第26話 ラヴェルサって俺に恨みでもあんの?


 リグド・テランの襲撃から二日後。


 俺達ルクレツィア傭兵団はいつものように発掘屋護衛任務に赴いていた。

 今日の仕事を言い渡された時、こんなことをしてていいのかと疑問が沸いた。

 リグド・テランとの戦争が始まるんじゃないかって思ったからだ。


「警備の数が増えてる?」


 帝都から出発する際、城壁を守る装甲機人の数が、いつもより少しだけ多かった。リグド・テランに対して、教会と帝国が抗議声明を出したらしいけど、彼らはロギリア商会が自国領に侵入したための自衛行為であるとの見解を示していた。


 一昨日の戦場を知る俺達からすれば、詭弁もいいところだ。

 それなのに上の人たちはそれ以上に追及する事はなかったという。


 もしかしたら何らかの政治取引があったのかもしれないけど、表にでることはないだろうから、もやもやするばかりだ。


「剣星さん、大丈夫ですか?」


 心配してきたフォルカに対して、機人の腕を軽くあげて答える。

 俺の迷いが機人の操縦に現れていたのだろう。

 今は切替が必要だ。顔をパンっと叩いて気合を入れ直す。


 今日の出撃メンバーは俺とフォルカ、指揮官に副長のカラルドさんだ。

 これは前回の戦いで、ダメージの少なかった機人が選ばれた結果によるもの。


 装甲自慢の俺の機人はともかく、フォルカの機人に、ほとんど傷がなかったのは驚きだった。副長にいたっては、盾以外、まったく傷ついていない。なんとなくわかってたけど、やはり相当な腕前のようだ。


「(ケンセー、あいつら来てるよ)」


 作業現場に到着するや否や、レトが警戒を促してきた。


「副長!」

「ああ、そのようだな」


 発光弾を撃って、ダイダラたちを避難させる。

 同時に、霧の中から次々とラヴェルサが姿を現してきた。


「数が多いな、少し間引いてくる」

「了解」


 つまり、副長が攻撃するから、俺達二人は護衛に専念しろってことだ。

 フォルカと俺は少し後退して発掘屋の左右につく。


「副長って、あんなに強かったんだ……」


 ちらりと見た瞬間から、俺の瞳は副長の動きに釘づけだった。

 副長は生身での戦い方と同じように機人を操っている。

 俺自身も副長に少しだけ指導してもらったからこそ分かる強さだ。


 ルーベリオ教会出身だという副長の動きは、確かにイオリと類似点がある。

 けれども、生身での体格差もあるのだろう。

 より大胆に前に進む力強さがある。

 圧倒的な副長の機人に心惹かれてしまうのは、男としての本能か。


「(ケンセー!)」

「うおっ!」


 突如として現れたラヴェルサの攻撃を躱して、一撃を入れる。

 副長の動きに見とれてたせいで、気づくのが遅れてしまった。

 ってか、なんか俺の方に集まって来てるんですが。


「副長! 敵が剣星さんを狙ってます!」

「そのようだな。剣星! 役割を俺と交替する。発掘屋は任せて、お前は攻撃に集中しろ」

「りょ、了解」


 副長と入れ替わりで前進する。

 すると何故かラヴェルサも俺に寄ってきて包囲してくる。


「ちょっ、何で俺ばっかり?!」


 ひょっとして一番弱い奴を狙ってとかじゃないよな?

 ええい、そんなこと考えてる余裕もねえ!


 360度ほとんど敵しか見えない。

 無我夢中になってハンマーを振り回す。


「(いいぞ、ケンセー! そのままやっちゃえ!)」

「(おうっ! って、駄目だろ、そりゃ!)」

「(えっ?)」


 そうだ。俺は今まで何を見てたんだよ。


 これじゃ子供がグルグル腕を振りまくってるようなものじゃないか。


 イオリがいつも熱心に教えてくれただろ。

 副長がたった今、見せてくれただろ。


 がむしゃらにやるだけじゃ、今までと何も変わりもない。

 疲れてたって、腹が減ってたって、何度も剣を振ってきただろうが。

 今持ってるのは剣じゃないけどさ。


「っしゃああ!!」


 恐怖をかき消すのと同時に、思いっきり空気を吐き出すことで酸素を吸い込む。

 すると呼吸数を減って、なんとなくリラックスできる。

 少しだけ冷静になれた気がするぜ。


 槍を持ったラヴェルサ四型が突っ込んでくる。

 機人をすり足で僅かに横移動させ、槍を脇で掴んでそのまま回転。

 後方から迫っていた機人と衝突させる。


「よしっ!」


 隙のできた包囲網を全力で抜け、180度方向転換。

 追ってきたラヴェルサどもに反撃開始だ!


