バードウォッチングガールズ!~ようこそ、鳥見部へ!~

宮草はつか

第1話 いきなり襲われました!?

「ひゃぁぁああああああーーーっ!?」


 前略。

 高校生活初日、いきなり痴漢ちかんに襲われました。


 なんで? なんでわたしがこんな目に遭ってるの!?

 わたしはただ、高校の裏門にあった橋の上で川を眺めていただけなのに。入学式では、だれにも声を掛けられなかったなってため息をついていただけなのに。地元から離れた高校に通うことになって、友だちができるかなって不安になっていただけなのに。

 それなのに、不意に脇の下から手が伸びてきて、その手に胸をまれるなんて!


「や、やめて! だれか、助けてぇー!?」

「むふふ、君、いい胸をしているねぇ」


 耳もとでささやかれたのは、高くて可愛らしい声。

 わたしは襲いかかる手から無我夢中で逃げ、その場にへたり込んだ。

 自分の胸を両腕で隠しつつ、振り返って顔を上げる。そこにいたのはわたしと同じセーラー服を着た女子高生。

 あ、あれ? 男の人じゃなくて、女の子?


「こんなところに一人でいるなんて、どう見てもあたしたちのお仲間になりたいようですねぇ」


 目の前の女子高生は、両手をわさわさ動かしながら、迫ってくる。

 地べたに座り込んでいるわたしは、腰が抜けて、もう動けない。


「い、いやぁ、やめて! お願いだから許してっ!」


 わたしはなにもしていないのに、とっさに命乞いをしてしまう。

 口角を吊り上げた顔が目の前に迫る。必死に胸を隠す自分の腕に、彼女の指がすぅっと触れた瞬間。


「おい、ななお。そろそろめろ。新入生、泣いてるぞ」


 きれいなアルトの声が聞こえた。女子高生の肩に、だれかが手を置いて引っ張る。おかげで彼女は後ずさりして、わたしから離れてくれた。助けてくれたのは、同じ制服を着た、背の高い女の人だ。


「ゆうき先パイ、なんで止めるんですか。今からいいところなのに」

「お前、警察に行きたいのか?」

「一部始終は録画しました。今から警察署に連絡をします」

「わわっ、ひまり先パイ!? 本気で電話掛けないでくださいよぉ!」


 背の高い女の人の隣には、小柄な女の子が立って、スマホを耳に当てていた。この子もわたしと同じ制服を着ている。ということは、みんな同じ学校の生徒?


「大丈夫か、新入生? 悪いな、うちのななおが迷惑を掛けて」


 背の高い女の人が、わたしに近づいて手を差し伸べる。

 助けてくれた彼女はボーイッシュな黒い短髪で、まるで王子様みたいなオーラをまとっている。わたしはどぎまぎしながら、伸ばしてくれた細い指をつかんで立ち上がった。

 スカートに付いたほこりを払っていると、ツインテールに髪を結んだ小柄な女の子が、隣にやってきてじぃっとこちらを見つめる。


「目視による確認で、異常は見当たらず。痛いところは?」


 淡々とした口調で言って、彼女はカクンッと小首を傾げる。


「えっ、あっ、い、いえ。大丈夫、です」

「問診も異常なし。怪我はしていないようです」


 彼女はそう言うと首をもとに戻し、どこを見ているかわからない無表情になる。


「ほら、ななお。お前は謝れ」


 背の高い女の人に腕を引っ張られ、胸を揉んできた女子高生が前に出る。


「えぇー。だって、君、カワセミを見てたんだよね? お仲間かなーと思って、嬉しくって飛びついちゃったんだけど」


 女子高生は、くりっとした大きな瞳でわたしを見つめながら、首を傾げる。

 そ、そんなにまっすぐ見られたら、怖い……というか、恥ずかしい……。


「カ、カワセミ……?」


 わたしは無意識にまた自分の胸を隠しながら、女子高生にき返した。

 カワセミってなんだろう。川にいるセミかな。まだ春だけど。


「うん! ほら、あそこにいるでしょ!」


 女子高生は楽しそうに言うや否や、隣にやってくる。肩に手を置かれて、くるりと身体を反転させられる。彼女はそのまま右手を、背中から抱くようにしてわたしの肩に置いて、橋から身を乗り出した。押されて、わたしも欄干らんかんに身を預けながら、彼女の左手が指差した方向へ目を向けた。


 見えたのは、川縁から生えた一本の木?


「えっ、あっ、あの、木、ですか?」

「あの木の枝の先にカワセミがいるでしょ?」

「えっ? カワ……? どこ……?」


 正直、なにがいるのかまったく見えない。だって、木はわたしたちから五十メートル以上も離れている。その枝の先にいるものを見るなんて、わたしは目を凝らしても無理だよ。


「相変わらず、ななおは視力がいいな」

「私も目視は不可能です。機材を用意したほうがいいかと」


 後ろにいる二人も、やっぱり見えないらしい。


「あっ、飛んだ! こっちに来るよ!」


 わたしの隣にいる彼女は、指を差しながら声をあげた。

 その瞬間、「ツィー」という澄んだ鳴き声とともに、なにかが橋の下をくぐって飛び去っていった。


 一瞬だけ見えたのは、翼を持つ小さな鳥。

 青くて、キラキラしていて、まるで宝石みたいだった。

 あんなきれいな生き物が、こんな街中にいるの?


「あれが……カワセミ?」


 もうなにもいなくなってしまった橋の下を見つめながら、思わず呟いてしまう。

 きれいだった。でも、ほんの少ししか見られなかったから、もっとよく見てみたかった。

 そんな思いが芽生えだした時、不意にわたしは両肩をつかまれ、身体を起こされた。


「あたしは二年生の浜田はまだななお。君の名前は?」


 早口でななおと名乗った女子高生は、好奇心に満ちた大きな瞳をわたしに向ける。


「と、鳥畑とりはたわかば、です……」

「わかばちゃん!」


 今日初めて、わたしの名前を呼んでくれた彼女は、鼻先がくっつきそうになるくらい顔を寄せてきて、とびきりの笑顔を見せた。


鳥見とりみ部に入らない?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る