30 秘密の依頼 ①
商業ギルドにフィンと共に呼び出されたカミーユは、案内された部屋に入った途端に目を丸くした。
「先生⁉ トールさんも!」
プリムローズの横に、王都にいるはずの顔が並んでいる。
「ええっ! どうしたんですか!」
ついこの間別れたばかりで、様子を見にくるにしても早すぎた。
もしかしてフィンの方から何か耳に入ったのだろうか。
「えっと、あの、えーっと、大丈夫ですよ! ちゃんと迷惑かけないようにやりますから。ね……」
フィンに向かって「ね」と同意を求め、すぐにカミーユは目を逸らした。
何かすでに迷惑をかけたらしいその様子に、テオドールは苦笑するしかない。
「……いや、カミーユに話があって、荷物と一緒に来ることになってね」
「そうなんですか?」
「子供らが張り切って荷造りをしていたから、後で受け取るといい。クローヴァーが最後に確認したから、大丈夫。食べかけのパンとかは入ってないはずだ」
誰がパンを入れようとしたのか、カミーユにはすぐわかった。
「ふふふ。楽しみですね。……トールさんは?」
「ああ。私も、商業ギルドを代表してカミーユにお願いにね」
「お願い? あっ。大丈夫ですよ。ちゃんと商業ギルドのほうに登録しますから」
トールは目を丸くした。
「ああ、いや、カミーユ、もう何か作ったのかい?」
「……あれ? カフェーの件で来たんじゃないんですか?」
「いや、ね」
トールはそう言うと、テオドールと目を合わせた。
代わって、テオドールが口を開く。
「別件だが、複雑な話なんだ。カミーユ、君には何も知らせないほうがいいかとだいぶ迷ったんだ。けど、昨夜からずっと話し合って、ちゃんと説明してお願いした方がいいとなってね。……フィン、君にも聞いて欲しい。カミーユが世話になっているようだし、そうじゃなくても知っておいたほうがいい情報だと思う」
カミーユがフィンをチラリと見ると、彼は頷いた。
真剣なテオドールの顔には疲れが見える。よく見れば、プリムローズもトールもで、三人ともいつもとちょっと違う。
「わかりました」
カミーユはよくわからないながら、まずは話を聞こうと頷いた。
◇
進むほどに耳をふさぎたくなる話を聞き終え、ぐったりとソファーにもたれたカミーユに、プリムローズがカフェーのカップを差し出した。
「あ、すみません。ありがとうございます」
「いや、全く疲れる話さ。昨夜、この二人から聞いてね。私も一杯引っかけずにはいられなかったよ」
プリムローズの言う『一杯』は、カフェーではないだろう。
「王家の婚姻の裏事情なんて、知りたくなかったわあ。庶民は『ロザリア姫様、おめでとう!』 で、表のきれいなところだけ見ていたかったというか。……統治の裏側というか、駆け引きというかですよね、これ」
「まあ、王家の婚姻のほとんどは、政治的な駆け引きだからな」
カミーユがブツブツとこぼせば、フィンがカフェーを飲みながらさらりと言う。
「そうでしょうけど……。夢も何もないっ!」
「すまないね、カミーユ。我々もどこまで君に話すべきか、他に何かできないのか、いろいろ考えてきたんだが、ね」
テオドールが眉尻を下げ、トールも申し訳なさそうに頷いた。
「なかなか思い浮かばなくてですね……。サウゼンドはグラシアーナの一領地としてあった折りなら、辺境の大領地でした。ですが、国としては小さく、産物も少なく、我が国と比べてはいけないのですが、なかなか新たな資金源を探すのも難しく……」
プリムローズが続けた。
「ジャスミナの香料が目立つぐらいでね。アルタシルヴァの産物は、ほら、こっちでも売るだろ? 果実も有名だけど、リモーナやオランジェーナも、品は良くても遠国からわざわざ来るほどでもなくて。ジャスミナ茶のおかげで商人の立ち寄りがやっと増えたってとこなのさ」
「まだ学生の君に頼るのも情けない話だが、ジャスミナ茶の量が増やせれば、とね」
カミーユがコクリと頷いた。
「国の乗っ取りとかそういう権謀術策には、うわあって思いますけど、何も知らないでいるよりは、聞けて良かったです」
そこでカミーユは少しためらった。
「……香料を使ったジャスミナ茶は、できると思います。ベルガモータ茶も、たぶんローザ茶も」
テオドールと商業ギルドの二人は、互いに顔を見合わせてほっとした表情を浮かべたが、フィンが待ったをかけた。
「カミーユ、本当にいいのか? 巻き込まれるのだぞ?」
「正直に言えば、怖いと思うところもあります。でも、国が安定してこそ、美味しいものを食べられたり、調香術に専念できるんですもん。それに直接関わるわけじゃないし……。駆け出しの調香術師に極秘の依頼があったと思えば、まあ、依頼があるだけいいかなって」
怖いのは怖いが、問題が大きすぎて、自分は少しの手伝いになるぐらいだと思う。
「ああ、でも、あのカフェーを世に出せないのが残念ですよ。いいカフェーが見つかって、美味しいのができたのに!」
カミーユは肩をすくめ、おどけて見せた。
それに反応したのが、テオドール、トール、フィンの三人だ。
三人ともカミーユと同じぐらいのカフェー飲みだと思う。
「世に出せずとも、家で飲むならいいと思うが」
「そうですよ。ギルドとしては売れないのは残念ですが、個人で飲むなら」
「私も王都に少し持って帰りたい」
「……そんなに美味しいのかい?」
プリムローズの問いに三人が揃って頷けば、欲しいという視線がプリムローズからも飛んでくる。
「ね? 大売れすると思うんですよ。何か他の方法がないかなあ……」
カミーユの思考を遮るように、プリムローズが立ち上がった。
「さ、そろそろ約束の時間だよ」
皆が立ち上がる。
「約束?」
「ああ、トーステン辺境伯様と、ヤスミーナ様のお兄様、クリストフ・サウゼンド卿がお忍びでいらしている」
カミーユはヒュっと息を呑んだ。
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