聖女の御旗に集え!! ~ こんな世界、俺がぶっ壊してやるよ!!

犬猫パンダマン

第1話 やっぱりロボは漢の浪漫だよな!


 大学の講義室に学生たちが少しづつ入ってくる。俺は後ろの席に座りながら、その様子を眺めていた。俺と同じように一人で座ってる奴もいるけど、仲間や恋人と席を並んで座る奴もいる。ああ、羨ましい。恋人が欲しいなんて贅沢は言わないけど、友人の一人ぐらい望んだっていいはずだ。いったい、俺の人生は何故こうなってしまったのか。


 一年前、田舎から上京してきた俺は大学デビューに失敗した。本を正せば、入学直後に交通事故に遭ってしまったことが原因だろう。退院した頃には、なんとなく人間関係が出来上がっていたし、サークルに入るタイミングを見計らう内に時間が過ぎていった。


 まあ、結局は俺自身に問題があるのは間違いない。もっとコミュ力があれば違っただろうし、勇気を出していれば何も問題なかったと思う。でも周りを見渡せば、見覚えのある孤高の戦士たちの後ろ姿が見える。ちょっとだけ心が落ち着く。それなら何故、俺は今、こんなに寂しい思いをしているのか。


 それは今日が俺の誕生日だからだ。それも二十回目の、人生の節目となる誕生日だからだ!


「ふ~ん、誕生日だったんだ。おめでと」

「ありがと」


 後ろから声をかけてきた男が、お菓子を差し出してきた。この男は相田智仁。同じ高校から上京してきた、もう一人の男だ。一回だけ同じクラスになったから、名前は知ってるけど、特に仲が良かった訳でもない。なにより俺と違って、陽の気配を感じる男だ。それにしても、心の声が漏れていたのか。気を付けなくちゃな。


「なに、智仁のお友達?」


 そして、その恋人である姫島ささら。昨年ミスコンにも出場した有名人。俺が退院した頃には、既に付き合っていたらしい。


「高校の時の同級生で牛田うしだ剣星けんせい

「へ~、そうなんですか。カッコいい名前ですね」

「ども」


 頭を軽く下げて返事をすると、会釈を返してくる。名前はともかく、苗字はあまり好きじゃない。そんなはずないのに、なんだか皮肉を言われてるんじゃないのかと思ってしまう。二人はそのまま仲良く一番前の席へ。受講態度も真面目だ。こういう所にどうしても自分との差を感じてしまう。


 大学に入学してからの俺は、何かに挑戦するわけでもなく、なんとなく講義を受けているだけ。特に目的もないし、講義とバイトの繰り返し。部屋に戻ってもパソコンやスマホをいじるくらいだった。


 でも俺だってこのままでいいなんて思ってるわけじゃない。変わらなくちゃって気持ちはある。だけど、具体的にどうすればいいのかって考えても実行に移すまでに至っていない。


 講義が終わると、バイト先であるカフェに向かう。近くのバイトは他の学生たちが採用されてしまったので、少しだけ遠い。でも結構いい環境だと思っている。部屋からは割と近くだし、学生が少なくて落ち着いた雰囲気がある。ところが今日に限ってはなんだか騒々しい。それにどんどん騒ぎに近づいている気がする。


「もしかして、ウチの店じゃないよな」


 世の中、悪い予感とはいうのは当たるものだ。いや、悪いことの方が記憶に残ると言うべきか。目的地に近づくと、そこには二人の女性を逃がさないように、二人組の男が進路を塞いでいるのが見えた。よりにもよって俺のバイト先のすぐ近くで。女性の一人と目が合うと、その女性の口が大きく開いた。


「助けて下さい!」


 助けを求めてきたのは姫島さんだった。さっき挨拶を交わしたばかりの俺に助けを求めるくらいだ。心細かったことだろう。もう一人の女性も姫島さんに負けず劣らず美しく、やや小柄な体格が庇護欲を掻きたてる。はっきりいって滅茶苦茶好み。ど真ん中のストレートだ。


