第5話 現実は厳しい。でも負けるわけにはいかねえんだ!


 坑道の奥に行ったロイドさんが、仲間たちを引き連れて戻ってきた。

 どうやら制圧が完了したらしい。

 何人かの仲間が犠牲になってしまったみたいだ。

 流石に銃相手じゃ被害なく、とはいかなかった。


 とはいえ、落ち込んでる時間なんてありゃしない。

 いつ鉱山の異変に気づかれるか分からない。

 既に無線で報告されている可能性もある。

 一刻も早く脱出しなくちゃならないんだ。


「だいぶ上手くなったじゃないか」

「あざす」


 俺の操縦を見ての一言だ。

 間違いなくお世辞と分かるのにすげー嬉しい。


 こんな野蛮な時代なのに褒めて伸ばそうなんて、ロイドさんって結構貴重な人材なんじゃないかって思ったりする。山本五十六みたいなお人や~。


「はい、これ。機人の中にいれておいてね」


 そう言ってイステル・アルファの手を差し出してくる。

 俺はなんとか機人でお皿をつくって荷物を受け取った。

 荷物の中味はひょうたんみたいな水筒と食料だ。

 これから長時間の移動をしなくちゃならないからな。

 俺がゆっくり回収している間に仲間たちの準備も終わったようだ。

 鉱山の入口に向けて出発する。


「おお、外が見えてきましたよ」

「ははっ、そうだね」


 解放感から心は晴れやかだけど、景色はそうとはいかなかった。

 聞いていた通りとはいえ、辺りは霧が立ち込めている。

 この状況が何百年も続いているそうだ。でもこれがこの世界での普通なんだ。

 こっちにやってきてだいぶ経つのに、今更別の世界に来たんだと再確認する。


 でも周りの風景は山だらけで感慨も何もないんだよな。

 まるで異世界という感じがしない。


 装甲機人がなけりゃ、神隠しにあって、どっかの山奥に迷い込んだと勘違いしたかもしれない。


 鉱山入口にある多くの資材に目がとまる。

 先日発見した高純度の赤光晶の塊りもシートに覆われて積んであった。

 これからどこかに運ぶつもりだったんだろう。


 キョロキョロする俺とは違い、ロイドさんは荷物をまとめて車の荷台に乗せていた。


 実はコレも赤光晶で動く車らしい。

 形は大型トラックみたいだけど、中味は全然ちがう。


 イステル・アルファのモーターと同じように、赤光晶の球体に手で触れるとドライブシャフトをクルクル回すことができる。


 動く仕組みはそれだけ。

 自動車のようなエンジンもないし、ガソリンも必要ない。

 そういった意味でこの車は、自動車じゃなくて人力車なんだ。

 そう思うとちょっと笑える。


 ただ、俺やロイドさんと違って動かす力が弱いから、複数人で触れなくちゃいけない。タイヤを一定方向に回転させるような単純な動きなら、手術を受けていない普通の人でも大丈夫だそうだ。複雑な操作ができないだけってことなんだろう。


 それにしても随分沢山荷物を載せている。

 まあ、このまま国に戻っても一文無しだからな。

 生活のためには必要だろう。

 これまでのボーナスみたいなもんだ。

 ここに残る人のためにも全部を持って行くわけじゃないけども。


「よし、積み込みが終わった車から、どんどん出発してくれ」


 いつまでもここにいる意味はない。

 俺達イステル・アルファ部隊は最後尾だ。


「僕たちもそろそろだね」

「そうっすね……いや、ちょっと待ってください。あそこ、なんか煙が出てません?」


 先発隊の進路とは反対方向の山に土煙が上がっている。

 それは徐々に近づいてきていた。


「なんだ、あの機人……すごいジャンプ力だ」

「あんなものが存在するだなんて……敵襲! 皆、作業は中断して急いで逃げるんだ!」


 その装甲機人は山の斜面を滑走し、どんどん大きくなってくる。

 狙いは間違いなく俺達だろう。

 ただ相手は一機だけで後方に敵影は見えない。


「僕たち二人で足止めするよ」

「……うす」


 まだまだちゃんと動かせないのに、また戦闘だ。

 恐らく高機動機と。

 それでも逃げ出したいのを我慢してその場にとどまる。

 ロイドさんと一緒なら、なんとかなる気がするしな。


 それから数十秒後、敵機と対峙することになった。

 仲間たちは大分進んだみたいだけど、今のスピードだと追いつかれる危険もある。

 少なくとも時間稼ぎはしなくちゃならないだろう。

 命をかけてでも。

 それが操者としての責任なんだ。


 真っ黒な機人は、俺たちのよりも僅かにサイズが小さく見える。

 小柄な体格を活かして、スラローム競技のように木々の間を器用に抜けてきた。

 間違いなくさっきの奴より、操縦技術が上だと確信させる。


「これはどういうことだぁ? 説明しろ、この野郎」


 随分口が悪いな。

 でも状況を分かってないのか。

 これなら説明するふりをして、時間稼ぎできるかもしれない。


「実はですね……」


 どうやらロイドさんも同じ考えだったようだ。

 俺が話すよりはずっといいだろう。

 任せてみようか。


「聞いてねえよ!」


 敵はデカい声で話を遮ると、背中に装着してある死神のような大鎌を手に持ち、ロイド機に突っ込んでいく。自分で聞いておきながら、なんなんだよ、この馬鹿は。

 

