冥界の竜神様に祝福された不死身の英雄物語~

第616特別情報大隊

冤罪

……………………


 ──冤罪



 アレステア・ブラックドッグは司祭からの呼び出しに急いでいた。


 場所はエスタシア帝国帝都クローネベルグ教区を管轄する神聖契約教会の聖堂。ここには帝都における神々への信仰が行われている。


「司祭様が対応してくれたんだよね」


 アレステアがそう呟く。


 アレステアは小柄な12歳の少年だ。その髪は白く、その瞳は赤い。珍しいアルビノだ。幸運のおまじないのためにやや伸ばしたその白い髪は後ろで結んでいる。


 そんな彼はこの帝都教区にて墓守として働いていた。


 彼は墓守として現世との別れとなる眠りについた死者たちが、平穏に過ごせるように見守ることが、その仕事であった。


 そして、同時にそのアレステアが見守る死者たちが何者かによって攫われているということを司祭に報告していた。


 そのことは司祭が調査すると約束し、アレステアは死者たちの眠りを妨げたものが見つかり、もうこれ以上死者を攫うような事件が起きなくなることになると思っていた。


「司祭様。アレステアです。何か分かったのでしょうか?」


 アレステアが聖堂の司祭の執務室に入ると40代ほどの男だ。アレステアはまだ12歳なので、アレステアにとって司祭はかなりの年上の人間であった。


 だが、そうであるが故に信頼している。年長者を敬うことは美徳とされている。


「アレステア・ブラックドッグ。君の報告した死体窃盗について調査を行った」


「犯人は見つかりましたか?」


 司祭が執務室の事務机越しにアレステアを見るのにアレステアが尋ねた。


「君以外の墓守及びこの教区の墓地に出入りする葬儀業者、そして検視を行う国家憲兵隊の軍医に話を聞いた。それによれば、一連の死体の窃盗犯は君だ、アレステア!」


「え……?」


 司祭が叫ぶのにアレステアが思わず呆然としてしまう。


「分かっているのだぞ。君が死体を盗んだ。墓守という立場を利用して。死体を売ったのだろう。まともな死体が手に入らない闇医者に。最近、闇市で死体を加工した薬品が売られているとの噂も聞いているしな」


「そんなことは! 僕じゃありません! 死体を盗んだりしていません!」


「いい加減にするんだ! こっちは分かっているんだぞ。調査によって犯人が君だということは。我々の調査結果を否定すると言うのか?」


「で、でも、僕は本当に死体を盗んだりしていません……!」


 司祭が蔑むような眼でアレステアを見るのにアレステアが必死に訴える。


「この件は我々神聖契約教会の不祥事でもある。責任者である私や君の上司の監督不行き届きだ。だから、君を国家憲兵隊に死体窃盗犯として突き出すことはしない。しかし、君をこのまま雇用し続けることもできない」


 そう司祭が淡々とアレステアに向けて述べた。


「君を解雇する。荷物を纏めて出ていきたまえ。すぐにだ」


「けど……」


「国家憲兵隊に訴えを出してもいいのだぞ。そうなれば君は死体窃盗の罪で懲役刑だ」


 アレステアが渋るのに司祭が言い放つ。


「……分かりました」


 アレステアは見るからに落ち込んだ様子で司祭の執務室を出た。


 そして、墓守として与えられている自室に向かい、少ない私物を纏める。


 私物は本当に少ない。同じ神聖契約教会で働く人間でありながら、聖職者と墓守には明確な違いがある。聖職者には決められた給与が支払われるが、墓守には教区によって給与が変わってくる。


 帝都教区は忙しさの割に給与は低いし、帝都の物価は高い。


 いくつかの着替えと身だしなみを整える小物。そして、墓守として働きながら通っていた帝都の初等学校の教科書類を小さなカバンに収めた。


「はあ。どうしてこんなことに……」


 アレステアがため息を吐きながら部屋を見渡す。


 古くて壊れそうなベッドがひとつと机がひとつ。それだけでもう一杯の小さな部屋だ。ここでアレステアは2年の間、墓守として働きながら暮らしていた。


 その部屋に背を向け、アレステアは出ていく。


「おい、あいつだろ? 死体を盗んだって言うの……」


「そうらしいな。信じられない。墓守が死体を盗むなんて」


 アレステアを見る下級聖職者たちがひそひそと噂話をしていた。


 アレステアにも聞こえるそれにアレステアは一層惨めな気分になり、やりきれなくなりながら小走りに教会の施設を出ようとする。


「アレステア! 坊主!」


「あ。ジョシュアおじさん!」


 アレステアに声をかけて来たのは帝都教区の聖堂で用務員をしているジョシュアという白い髭を蓄えた老人だった。聖堂の掃除をしたり、庭園を整備したりしている人だ。


 アレステアがここに雇われてすぐに仲良くなった人であり、ジョシュアは自分の孫のようにアレステアを可愛がっていた。アレステアが夜のシフトで働いているときには夜食などを差し入れてくれた。


