第20話 束の間の喜び

 ちょうどそのころ、望月から無銘貞宗を受け取った魁は満面に笑みを浮かべご満悦の体であった。

 魁自身も鬼山家当主として複数の対竜神具を所有している。

 孫六兼元などはその筆頭だが、名刀として世に知られる関の孫六をもってしても、この無銘貞宗ほどの格は有していないと断言できる。

 正しく魁は貞宗の神性に震え上がったといってよい。

 芳崖に言わせれば当然のことで、精霊化を成し遂げた刀とそうでない刀には明白な格の差が生じるものなのだ。

 いかに名刀孫六兼元といえどその例外ではないが、もし優秀な鍛冶主が孫六の魂を精霊化することができれば、たちまちその格は無銘貞宗に匹敵するであろう。あるいはそれを超えることも。

「これならば決して女郎兼光にも引けは取るまい」

 見れば見るほど素晴らしい出来栄えの刀であった。

 かつて女郎兼光選定の儀に参加した経験のある魁は、心からそう信じた。

 むしろ選定の儀に感じた女郎兼光より、この無銘貞宗のほうが格が高いのではあるまいか。

 そう魁が感じたのも無理はない。

 そも、女郎兼光の担い手として箸にも棒にもかからなかった候補になど、兼光が反応するはずもないのだ。

 そういう意味では無銘貞宗のほうが血の継承がない――血筋の者しか真の力を扱うことができない特殊な神具――ために魁にも力がわかりやすいのであろう。

 自分が女郎兼光に見向きもされない塵である、などとは露にも思わず、魁はひとしきり無銘貞宗の美しさに酔った。

「――――その芳崖という爺は今どうしている?」

 しかし貞宗から目を離し、再び望月を見た魁の視線は剣呑で冷気に満ちていた。

「部下に見張らせておりますが、腕の立つ陰陽師の出もおります。ご安心ください」

 まさか森山がすでに裏切っていることなど知らない望月は、得意顔でそう言い切った。

「万が一にも生かして帰すわけにはいかん。ぬかるなよ?」

 すでに魁の思考はこの選定の儀を乗り切った後の工作へと移っていた。

 引退したロートルとはいえ、天目一族に手を出したのだ。

 それが公になれば帝国四家といえどただではすまない。というより確実に潰されるだろう。

 追い詰められていた昨日まではとてもそんなことに構っている余裕はなかった魁だが、こうして無事に助かる見込みが出てきたら急に恐ろしくなってきた魁であった。

「そうですな……件の陰陽師くずれは鬼山家の子飼いというわけでもありませんし……奴にもろもろ被せてしまいましょうか」

 もし森山が聞いていたら、自分の決断の正しさに快哉を叫んだかもしれない。

 望月はこの機会に将来自分の立場を脅かしうる森山を生贄として排除するつもりであった。

 傍流とはいえ、土御門家の流れを汲むのだから、鬼山家の繋がりさえ抹消できれば疑いの目は土御門一門に向くであろう。

 もともと森山はそうしたスケープゴートとして期待されていた。まさに間一髪で森山は破滅を免れていたのである。

「奴に手を下させたあとは、こちらで自害したように見せかけましょう。警察のほうはなにとぞ」

「ああ、警視庁には多く友人がいる。外面さえ整えておけば問題あるまい」

 明日には身の破滅か、と危惧していた二人はようやく肩の荷を下ろしたようににやりと笑った。

「選定の儀を乗り越えれば、さすがにそれ以上の手出しはできないでしょう」

「うむ、あとは予備役編入さえ免れることができれば、巻き返しはそれほど難しいことではない」

 海軍省法務局長の座は惜しいが、鬼山家当主をいつまでも無役でおけるはずがないのだ。

 ありあまる資金をもってすれば、そう遠くない未来に遅れた出世を取り戻すことができるであろう。

「だが、いつまでも神器が行方不明というのは問題だな…………」

 女郎兼光ほどの神器は替えが利かない。

 そう考えていた魁だが、こうして無銘貞宗を手に入れてみれば、あの女郎兼光にも引けを取らない格と力を感じるではないか。

 もしかしたら力量ある鍛冶主であれば、神器のレプリカを作成することも可能なのではないのか?

 あるいは芳崖を手駒にできれば、女郎兼光のフェイクを作らせることもまた可能であるかもしれない。

 そうすれば、今度こそ魁は仮初の当主などではなく、本物の当主として君臨することができるはずだ。

「――――望月」

「はい」

「あの老人を…………いや、必ず殺せ」

「間違いなく」

 一瞬芳崖を殺さず助けようと考えて魁は思い直した。

 危うい橋を渡るのは一度だけでいい。

 もう二度と、先日のような屈辱を味わう危険を犯す覚悟は魁にはなかった。よくも悪くもプライドは高いが小心者な魁である。

「全ては――――明日を乗り切ってからだ」

 そして復讐を完遂するまで、あの将暉の鉄面皮を剥がすまで、いつか自分を鬼山家の真の当主と認めさせるまで、破滅するわけにはいかないのだから。

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