25 王都の秘密会議 ③
「カミーユが、すでに試していたのですよ」
目だけではなく、ガリスとトールの口までもが、ポカンと開いた。
揃って似た表情を浮かべた二人に、テオドールはクスッと笑いをこぼした。
これがカミーユの言っていた、ほっこりなのだろうか。
ガリスの首がぐるりと回り、トールを見つめた。
「えっ! あ、あ、あ、でも、私は聞いていませんっ。見せてもらったのはカフェーだけでっ」
テオドールが頷いた。
「王立学院に通い始めた年ですから、三年前だと思います。調香術を習い始めでね。嬉しくて手あたりしだいに抽出したり、調香したり、大騒ぎだった時で」
漂うのは芳香ばかりではなく、ローザハウスじゅう汗臭くなったり、むせ返るような夏草の香りに包まれたり、すぐにカミーユの私室が設けられた。
隔離だ。
「あー、覚えています。皿洗いをしたいから紹介してくれ、と、ギルドに来た頃ですね。懐かしい。来るたびにいい香りをさせていました」
「ええ、ええ。記憶の中に香りの引き出しを作るのだと聞いて、これはよい調香術師になるだろうと思ったものです」
トールとガリスが顔を見合わせている。
「ちょうどその頃に、ローザ茶も試していたはずです。調香術で」
「そんな頃から……」
「そ、それで?」
テオドールがふうとため息を吐いた。
「……カミーユは、その、食いしん坊でね。その時は、納得のいく風味にならなかったと聞いています。クローヴァーから」
「く、食いしん坊……」
「いや、ま、まあ、カミーユですからね。脳裏に浮かぶというか、なんというか」
商業ギルドで出されたケーキをじっと見つめた顔だったり、ここがおいしい、あれがいい、と来るたびに報告していたカミーユを二人とも思い出した。
「あの頃は、最初のローザ紅茶がすでに売られていて、クローヴァーに言わせると、それより遥かに美味しかったらしいです。ただ、カミーユが、うんと言わなかったと」
「厳しいですなあ」
「まあ、ローザはともかく、ローザハウスにある茶葉は高級というわけではありませんしね」
トールが額を叩いた。
「言ってくれれば、集めましたのに!」
「クローヴァーさんの作る料理は美味しいと、カミーユが褒めていたのを聞いたことがあります。きっと口も肥えているのでしょう」
ガリスが言えば、テオドールが笑った。
「ああ。もともとはカミーユなんですよ。最初の頃はそうでもなかったんですが、ある時から、美味しいものに目覚めたというか、美味しく食べたいと、料理もし始めましてね。クローヴァーはその影響を大きく受けて」
「おや、そうだったんですか。いや、カミーユらしいと言うべきか」
「ローザ茶に取り組んだのはその年だけです。その翌年、訊いたのですよ。今年は試さないのか、と」
「ほう。それで?」
ガリスとトールが身を乗り出した。
「その時言ったのはこうでした。『先生の新品種ができたら、また考えます。それに紅茶と合わせるなら、ベルガモータのほうが好みです。花より果実の香りのほうが、食品には馴染む気がしますし。これも売れるかなあ』と」
「ベ、ベルガモータ……! そ、そ、それもサウゼンドの産物です!」
ガリスが叫び、トールがハッとした。
「今、ちょうど今、収穫時期では⁉ すぐに手配をすれば間に合うでしょうかっ!」
「紅茶の販売量は、緑茶の十倍以上です。売れますよ! 売れるに決まってます!」
「苦みがあって売れないベルガモータです。ローザより、ジャスミナより安く手に入ります!」
「ああ、カミーユ! なぜこんな時に辺境にっ!」
商業ギルドの二人は、アタフタとし始めた。
こんなに慌てた二人を見るのは初めてだが、この反応はさすが商業ギルド員と言えるかもしれない。
テオドールが二人を抑えた。
「まあ、落ち着いて。昨年、私の温室のベルガモータを持っていき、これは私も試作を飲ませてもらいました。どの品種の紅茶と合わせるのが一番いいか、というところまで来ていました」
ガリスがトールを見た。
「……いえ、持ち込まれていません。なぜでしょう。これも納得がいかなかったんでしょうか。ああ、カミーユ、ほんとに、言ってくれれば紅茶をかき集めたのに」
「あー、もともと、カミーユはお茶よりカフェーのほうが好きなんですよ。依頼されたならともかく、好きなものを優先したんでしょう」
トールが、がっくりと肩を落とした。
「すみません。ギルド担当者として、もっとカミーユと話をするべきでした……。話の中で、開発中の商品のことがでてきたかもしれないのに」
「いえ、その後すぐ、ナッツの香りだの、ヴァニラだの、シナモンだの、さんざんカフェーを飲まされましたからね。忘れていたと思いますよ」
「わ、忘れた……?」
「そんな……」
トールがやれやれと言うように、首を振った。
「お、覚えています。ええ、昨年です。カミーユにいろいろな産地のカフェーが欲しいと言われて、手配しましたよ」
「喜々としてましたね。それでたぶん、一番好きなカフェーをギルドに持ちこんだんじゃないかと」
ガリスとトールの口からため息がこぼれた。
「そんなわけで、ベルガモータの
テオドールは知っている。
サンティフォリアはカミーユの好みだ。
自分で名を付けるほどに、思い入れがあるらしい。
紅茶と合わせてどうかはわからないが、寒い夜にローザ・サンティフォリアのジャムを紅茶に落していたのは見ている。
「……ローザ茶の開発も、忘れていたんですかね」
「そんな売れそうなものを……?」
「去年はカフェ―ばかりでしたね、確か……」
三人はそろって、大きなため息をついた。
じっくりと話して、次の定期船でトールとテオドールが辺境へ向かうこととなった。
船荷予約だけでなく、自分も行くことになったな、と思いながら、テオドールはガリスから蒸留酒のグラスを受け取った。
驚いたり、心配したり、呆れたり、と気分が上下した後には、これが一番だ。心地よく気分がほぐれる。
三人ともグイッとグラスを傾け、ふうとソファーにもたれた。
「……ギルド長、国内、国外の支援取り付けに間に合うでしょうか」
「茶は間もなく手配できますが、ローザもジャスミナも、花の季節の終わり頃でないと咲きませんからね。ぎりぎりかもしれません」
「ベルガモータの茶ができれば、すぐに動けるのですが」
「カミーユしだいですが、それを願っていますよ。商業ギルドのできることと言ったら、資金をうまく回すことぐらいですから。こんなことを言いたくないですが、利があるところに人は動くものです」
「ははっ。カミーユの好きなクッキーやケーキを山ほど用意して、お願いしてきます!」
トールがおどけた。
テオドールがグラスをあおった。
これはいい気付けにもなる。
「そこまで待たなくても、大丈夫でしょう。カミーユ、あれは天才です」
きっぱりと言い切ったテオドールに、ニコニコ、モグモグとケーキを頬張るカミーユを思い浮かべていたトールは、首を傾げた。
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