「坊主。酷い目に遭ったな。お前が死体を盗んだりするがないってのに。司祭の馬鹿はまともに調査してないぞ」


「けど、司祭様が仰るのですから僕はどうにもできないです」


「ああ。司祭どもは聖職者だからな。教会じゃデカい顔ができる。だが、お前は本当にやってないって俺は信じてるぞ。お前はいい奴だ。死者のことをいつも考えてる優しい奴だ。司祭は間違ってる」


 ジョシュアはそう言って首を横に振った。


「これからどうする?」


「一度育った孤児院に帰ろうと思います。帝都ですぐに仕事が見つかるとも思えませんし。暫くは田舎で過ごして、いろいろと考えてみます」


「そこは遠いのか?」


「ええ。随分と田舎ですから。帝都からだと鉄道とバスを使っても朝一番に出発しても、到着するのは夜です。長旅になりますね」


「そうか。途中で腹が減ったりするだろう。これを持っていけ」


 ジョシュアはそう言って結構な額の紙幣をアレステアに握らせる。


「も、もらえませんよ! こんなにたくさんのお金なんて……」


「いいいから持っていけ。退職金みたいなもんだ」


 アレステアが慌てるのにジョシュアが快活に笑って返した。


「まあ、あんまり落ち込むなよ。お前ならやり直せる。まだ若いんだ。頑張れよ」


「ありがとうございます、ジョシュアおじさん」


「気をつけてな」


 ジョシュアに別れと告げて、アレステアは教会の敷地を出て、駅へと向かった。


 エスタシア帝国帝都クローネベルグ。


 世界最大の国家として繁栄する帝国の中心である帝都には、いくつもの駅が存在した。長距離を移動するための寝台列車や地区ごとを結ぶ地下鉄など帝都の公共交通機関は高度に整備されていて、料金も安い。


 アレステアは地方に伸びる路線がある駅まで歩き、帝都を見収めるように眺めた。帝都は6車線の道路が走り、最近では都市間高速道路の整備も始まるなどモータリゼーションが盛んになっている。


 そして、アレステアはそんな繁栄を極める帝都の街並みの中を歩き、大きな駅に到達した。この駅からアレステアは育った孤児院がある地方都市までの列車が出る。


「サンドイッチと紅茶のセットをください」


「はい。200ターラーになります」


 アレステアは駅の売店で一番安いサンドイッチと飲み物を買った。


 ジョシュアにも語ったように帝都からアレステアが育った地方都市まではかなりの時間がかかる。車内販売はこの路線の鉄道にはないので、あらかじめ駅で食事を購入しておく必要があった。


 鉄道の切符は遠い距離なのでそれなり。切符を買って改札口を潜り、ホームで待つ。


『──到着した列車はノルト・クローネベルグ駅発オストパルトラール駅行き──』


 駅に滑り込んできた列車はかつてはもっと乗車率の高い路線で使われていたが、旧式になって地方向けの運航に転用されたものだ。


 4車両で構成されるそれの乗客はまばら。長期休暇で帰省の時期にでもならない限り、満席になることはない。


 アレステアは空いた席に座り、車窓から外を眺めた。


「これからどうしよう……」


 アレステアの将来は暗く、見通しが効かないものになっていた。


 列車が小さく揺れながら走り出し、帝都を出て、広大な帝国の様々な領地を通り抜け、次第に田舎の田園風景や濃い森林、未整備の山林が広がる。


 アレステアを乗せた列車が目的地に着いたのは日が沈んだときだった。


「はあ。懐かしいけど、また帰ってくるとは思わなかったなあ」


 目的地の駅は帝都のそれとは違って寂れ切っており、建物は古くて小さく、売店も何もない。利用者が少ないのだ。


 アレステアはそれからさらにバスに乗り、地方都市のさらに地方の村を目指した。


 駅から出発したバスはアスファルトの舗装がところどころ剥げている荒れた道路をガタガタと言わせながら進み、ようやく地方の村に到着した。


「よいしょっと」


 バスからアレステアが降りる。


「……変わってない。何も変わってないね」


 アレステアが育った村は住民60名程度の小さな村だった。


 一番大きな建物は神聖契約教会の建物で村の集会場を兼ねている。孤児院もその教会が運営しているものだった。


 基本的に村人は農業に従事しており、都市に農作物を送って生計を立てている。アレステアも孤児院にいたときは村人たちの農作業を手伝っていた。


「まだシスターのお婆さんはいるかな」


 アレステアは舗装されていない道を歩き、教会の建物を前にする。


「……孤児院がなくなってる……」


 教会に隣接していたはずの簡素な木造建築で出来ていた孤児院がなくなっていた。


「おい、そこの坊主! そこで何してる?」


 ふとそこでアレステアの背後から男の声がかけられた。


「ん? お前、アレステアか?」


「保安官さん?」


 アレステアに声をかけたのは60代ほどの男性で地方の治安を守る保安官のオリーブドラブの制服と制帽を見に付け、腰のホルスターには保安官に支給される38口径の魔道式拳銃を下げていた。


