48 ベルガモータ茶
「助かったよ、カミーユ。おかげでずいぶんと作業が捗った」
「いえ、グレンさんとギャブさんの魔法が繊細で素晴らしくて」
護衛にできるのかと心配したけれど、グレンとギャブは仕事柄様々な経験を積んでいるらしく、すぐにコツを掴んだし作業も厭わなかった。
それどころかカミーユの手本を見た二人が、手順に魔法を加えて改良したのだ。
今もクリストフとカミーユが検品という名でお茶を飲んでくつろぐ中、二人は作業を続けている。
グレンは、カミーユが示したように水魔法で『ミスト』を使い、香料を霧状にする。それを風魔法が使えるギャブが茶葉の上に万遍なく振りかける。茶葉を返して同じ作業を繰り返し、着香の後はやはり風を通して乾燥を早め、素早く密封している。
水魔法と風魔法のコンビは今回の作業にぴったりだった。
カミーユは最初の手本と検品しか手伝っていない。
「おいしい……」
「うむ。香り高く、これは成功だな」
「フレーバーティーはジャスミナもそうですけど、やっぱり華やかですね」
今まで飲んできた紅茶より一段どころか、二段も三段も高級な茶葉だ。
茶葉の花を思わせる芳香に、甘く爽やかなベルガモータの香りが調和し、気品ある風味となっている。
香料を使ったことを公にできるのなら、調香術の素晴らしさをわかってもらえる一杯になったと思うのに、それだけが残念だ。
「カミーユ、遠慮せず食べてくれ。今回は少し長い滞在となるから、サウゼンドから料理人を連れてきたんだ。若いが研究熱心な奴で、気に入ってもらえると思うよ。……おや、この白いのは私も初めて見るな」
小テーブルの上にはミニケーキが並んでいる。オランジェーナのスライスが載ったケーキに、黄色いのはリモーナパイだという。ベージュのはナッツのクリームで、ピンク色のクリームがローザの形に絞り出されているものはとりわけ目を引く。
ミニケーキにした料理人はとても気が利いている。これならいくつも味わえる。どれにしようか悩まなくていいのだ。
クリストフも初めて見たという白いケーキを、カミーユは二つめに選んだ。
「作業の間、クリストフ様もこちらに?」
グレンとギャブが連携して行う着香は、カミーユよりもずっと早い。二人の魔力量も多いらしく、休憩も取らずに作業を続けている。
「いや、今日、明日でできた分をヤスミーナに届けるつもりなんだ。彼女のサロンで知らしめてもらうのが一番いい。私も滞在して反響をみたいし」
白いケーキはどうやらチーズケーキのようだ。
濃厚なしっとり層と、ふわふわムース層の二層になっている。中からとろりと流れでたフルーツソースの赤が白に映えて美しいし、その酸味はさっぱりとしたアクセントになっている。
カミーユは口のなかのハーモニーを楽しみつつ飲み込んだ。
「料理人さんの腕がいいのがよくわかります。これ、チーズケーキでした。香りも味も、食感も色合いも、全てが素晴らしくおいしいです!」
「気に入ったかい?」
「この料理人さんなら、お茶を使った菓子作りに挑戦してくださるんじゃないでしょうか」
「ほう。例えば?」
「うーん。……茶葉を刻んでパンやクッキーに混ぜたりできますし、ピーチ―とかマルマレーダのような果物を煮てもおいしそうです。ミルクとの相性も良くて製菓にはぴったりだし、冷たいデザートにもなると思うし。あ、夏場に冷たい紅茶もいいですね。ああでも、冷たい紅茶や菓子に使うならサンプルの三番ぐらいのコクのある茶葉で、ベルガモータの香りも強いほうがいかもしれませんけど」
カミーユは手にもったスプーンを上下に振りながら、考えつつ言った。
「サンプルの三番……。確か茶葉のグレードが少し落ちるものだったか? あちらは今回用意してないな。よし、チェルナム商会に在庫があるか聞いてみよう」
クリストフが立ち上がりグレンとギャブに伝えると、グレンが足早に外へ出て行く。
もともと試作用の茶葉もチェルナムから来たものだから、きっとあるだろう。
クリストフとギャブはそのまま話し込んでいる。
カミーユは紅茶を一口飲むと、ほうっと息を吐いた。
久しぶり、いや、前世ぶりに飲んだが、ほっと落ち着く香りだ。
「またこのチーズケーキにぴったり! アールグレイって香りがきつすぎたり薬くさいのがあったけど、我ながらこれはほんといい出来。調香術を使った香料の利点だよねえ。そのままを取り出せるんだから。……ふむ。そうだよね」
カミーユはブツブツと考え込んでいたが、カップをテーブルに置くと、側にあったティーポットの蓋を開けた。
「爽やかで華やかなアールグレ、違った。えーと、爽やかで華やかなマーキス・サウゼンドよ。
目覚めよ。仄めけ。匂い起こせ」
ポットの中から、紅茶の香りが一層強く立ち昇る。
「心地よく温かいその香を女神に捧げよ。歓喜とともに。
ポットから出た赤茶色の光がふわりゆらりと湯気のように広がり、それがティーテーブルの上で丸くなった。
カミーユは腰の鞄から慌てて瓶を取り出すと、指で蓋を押し開け、出来上がった香料を納める。
「へへへ。できた。これがほんとのティーノート。調香術ってチート」
複雑な紅茶の香りをいろいろ組み合わせて作りだすのではなく、そのまま取り出すのだから。
出来上がった香料の瓶を持ち、カミーユはニヤニヤと笑う。
「それは、なにかな?」
右を見れば、ザカエルを伴ったグレンが。左には、クリストフとギャブが唖然としてカミーユを見ている。
「えーと、私のコレクションと言うか……。あの、人気が出そうな香りだから、香料にしておこうかなって」
「ベルガモータだけじゃなく、その茶の香りも?」
「何かに使えると思うんですよ。茶の香りって確かリラックス効果があったと思いますし。ジャスミナの香りってサウゼンドとかヤスミーナ様のイメージがありますけど、そのうちこの茶の香りもサウゼンドのイメージになるかもしれませんし。いろいろ使えそうですから」
「いろいろ、ねえ。で、マーキス・サウゼンドって?」
どうやら聞かれていたらしい。
「あー、えーっと、この茶の仮の名前というか。別にベルガモータ茶でもいいんですけど、マーキス・サウゼンドとか、サウゼンドブレンドとかにしたら、ベルガモータよりもサウゼンドの名が売れるかなって」
「茶に名前を付けるのか」
クリストフが少し考えて、ニコリと笑うと頷いた。
「マーキス・サウゼンド。いいね。それでいこう」
こうしてベルガモータ茶は、マーキス・サウゼンドと名付けられた。
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