二章「和蘭石竹」

2-1「チェス」

 遥か昔、一人の青年は何も無い大陸に訪れました。

青年はその大陸の真ん中で一人座って考えました。

「ここに私の王国を建てたい」

青年は夢を得て一人でせっせと建国を始めました。

するとある日、一人の女性に話しかけられました。

「お前は誰だ?ここは私の場所だぞ」

女性は元々この何も無い大陸で一人で暮らしていた者だったのです。

青年は答えました。

「私はアーサー。ここに私の王国を建てたいのです」

女性はアーサーの言葉に「ううむ」と少し考えてから答えました。

「よし。私も何もなくて退屈していたんだ。ここに国を造る事を許そう」

女性の許しが出てアーサーは喜びました。

「しかし一つだけ条件がある」

アーサーは女性の言葉を待ちました。

「私と結婚しなさい。私はここでずっと一人であまりに退屈していたのだ。だからお前の国の妃にしてほしい」

アーサーはすぐさま答えました。

「勿論だ。結婚しよう。では貴女の名前を教えてくれないだろうか?」

女性はアーサーに笑いかけました。

「私の名前はリリス。宜しく。私の王よ」

アーサーはこの日、リリスと結婚したのでした。


 ナイトはルーシィの集めた仲間の元へ戻る前に言った。

「じゃあ当面の目標は魔女の国の遠征部隊に選ばれる事だな」

改めて確認を取ったナイトにルーシィも答える。

「うん。遠征部隊は確か第一部隊と第二部隊、つまりヴェゼール隊長とポーン隊長の部隊に入れれば行ける筈だよ」

ヴェゼールの名前が出てナイトが顔をしかめた・・・・

「アイツかよ……そんで?どうすればその部隊に入れるんだ?」

少し嫌がりながら聞くナイトにルーシィは少しだけ微笑んで答える。

「えっと……確か普段の任務とかで適正を見て各隊長が選ぶはず……」

ナイトはポリポリと頭を掻きむしった。

「……面倒だけど仕方ねぇ。じゃあ取り敢えずめちゃくちゃ任務で活躍してあの野郎に示せばいいんだな」

「うん。けどまずは今日を乗り切らなきゃ」

初めて秘密を明かせた相手であるナイトにルーシィはほんのり友情を感じていた。

ナイトは少しいたずらっぽく笑う。

「まぁお前俺に秒でバレたしな。今日を乗り切れるかも不安だぜ」

ナイトの言葉でルーシィは数分前の出来事を思い出した。

裸が見られた事は不可抗力だ。

それにナイトも紳士的に対応してくれた。

そこはこの際どうでもいい。

それよりも何故バレてしまったのかという方だ。

ルーシィの頭にはずっとナイトの発言が残っていた。

「俺はお前が知りたい」

その言葉に意識が行ってしまい周りへの警戒を怠ってしまったのだ。

ならば殆どナイトのせいではないか。

 ルーシィは少し頬を膨らませてナイトを睨みつける。

「なんだよ?」

 この男の事だ。どうせ何も考えずに思ったままを発言したのだろう。