「お前はすぐに分かるな。昔から白いから目立つ。それで、ここで何してるんだ?」


「ええっと。帝都から帰ってきて顔を出そうと思ったんですが」


「孤児院なら潰れちまったよ。去年の冬にな」


「何があったんですか?」


「インフルエンザだ。孤児院でインフルエンザが蔓延してな。何人も子供が死んだ。ここにはまともな病院もないから生き残った子供は街の方に運んでな。それで子供はいなくなっちまった」


 保安官がアレステアに肩をすくめて語る。


「孤児院の婆さんは酷く疲労しちまってな。孤児院がなくなってから翌月にぽっくりいっちまったよ。それで孤児院は封鎖。建物は取り壊された」


「そうでしたか……」


 保安官の説明にアレステアが見るからに落ち込んだ。


「なあ、アレステアの坊主。今日はどこに泊るつもりだ? もう遅いぞ。この村には宿泊施設なんてない。バスもさっきので最後だ」


「ええっと。よく考えてなくて……」


「なら、保安官事務所に泊めてやろうか? 仕事を手伝ってくれるならな」


「仕事ですか?」


 保安官が提案するのにアレステアが驚いた。


「そうだ。臨時の保安官助手にしてやる。そうすれば保安官事務所に泊めてもいいし、食事を出してやってもいい。そういう決まりになってる」


「じゃあ、お手伝いします」


「オーケー。じゃあ、乗りな。保安官事務所に荷物を置いてこい」


 保安官が四輪駆動のパトカーのドアを開いてアレステアに助手席に乗るように促す。


 アレステアが助手席に乗り込み、保安官が運転席に乗り込む。


「昔、お前はパトカーに乗りたがっていただろう?」


「ええ。でも、シスターがあれは悪いことをした人が乗せられるんだって言っていて」


「ああ。そうだな。だが、今日は乗っていいいぞ。保安官助手だからな」


 保安官はそう言ってエンジンをかけようとするもなかなか始動しない。


「クソ、本当にボロだな。自治省もそろそろ新車を支給してほしいぜ」


 主要都市の警察業務を行うのは内務省指揮下の国家憲兵隊で、地方の警察業務を行うのは自治省の保安官たちだ。


 帝国は広大で多民族が暮らしているために地方自治が重視されている。よって中央の色が濃い国家憲兵隊は地方では嫌われる。だから、内務省から自治省が独立し、自治体警察が編成されているのだ。


 そこでようやくエンジンが始動し、パトカーが走り出す。


「アレステア。帝都で何をしてたんだ?」


「墓守です。帝都教区で」


「ほう。そうだったのか。それでブラックドッグ、か」


 アレステアが答えるのに保安官が頷く。


 アレステアは孤児だった。ある春の日にこの村の教会の前に毛布にくるまれて捨てられていた。親の顔の記憶も、自分の名前もなかった。


 アレステア・ブラックドッグという名前は孤児院のシスターが付けた名前だ。


 アレステアが墓守になると言ったのでブラックドッグという墓守に相応しい名前を貰った。魔術すら法則性が見つかり科学になりつつある世界でも、縁起を担ぐということは未だに行われている。


「ここら辺の治安はそう悪くはなかった。俺の仕事と言えばときどき出没して、畑を荒らすイノシシを撃ち殺すことぐらいだった。だが、どうも最近は妙な感じでな。近くの村が山賊に襲われたらしい」


「山賊ですか?」


「ああ。移民を食い物にしてた犯罪組織の連中が都市部で大規模な摘発を受けたそうでな。田舎に逃げて来たらしい。銃を持ってるし、爆発物も持ってるって話だ。警戒しろって自治省から通達が来てる」


 保安官がアレステアにそう説明しながら、暗くなった村の周りをぐるりとパトカーで巡回していく。村の周りにはひたすら田畑が広がっている。


「アレステア。いいか。もし、山賊に出くわしたら逃げろ。俺のことは放っておいていい。俺は年寄りだから死んでもいいが、お前は死ぬべきじゃない。逃げて、保安官事務所に言って無線で連絡しろ」


「はい」


「よろしい。じゃあ、保安官事務所に帰るぞ。晩飯を食ったらシャワーを浴びて寝ておけ。明日は早いぞ、保安官助手」


 保安官はそう言ってパトカーで村はずれの保安官事務所に向かった。


……………………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る