23 王都の秘密会議 ①
テオドールが厨房に近づくと、クローヴァーの声が聞こえて来た。
「ピート! お行儀をどこに忘れたの? ちゃんと座って食べなさい。ああ、ガイウス、そんなに詰め込むから。誰か牛乳を渡して」
ちょうど子供たちが夕食を取っているようだ。
顔を出せば、クローヴァーがすぐに気が付いた。
「あら、先生、お早いですね。もう、食べますか?」
「いや。さっきの配達に、君宛の手紙が入っていたよ。カミーユからだ」
「まあ!」
「「「カミーユ?」」」
「クローヴァ―、読んで?」
「ねえ、読んでえ?」
「はい、はい」
子供たちにせがまれて、クローヴァーが封を切った。
「えっ! まあ、大変! 先生、カミーユは行先が違ったようですよ? 南ですって」
「うん。そうなんだよね。私宛の手紙もあったんだけど、叱られたよ」
「でしょうねえ」
「「南ぃ?」」
「「「どこー?」」」
子供たちも気になるようで、クローヴァーの袖を引っ張って話をせがんでいる。
「南の辺境よ。後で地図を見ましょう。……あら、じゃあ、夏服を早く送らないと」
「ジャムも」
「ぎゅうにゅ」
「ねえねに、このパンあげゆの」
「カミーユはパンよりケーキだと思うぞ」
「ええと、俺は何を入れるか……」
カミーユへの荷物は大きなものになりそうだ、と、テオドールはふっと口元を緩めた。
「そうだね。皆で荷を作るといい。商業ギルドに呼ばれたから、ついでに五日後の船に載せられるように予約をしてくるよ。私は遅くなるから、夕食は待たないでくれ」
「「「「いってらっしゃーい」」」」
子供たちの声を背に、テオドールはローザハウスを後にした。
◇
商業ギルドに入ると、テオドールはすぐにギルド長室に案内された。
「テオドール先生」
ギルド長のガリスと、副ギルド長であるトールが揃っていて、テオドールの顔を見るとさっと立ち上がった。
ガリスは細身で背が高く、トールは小柄で丸く、二人並ぶ姿を見るとほっこりすると、ギルドで密な人気だとカミーユが言っていた。
どこがほっこりポイントなのだろうとテオドールが眺めていると、ガリスが軽く頭を下げた。
「お呼びたてして、申し訳ありませんな。ご相談があって」
「いえ、かまいませんよ」
では、とトールが本棚に手をかけてゆっくりと引っ張った。
商業ギルド長室には、隠し部屋がある。隣室に繋がる扉を本棚に改造しただけなのだが、うまくしたものだ、と感心する。
中は窓もない小部屋だ。
つまり今日の相談とやらは、秘匿したいことなのだろう。
トールはギルド長室からティーセットを運びこむと、注意深く本棚を元に戻した。
「このメンバーだと、飲みたいところですが」
トールが茶を配って席につくと、ガリスが口を開いた。
「少し前まで、北のボウルダーに出張していたのですよ。そこでボウルダー公にもお会いしましてね」
「おや」
テオドールは眉を上げた。
呼び出しはローザのことか、それとも街を離れたカミーユのことかと思っていたが、思ってもみなかった話の始まりだ。
ボウルダーは、グラシアーナの北にある国の一つだ。
北ではボウルダーを含む三国が、南ではサウゼンドを含む二国が、過去にグラシアーナから分裂、独立している。
もともとはグラシアーナの爵位貴族だったが、その五つの領地が独立し、今では公と呼ばれている。
六代前のコンロ―分裂王の時代のことだ。
「そこで、ちょっと気になることが耳に入りましてな……」
ためらうようなガリスに、テオドールもカップを置いた。
チラリとトールに視線をやれば、首を横に振られた。トールもまだ聞いてないらしい。
そのような情報は聞くのも危ういが、聞かないのもまた怖いものだ。
テオドールは心の中にそっとため息を隠した。
「我が国の第一王女、ロザリア姫様にグリマーシュ帝国の方とのご婚約が決まりましたな」
トールもテオドールも頷いた。
確かグリマーシュ皇帝の甥だと聞いている。