しかし少年として生きてきたルーシィにとっては聞き慣れない言い回しだったのだ。

頭に媚びれついて離れないのも仕方ないとは言えないだろうか。

 ルーシィは視線をぷいと逸らした。

「……お前って言った」

ルーシィがナイトに出した約束の条件。

約束を破らないと宣言したナイトは少し面倒くさそうに頭を掻きむしる。

「あー……わかったよルーク・・・

少年ルークへの呼び方にナイトが切り替えてルーク・・・はすぐにナイトの後方へ視線を向けた。

「おおい……二人共いつまで話してるんだ?」

水浴びに行ったまま帰ってこないルークとそこに向かったはずなのに音信の無いナイトが気になったのだろう。

ルークの仲間の男達が歩いてきた。

ルークは優しく笑う。

「ごめん。また使い魔が出てさ。二人でちょっと戦ってたんだ」

使い魔というワードが出て男達は言葉をつぐむ・・・

自分達の知らぬ間に化け物と戦っていたんだ。追求しようとはしない。

 ナイトは男達を横目に抜けていった。

「腹減ったし何か食おうぜ。ルーク」

会話の方向性を食事へ向けたナイトにルークは素早く反応する。

「うん。確か獣の肉が今日の分残ってたはずだ。ご飯にしようか」

ルークはナイトの後を追うようにスタスタと歩いていった。


 耳障りの良い金属音が小さく響く。

その音だけでこの駒に良い素材を使われているのがわかる。

ヴェゼールは間髪入れずに駒を進めた。

「……やっぱりヴェゼールとチェスすると手が早すぎて暇潰しにならないなぁ」

困ったように笑うポーン。

しかしそう言いつつ早手で打つポーンにヴェゼールは言った。

「チェスは長考すればするだけ相手にも考える時間を与える。自分は時間をかけず、相手には時間を与えないのが戦場の鉄則だろ?」

暇潰しとしての役割について言ったはずなのになぁと思いつつポーンは言葉をつぐんだ。

「それよりさぁ。何人残るだろうねぇ」

何がという必要はなく伝わる。

何せ今はそれの終了待ちなのだからヴェゼールも答えるのに時間はいらない。

「さぁな。残った奴が入隊するだけだろ」

相も変わらぬ無愛想な態度でヴェゼールは返した。

ポーンは慣れたがこの態度で毎年新人に恐れられている。

流石に改めればとも思うがヴェゼールという男がそうそう考え方と態度を変える訳もない。

 ポーンは動かす方向の無くなった駒自身のキングを倒す。

「ま。夜が明ければ全部わかるねぇ」

夜はゆっくりと更けていった。


 森を抜け出るとすぐに大きな屋敷へと案内された。

屋敷には大量のご馳走が並び、それらは生き残り、試験を突破した試験者達に振る舞われた。

 訳も分からず連れられた合格者達にヴェゼールは言う。

「魔女狩りってのは常に死と隣り合わせだ。流石に毎度任務の度にこのレベルを振る舞う事はできないが、それでもその命に相当した報酬は与える。それが“他が為に命を賭す”という事だからだ」