 だが問題は彼女らを囲む男たちの方だ。袖口からは入れ墨が見えており、絶対にお近づきになりたくない生き物だと本能が感じ取っている。


 もちろん、俺だって逃げ出したい。でも俺の足は動かなかった。バイト先はすぐそこだし、何より目が合ってしまったから。


 入れ墨の男たちは俺に気づいて、冷静にしっしっと追い払うような仕草を見せた。きっと俺のことなんか眼中にないんだろう。実家の畑仕事から解放され、運動不足が分かる俺の身体からは、強さなんて微塵も感じていないはずだ。


 一方、女性たちにとってはどうだろうか。もしかしたら救世主のように見えているかもしれない。勝手な思い込みだけど、なんだか力が沸いてきた。俺の足はいつの間にか、前に踏み出していた。


 何故そうしたのか、自分でもはっきりと説明できない。助けてヒーローのようになりたかったのか。自分を変えるチャンスだと思ったのか。あるいは下心が恐怖を上回った結果なのか。


「彼女たち、嫌がってるみたいですよ?」


 なんとマヌケな説教だろうか。彼らだって分かっててナンパしているはずだ。思わず自嘲してしまう。だがそれがまずかった。自分たちのことを笑われたとでも思ったのだろう。男たちは振り返り、余裕のあった表情が一変して、眉間に皺が寄っていく。カルシウム足りてます?


「てめえ、何がおかしいんだよ!」


 男の右拳が迫ってくる。すんでのところでそれを回避して、あろうことかカウンターまで当ててしまった。


「はっ、はははっ」


 格闘技の経験なんてボクシングの一日体験教室くらいしかない。まさかの展開だ。その驚きは次第に興奮に変わっていく。逆に男の苛立ちは増しているように見える。それも後方に控えていたもう一人の男も一緒になって。


 カウンターといっても重さのない一撃では、痛みもそこそこだろうし、俺には急所を狙う技術なんてない。結局、満足感と引き換えにして相手を怒らせただけなのかもしれない。


 これひょっとして殴られた方が良かったパターン? 

 一発殴られて終わりにすれば良かったやつじゃね?


 男たちがじりじりと寄ってくる。

 それを見て、ついぎこちない笑顔をつくってしまう。

 

「じゃあ俺はこれで」


 すかさず踵を返してダッシュする。


「待てや、コラッ!」


 そして当然のように追ってくる男たち。


「俺が何したってんだよ。いたいけな女性たちを救っただけだろうが、くそっ!」

 

 後ろを振り向いて確認する。男たちの姿との距離は一向に開かず、逆に縮まっているように見える。どうやら二人共俺を追ってきているようだ。良かった、馬鹿に迫られる女性はいないんだ。可哀想な男はいるけどな。

 

  誰か110番してくれないかなと淡い期待を抱きつつ、街中を必死に走り続ける。でもそんな仕草をする人はいないし、暢気にスマホを向けてくるだけだ。なんて無情な人間たちだ。まあ、俺も当事者じゃなければそうしたかもしれないけど。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 やはりというべきか、運動不足のせいで呼吸が荒い。脇腹の痛みも強くなってきた。止まって楽になりたいけど、捕まった時を想像すればそうもいかない。


 「くそっ、またこの声か? よりにもよって忙しい時に」


 突然頭の中に声が響いてくる。微かに聞こえたその声は、先程の女性たちの声じゃない。今にも消え去りそうで弱々しい。だけど必死に何かを訴えているような叫びだ。俺は高校に上がった頃から、見えない誰かに話しかけられる不思議な体験を何度もしていた。そんな余裕はないと思いつつも、首を振って周囲を確認する。


「はぁはぁ、やっぱり誰もいない。いつもより、はぁ、はっきり聞こえたと思ったけど」


 けれども疑問が解けるより先に足元の違和感に気づく。なにせアスファルトを駆けていたはずが、地面がなくなっていたのだから。それに加えていつの間にか周囲は真っ暗になっている。


「う、うわぁぁぁぁ!!!!」


 人間が重力に抵抗できるはずない。思考だけ置き去りにして、肉体はどんどん落下していく。再び誰かの叫びが聞こえてくる。先程よりも少しだけ大きなかすれ声。助けを求めるような悲痛な声。


 でも助けが必要なのは俺だって!!


 死にたくねえよ!! 