婚礼は来年になるだろうが、王家の婚礼に、街は祝いの雰囲気が高まっている。
「商人は敏感ですからね。もうご成婚祝いの記念品の話がギルドに来ていますよ。これでグリマーシュとの流通が盛んになるだろうという期待もあるようで」
トールの言葉にガリスが頷いた。
「勢いと景気が良いのは何よりですが、我々はどのような事柄にも対処できねばなりません」
ガリスが言っているのは、水面下で王妃の派閥、ローザ派の勢いが増していることだろう。
実際にカミーユも巻き込まれたし、ヤスミーナ第二妃の贔屓筋が無理を言われたりしているようだ。
「それで、ギルド長はボウルダーで、何をお耳に入れられたのですかな?」
ガリスが顎をさすった。
「……ロザリア姫様が嫁入りするのではなく、グリマーシュの方から我が国への婿入りになるのでは、と」
「は?」
「何を……」
トールもテオドールも一瞬言葉を失ったが、トールが慌てて否定した。
「いや、いやいや。それはないでしょう。ロザリア姫様から直々に、贔屓の商会に話がいっているんですよ? 自分のためにグリマーシュにも支店を、と」
テオドールは首を傾げた。
「婿入りに変更とは、推し進めるにも乱暴だと思いますがねえ」
「ボウルダー公によれば、結婚後にグリマーシュ皇帝がその甥を養子に迎えて皇子とし、グラシアーナの支配権を争うのでは、と」
「「まさか!」」
テオドールとトールの声が揃った。
「私もそう思ったのですが、公が言うには、グリマーシュの第六皇子の婚姻先で同様の話があったと。養子とするなら第七皇子になりますね。まあ、確かにグリマーシュは、戦と婚姻であのような大国になったわけですから」
「それは……」
ありえる話だ、と思ってしまった。
「ですが、それを我が陛下がお許しになるはずがありません。陛下に御子息がないならともかく、まだお小さいですが、王妃様、第二妃様、どちらにも陛下の御子息がいらっしゃるのですから」
トールが鼻息荒く言い募る。
それを手を挙げて止め、ガリスが尋ねた。
「ロージア王妃は、どうだと思うかね?」
「え?」
「このままだとヤスミーナ様のもとに御生まれになった第一王子が我が国の王となるでしょう。お年に似合わぬ御聡明さで教育係が舌を巻くほどだと聞きます。名前も、王が代々受け継ぐロスワルドを与えられています。王妃にしたら、自分の息子が王とならないなら、娘のロザリア姫が王妃となるのでも良い、と考えるのでは?」
「そんな、まさか。そんな愚かな……」
トールはわなわなと震えている。
テオドールは大きく息を吐いた。
「あり得ない、と言いたいですが、王妃もその実家であるリヴァスガルド公爵も、第一王子が王として立つよりも、そちらのほうに利を見るかもしれません。その婿皇子を中継ぎとし、自身の子である第二王子をその後の王に、ぐらいまで考えていてもおかしくないでしょう。第二王子はまだ四歳。王位を継ぐにも時間がかかります。それが無理でも、その次世代は自分の血筋です」
テオドールが言えば、その場はシンと静まった。
「……それに、婿入りとなれば危険も増します。グリマーシュの者が、陛下や王子殿下近くに入るのですから」
命の。
テオドールが言わなかったことを、ガリスはしっかりと理解して頷いた。
「ボウルダー公の懸念は、もし万が一、我が国がグリマーシュ帝国の支配下に入れば、ボウルダーを始め北の三国はグリマーシュと我が国の間に挟まれる。……まあ、そこまでくれば南の二国も危ないでしょうが」
「リヴァスガルド公爵は、分裂王コンロ―の系譜です。北の三国、南の二国を押さえたいのは悲願でしょうか。ですが、まさかそこまで王家をないがしろに……。王妃までとは、思いたくありません……」
静かな部屋にトーマの言葉が響いた。
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