冷たく冷徹な印象の無敵の男の気遣い。

合格者達は大きな声で返事をして目前のご馳走にがっついた。

 「おい……これなんだ?」

スラム街のエリア13では見た事もない料理にナイトは恐る恐る指を差す。

「ヤミーチキンの丸焼きだね。あと料理を指差しちゃ駄目だよ」

流石にルークも物凄く裕福な暮らしをしてきた訳では無い。

殆どの料理が噂にのみ聞いていたもので冷静さを保つので精一杯だった。

「こ、これは?なんだこれ?」

「多分スケアフィッシュのムニエル……だと思う」

「魚か?魚って焼く以外に食い方あんの?」

恐らくここにいる中で裕福度は下から数えた方が早い二人だ。

恐る恐る口に運び、その都度良い反応をしながら二人は食事を楽しんだ。


 翌日、晴れて魔女狩りと相成った合格者達は城前広場に集められた。

一人一人に魔女狩りである証の黒い羽織が手渡され、その羽織を身に纏う。

「その羽織はただのお揃いコーディネートじゃない。魔女に決して負けず、すべてを飲み込む強い意志が込められている。決して屈するなよ」

冷徹、だが熱さ・・を感じるその言葉は新人隊員達にも伝熱する。

「「はい!」」

ルーク、ナイトの両名も本日正式に入隊した。


 「不思議だねぇ」

ポーンは窓の外を眺めながらシャボン玉を吹かした。

窓の外では新入隊員達がそれぞれ班に分かれるよう指示を受けて行動している。

激励の一言を言い終えたヴェゼールがポーンが窓縁に座る総長室のドアを開ける。

「………ここは副長室じゃないぞ」

「あら。気づいたらこんなところに」

最早テンプレと化した問答。

言わない方が違和感があるので幾度と繰り返してしまう。

 ヴェゼールは黙々とデスクの上の書類を整理する。

ふとポーンはヴェゼールにシャボン玉を飛ばした。

「なんだ?」

ポーンはヘラヘラとした態度でまた窓の外を見た。

「キミは不思議だなぁと思わないのかい?」

意味が伝わる前提で投げかけられる問いかけ。

ヴェゼールは書類に視線を戻した。

「スノードロップとストロベリーの事か?」

意図してた返答にポーンはニコリと笑う。

「そうそう。ナイト君とルーク君」

ポーンは変わらない表情で続けた。

「ナイト・スノードロップ、通称【悪童】。触れるものみな破壊するとまで言われるエリア13で一番評判・・の問題児」

書類を軽く纏めたヴェゼールはポーンに視線を向ける。

「強い魔力を持っているからキミがスカウトしたけど、こっちとしてはとんでもない奴が来るんだと構えてたよねぇ」

ポーンは窓の外で班に分かれるルークとナイトを見た。

「けどいざ試験をやって合格した彼は予想を遥かに上回る落ち着きようだ。ほんの数日前まで魔女狩りのスカウトを返り討ちにする程の暴れようだったってのにね」

ヴェゼールもポーンに倣って窓の下に視線を向ける。

「緊張してるとかキミにビビってるとかまぁ色々考えられるけど……まず考えられるのが試験開始前・・・と試験終了後・・・で大きく違うところがあるという点だ」

ポーンはルークにシャボン玉を飛ばした。

当然泡は上空へ消えていきルークに届く事は無いがそれでもポーンが今誰について話そうとしているかはヴェゼールに伝わる。

「ルーク・ストロベリー。エリア8で生まれ育ったごく平凡な少年。いや、彼の母は確か国内に潜んだ【潜伏魔女】として城の前で打ち首にあっているね。長く隠し通していたのにある日突然、街で魔法を使って老婆を殺害し魔女である事がバレた」

ヴェゼールの眉が少し動き反応した事を知らせる。

しかしポーンはこの反応をする事を知っていた・・・・・為気に留めず続けた。

「祖母は母親の死より少し前に失踪。その後死亡を確認されている。彼は残った祖父と二人でひっそりと暮らしていたんだね」

ポーンは「よっ」と窓縁から部屋に降りたった。

「経歴だけ見れば悲しき運命を乗り越えた実に物語になる悲劇の少年だ」

「何が言いたい?」

わざとらしく長々と御託を並べるポーンにヴェゼールは少し苛立ちをぶつける。

ポーンはヘラヘラとした態度のまま答えた。

「何故ナイト・スノードロップは彼に気を許してるんだと思う?」

その瞬間だけ、ポーンの表情が冷たく笑顔を消した。

「どれだけ悲劇の少年だろうと、あのエリア13で【悪童】とまで呼ばれたナイト・スノードロップがルークに同情するとは思えない」

どこか楽しげに笑うポーンにヴェゼールはため息をつく。

またいつものやつか・・・・・・・と。

「ならポーン。お前の意見は?」

その言葉を待っていたとポーンは楽しげに答えた。

「彼らは何か共通の秘密・・を持ってる。秘密の共有っていうのは一番他人同士が仲を深めやすいイベント・・・・だからねぇ」

いたずらに、その上でポーンは悪い笑みを浮かべた。

「………また勘か?」

少し呆れたように言うヴェゼールにポーンはパッと笑った。

「トーゼン。何せ俺は【幻妖の魔術師】。“きまぐれ”ポーンだよ?」

「………“毒蛇”の間違いだろ?」

半分本気のヴェゼールにポーンは「ひどいなぁ」と笑う。

 気まぐれのようにヘラヘラと国内の【潜伏魔女】を幾人と暴いてきた。

それは例え近所の人間だろうと。

例え恋人だろうと暴いてきた。

そしてついたアダ名は“きまぐれ”と“毒蛇”。

国内で彼ほど【潜伏魔女】に恐れられている者もいないだろう。

 ポーンはゆっくりと最後のシャボン玉を空に吹かした。

 「キミについて知りたいよ。ルーク・ストロベリー君………」

無造作に空へ飛んだシャボン玉はぷかぷかと浮かんでいき、ほんの少し高い所で綺麗な音を鳴らして消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る