 俺はまだどうて――――





 ――――――――――――――――





 俺はどれくらい意識を失っていたのだろうか。それに体中がびしょびしょだ。


「生きてるのか?」


 周囲を確認しようとも、暗くてほとんど周りが見えない。スマホも無くなっているから、わずかな月明りだけが頼りだ。それでも時間の経過とともに慣れてくる。東京にいたはずなのに、どうやら自然だらけの知らない場所にいるみたいだ。


「池に落ちて助かった?」


 最後の記憶では、なんかすげー下に落ちてった気がするけど、この池でよく助かったな。広さはあるけど、そんなに深くはなさそうだ。


 まあ、細かいこと気にしても仕方ないか。正直なところ、頭の整理が全然追い付いてないし、それどころじゃないって感じ。いきなり足元がなくなったと思ったら池に落ちていた。それも昼間だったはずなのに真っ暗になって。


 まるで現実感がないけど、服がびしょびしょで今にも風邪引きそうな感じがちょっとリアル。とりあえず服を脱ぐ。このままじゃ風邪ひきそうだからな。着ている服を一枚づつ脱いでいき、絞ってから再び着る。気持ち悪いけど、裸で出歩くような性癖は持ち合わせていない。


 スマホを探したいけど、流石にこの暗闇じゃ無理だ。それにいくら防水でも随分時間が経ってるだろうから、無理かもしれない。


「さて、これからどうしようか」


 遭難した時は動かない、なんていうけど今の状況では当てはまらないだろう。真昼の東京にいたと思ったら真っ暗な世界で池に落ちていた。俺は別の世界にいるんじゃないか。自然とそう考えてしまう。


 とりあえず何か使える物がないかと探索を始める。長めの木の枝を拾い、周囲を確認しながらゆっくり進む。水分をたっぷり含んだ靴が気持ち悪い。


「ちょっと休むか」


 このまま何もなかったら徒労感が半端ない。そうなる前に休んで体力だけでも回復させよう。大きな岩に寄りかかって座り込んだ。ここなら服を乾かせそうだし。


「ふぅ」


 服を並べ終えて座り込む。カラカラと音がして何かが俺の肩に寄りかかってきた。これが電車内だったら隣の女性はどんな人かとドキドキするけど、残念ながら今の状況ではそんな淡い期待は微塵もない。恐る恐る首を横に向けていく。


「うわぁぁ!!」


 隣にいたのは白骨化した死体だった。次第に眼が暗闇に慣れてきていたのが裏目に出た。ばっちし目が合ってしまい、それが脳裏に焼き付いちまった。思わず裸足のままで駆け出してしまう。


「やばいって、やばいやばいやばい」


 別に死体に何かされたわけでもないけど、なんだが自分の未来を想像してしまった。こんなどこだが分からない場所で朽ち果てるなんてまっぴら御免だ。それまで抑えていた恐怖が一気に吐き出てしまう。


「誰かっ! 誰かいませんかっ?!」


 何度も何度も叫び続ける。転びそうになっても手をついて構わずに走る。


「誰かっ?!」


 そう叫んだのは何十回目だろうか。遠くに人間のシルエットが見えてきた。マジ嬉しい。手を振る俺に気づいてくれたのか、その人が近づいてくる。


 「あれ? いやちょっと待て。いくらなんでもデカ過ぎだろ!!」


 近づいてくるうちに徐々に気づく。あれは人間じゃなくて、ファンタジー世界の巨人族っぽい感じでもなくて、人型の機動兵器なんじゃないかって。そりゃ気づくさ。なんたって胸部から赤く輝く線が全身に向かって伸びているんだからな。人間の顔面っぽい部分もあるし、まさか機械生物ってことはないだろう。


 地面の揺れが増していき、やがて静寂が訪れる。人型機動兵器は俺のすぐ目の前までやってくると歩行を止めて見下ろしてきた。中には人間が乗っているんだろうか。それとも別の生物か。全高は10mくらいかな。興味は尽きない。近さと暗さのせいで、大きさはよく分からないけど動力音だろうか、内部から何かが回転するような音を響かせている。これが最高にたまらない。


「かっけぇなぁ」


 先程までの焦りはどこへいってしまったのか。きっと今の俺は憧れのスーパースターに出会った少年のように目を輝かせているだろう。大学デビュー(失敗)をきっかけに卒業したアニメやゲームの世界がここにある。なんか体の奥底で眠っていた感情が蘇りつつある。でも……



 なんで、俺はロボに拘束されてるんだよっ!!

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