 俺の武器は巨大なハンマーだ。


 剣なら機人を切ったら、そのまま戦闘不能にできるけど、ハンマーで凹ませても無人機のラヴェルサはまだ動く。上から振って、地面に叩き潰して行動不能にするのもいいけど、振りかぶるのに時間がかかる。



 なので小さく回って、敵機の横っ腹を叩いてふっ飛ばした。


 思いっきし引っ張って、後ろのラヴェルサにライナー性の当たりを食らわせる。

 イメージ通りにラヴェルサは味方を巻きこんで倒れた。

 ついでに、その後ろから来る機人も引っかかっている。


「(ちゃ~んす)」

「おうっ!」


 三機同時に攻撃できるなら、その後に多少の隙が出来ても立て直す余裕がある。

 んで、攻撃後は距離をとる。

 わざわざ全機が俺の方に向かってきてくれるんだ。

 それなら俺は後ろに下がって、冷静に仕留めるだけさ。




 そうして一機づつ倒していき、全てのラヴェルサが活動を停止したのは、正午になる前だった。


「剣星、よくやったな」


 辺りには十数機のラヴェルサが横たわっていた。


「これを俺がやったのか」

「そうですよ、剣星さん。凄いです!」

「そろそろ剣に持ち替えてもいいかもしれないな」

「そう、ですね。そうしようかな」


 今までも沢山の敵と戦うことはあった。

 それでも一度の戦闘で倒したのは二機ぐらいだったと思う。

 自分のやったことが信じられない。

 俺は強くなったんだって自覚してもいいのかもしれない。

 副長の言う通り、剣にしようかな。


「これだけ倒したら、発掘屋の車に乗りきらないだろうな。今日はこのまま帝都に戻ることになるだろう」

「剣星さんのおかげで、ほとんど何もせずに僕の仕事が終わっちゃいましたよ」

「じゃあ、昼飯でも奢ってくれ」

「それなら、俺が奢ってやる。フォルカも一緒に来い」

「えっ?」


 まさかの展開だ。

 なんだかリンダに睨まれそうな気もするけど。

 ここは素直にご馳走になろうかな。


「久々に剣星の動きをじっくり見たが、まだまだ無駄が多い。飯の後で指導してやる」

「あ、あざす」


 ラヴェルサのパーツを積み終わったので、警戒しながら帝都に戻る。発掘屋としては儲けが少ないだろうけど、今日のラヴェルサの数じゃ、まだ危険があるかもしれないから、今日はもう終わりだろうな。


「今日はラヴェルサの数が多かったですね」

「そういえば、いつもより霧が濃かったような気もするし」

「確かにそうだな」


 俺とフォルカの会話に副長が答えた。

 こういうことは珍しい。

 何かを考えているのか、副長はそのまま黙っている。


「ひょっとしたら、そろそろなのかもしれないな」

「何がですか?」

「ラヴェルサとの決戦だ」


 ラヴェルサとの決戦。


 思わず体が硬直する。

 成長した聖女が、命を懸けてラヴェルサの地下プラントに攻め込むってやつだ。

 これまで生きて戻ってきた聖女は誰一人いないという。

 これから挑むのはアルフィナで……。


 話には聞いていたけど、まだまだ先だと思っていた。

 俺は装甲機人に乗ってから、まだ三ヶ月も経っていない。

 準備が完了したと言い難い。


「風向きの問題もあるが、霧が濃くなってきたのはラヴェルサの地下プラントが活発になっている影響かもしれない。この推測が正しければ、ラヴェルサはこの後強くなっていくし、その数もさらに増える事になる」


「副長は前の決戦の時はどうしてたんですか?」


「あの頃、十四年前、俺はまだ十一歳の子供だった。当時の俺は帝国の北に位置するドルミス王国にいてな。まあ、その頃は教会の本部がそこにあったから、俺のような孤児はそこに集まっていたのさ」


 そうか。教会があれば人と金が流れて、仕事が増える。小さな子供でもできるような仕事があるのかな。帝都の城壁側には結構な孤児がいるけど、そうやって暮らしているのだろう。


「当時のことは今でも覚えている。大人たちが必死になって戦って、沢山の人が毎日のように泣いているのを見た。前回の決戦は十日以上かかったからな。その分被害も大きく、だからこそラヴェルサが沈静化した時、皆が涙を流して抱き合ったんだ。あの光景は、はっきりと目に焼き付いている」


 そして戦いの最中に前の聖女は死んだのだろう。


 俺はアルフィナをそんな目に遭わせたくない。

 まだ小さな知り合いの女の子が死ぬのは見たくない。


 いや、違うな。


 俺が見たくないのは、別の光景だ。

 なんとなく感じていたことが、はっきりと分かってきた気がする。


 アルフィナが死ぬってことは、複座型の聖王機に搭乗してるイオリが死ぬってことだ。仮に一人だけ生き残ったとしても、イオリはアルフィナの死を忘れないだろう。


 ずっと泣いて悲しむことだろう。


 だから俺は絶対勝たなくちゃいけない。


 もっともっと強くならなくちゃいけないんだ。

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