 でもただの馬鹿じゃない。

 左右にステップを踏みながら、ロイド機を圧倒していく。

 まるでダンスをしているように軽やかだ。


 急停止、急ターン。

 相当慣れてないとあんな芸当できないはず。

 尚も攻撃を続ける敵機は、大鎌を器用に持ち替えながら、装甲を削り取っていく。


「くそ、なんて奴だ」

「思ったよりやるじゃねーか! だがそんなんじゃ、全然足りねえな!」


 このままじゃ、やばい。

 俺がなんとか隙をつくらないと。


 正直すげー怖い。

 手の震えが止まらない。

 でも、ここで俺が踏ん張らないと状況は悪くなる一方。


 敵機が背中を向けたタイミングで、剣を構えて突っ込んだ。


 コイツはロイドさんに集中してる。

 大丈夫なはずだ。

 イケる!



「甘めぇよ!」



 敵機は突然その場で振り返り、剣は受け流された。

 俺の機人をそのまま蹴り飛ばし、勢いのままさらに半回転。

 何事もなかったかのように、再びロイド機と向かい合う。



 コイツ、後ろに目が付いてるのかよ!!



「俺を誰だと思ってやがる! アスラレイドのグルディアスだぞ!」

「なんだって!?」


 知らねえよ、って思ったけど、ロイドさんが反応した。

 それになんだか声が動揺してる気がする。そんなに有名人なのか?


「戦場で呆けてんじゃねえ!!」


 グルディアス機がロイド機に袈裟切りを繰り出した。

 左肩から刺さったけど、なんとか動く右腕で留めようとする。


「くっ」

「ロイドさんっ!」


 いつまでも倒れてる場合じゃない。

 なんとか態勢を整えて、立ち上がらなくちゃ。


「ぐあぁぁ!!」


 悲鳴を聞いて視線を向ける。

 そこには斜めに切り裂かれたロイド機の姿があった。

 僅かに目を離した、まさしく、あっという間の出来事だった。


「嘘だろ……ロイドさん。ホントに死んじまったのかよ」


 刃から滴り落ちる血液が、俺の想像が正しいと教えてくる。

 これが戦場。

 一瞬の油断が命取りになる非情な世界。


「さっきまで普通に話してたのに」


 だけど悲しんでいる時間なんてない。

 俺がどう思ってようが、敵には関係ないから。

 グルディアス機はすぐさま俺の方に向き直り、すぐそこまで迫ってきていた。


「待たせたな、素人さんよぉ!!」


 そうだ、俺は素人だ。

 コイツの戦闘能力とは比べもんにならないだろう。

 でも、まだ死にたくねえんだ。


 カウンターの技術なんてない以上、防御するしかない。

 きっと、さっきと同じように鎌を払ってくるはず。


 問題はその角度だ。

 どこから攻撃してくる?


 俺に分かるはずねえだろ。

 ええい、勘でやるしかねえ!!


「おらぁ死ねや!!」

「俺は死なねえ!!」


 衝撃が機人に響いてくる。でも本体じゃない。

 上からの攻撃に備えた剣からだ。


「よし!」

「なに喜んでやがる!」


 防御が成功したにも関わらず、そのまま大鎌を払われて後ろに飛ばされた。

 相手の方が体格が小さいけど、勢いがついてるからか。


 すかさず追撃がやってくる。

 今度はどっちからだ?


「みぎぃ!!」

「ちっ、運のいい野郎だ」


 二連続成功。

 だけどこのままじゃ、いずれやられてしまう。

 それは次かもしれない。

 

 何か、何か考えないと。


「偶然が続いたからって、調子に乗るんじゃねえぞ。だが、こういうのは意外と侮っちゃならねえんだよな」


 グルディアスは先程までの荒々しさがなくなり、冷静になったように感じる。

 一方で俺は恐怖を隠すように声を張り上げ続け、普段の自分からは程遠い。


 それがいいのか、悪いのかなんて分からない。

 でも上手くいってるのを崩す必要なんてないはずだ。


「二度あることは三度ある!!」


 三度目の攻撃も防御成功。

 だけど流石にそれだけで終わりじゃなかった。


 大鎌がヒットしたのは柄に近い根元部分。

 剣は大鎌に引っ掛けられて、遠くに飛ばされてしまった。



 ……やべぇ。これ詰んでね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る