第3話 逆ナン

 俺はすっかり素に戻っていた。

 香奈かなが目の前にいる訳がない。

 香奈と俺に接点はない。

 最早もはや自分が現実と妄想のどちら側にいるのか分らない。


「こっちから行かないと何もできない人だと思ったのに、急変した」


「ちょっと確認したいんですが、以前にどこかで会ったことがありますか」


「あんた、私のこと分らないの」


「会ったことないと思いますが。ただ…知ってる人とあなたは似ています」


「その人って、香奈?」


「はい、香奈さんです。でも、あなたの知らない人ですよ」


「多分、よく知ってるよ、その子なら」


 幾らかのおびえと不信感を見せていた女は、何故か自信を漂わせ始めた。

 ひょっとしたら…


「香奈さんのお姉さん?」


「あははは あんたおもしろい」


 俺はどうして良いか分らず困り果てた。

 こんな見知らぬ女に俺の大事な香奈の説明なんかしたくない。変態は変態にしか理解されないからな。

 考えろ、考えろ、こいつは香奈を本当に知ってるのか。単にからかっているだけなんじゃないのか。

 どうして、、、どうして、見知らぬ女に俺はからかわれているのか。ここはいっそ怒るべき所じゃないのか、、、


 迷える子羊を見つめながら、上から目線ではなく女は真剣な顔つきをして口を開く。

「香奈が好きなの?」


「香奈さんのお友だち?」


「だから、その前に答えて。香奈が本当に好きなの」


 問い詰められると弱い。俺は押しに弱い。

「香奈が好きだ」


「じゃあ、今キスして」


「君にか、どうして」


「いいから」


 俺は押しに弱い。

 突き出されたくちびるにそっと口付けた。

 女は舌をからめ始める。

 良いのか、おい、これは現実か。

 お互いに舌を絡めると勃起ぼっきした。

 あわてて体を引き離そうとしたが女はそれを許さない。


「体は正直ね。でも男って好きな女じゃなくてもたつよね」


「そんなことない。俺は他の女優だとえてしまう。香奈さんじゃないとダメみ…」

 急に恥ずかしくなり途中で口ごもった。


 何故、見知らぬ女に小っ恥ずかしい告白をしてしまったんだ。


 女が手を緩めた隙を見つけ俺は逃げ出した。

 早足でアパートへ向かう。

 女はゆっくりと付いてくる。


 距離が十分とみて俺は歩行速度を落とした。

 角を曲がってしばらくして振り返ると、同じ方向に曲がって来る女が見えた。

 けてくるって感じじゃなく普通に歩いている。

 俺を探してる風にも見えない。


 一体何だったんだ。

 一体誰なんだ。

 俺は部屋に戻った。

 少し経ってから隣室でドアの開閉音が響いた。


 公園での過ごし方がいつもと違ったせいか、急に腹が減って来た。

 カップヌードルはどこだ……ここか……と……何だ? コンコンと音がする。


 隣室から薄壁がノックされているようだ。

 今は何の騒音も出してない筈だが。

 音のする辺りで様子を伺ってみる。


 またもコンコン……何の気無しにコンコンと返すと何か声が聞こえた。

 聞き耳を立てる……


「ねえ、今何してるの」

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