第2話襲撃1


 カラカラと車軸が回転する音が車内に響き、リーフスプリングがあったとしても抑え切れない揺れが車内を襲う。


「揺れますね」


 姫はモコモコとしたファーの付いた扇で口元を覆い、気分が悪そうな青白い表情を浮かべる。


「姫さま大丈夫ですか……」


 俺を太腿のホルスターに下げたナイフで、攻撃しようとした事のあるメイドが心配そうに声を上げる。


「気分が悪い時には生姜の蜂蜜漬けがいいと、何かの本で読んだか聞いた記憶があります」


「生姜の蜂蜜漬けですか……どれも高級品ですね」


「ええ、騎士の給金ではとても買えるものではありません。ですので、似た効能を持つハーブティーをご用意いたしました」


 俺はそう言うと水筒を取り出す。


「清涼感のあるミントを使ったお茶です」


「先ずは毒見を……」


 そう言うとメイドはミントティーを舐めるように口に含んだ。


「――――ブふっ!!」


 ペーパーミントハッカ特有のスッとする香りに、余り慣れていないのか噴き出してしまう。

 慣れない味の性で気管にでも入り込んで噎せ返ったのだろう。


「――――くっ!!」


 亜麻色の髪の少女は、ギロリと射殺さんばかりの眼力で睨み付ける。

 恐らくは、「よくもこの私に対して、姫様の前で恥を掻かせたな、この没落騎士風情が!」と言ったところだろう。


俺の田舎では結構食べられているハーブなんだけど、王都に棲んでいる方の口には合わなかったようだ。


「あらあら、まぁまぁ」


「申し訳ありません。姫様、このハーブティーの味わいがあまりにも独創的だったもので……」


 目と上半身を伏せ、姫の御前で行った不敬への謝罪と理由を述べる。

 横目で俺に「助け船をだせ」と言いたげな視線を送ってくる。


「確かに王都でお過ごしになっている方々には、些か刺激の強い味かもしれません。毒見も済んだ事です。姫も一杯いかがですか? 胸の不快感が和らぎますよ?」


「……では、遠慮なく頂く事にしましょう」


 そういうと、メイドが用意したカップにハーブティーが注がれる。


「爽やかな良い香りですね。それでは……」


 そう言うと、小さな口で上品にハーブティーを少量飲んだ。


「確かに、飲み慣れていないと咽てしまいそうな味ですね。

でもスッとしてて美味しい」


「それは良かったです。

車窓から風景を見るのも車酔いには効くそうです」


「それはいい事を聞きました」


 そう言うと窓に頬が押し当てられるほどに、躰を傾けて食い入るように風景を見る。


 白身魚なのような白い太腿が見える。

 俺は気まずさを覚え視線を逸らす。

 視線の先に居るのは、亜麻色の髪のメイド服を着た少女だった。


「……チッ!」


 少女は短く舌を打つと、睨み付けてくる。


えぇ……


「オホン」


 とわざとらしく短い咳払いをすると、俺は疑問を投げかける。


「それでこの馬車は――姫はどこへ向かっておられるので?」


「あら、聡明な私の騎士なら予想が出来ていると思うけれど?」


 カラカラと姫は楽しそうに笑い。

 丈の短いワンピースなのに足をバタバタと楽しそうに動かす。


「ひ、姫さま! はしたないのです、おやめください!」


 メイドが忠言しているが当の本人は、その忠言を聞き入れるつもりはないようだ。


「王墓のある。サンライトイーストグロウ教会でしょうか?」


「その通り。本来であれば私が向かうのは慣例通りではないのですが……まぁ致し方がありませんよね」


 本来、初代国王を始めとした歴代国王が眠る王墓に眠る教会を訪れるのは、時の王や王妃、はたまた次の王候補である王子達なのだが、宮中での政争に明け暮れている王子達は折衷案として、誰の派閥にも属していない。王女に参拝させようという事だろう。


「ですが、姫にとっては僥倖なのでは? サンライトイーストグロウ教会を参拝した王族者は、王かその配偶者や時代の王のみです。王位を継ぐ事になっても良い箔付けとなるでしょう……」


「その通り、私としても願ってもない事です。要らぬ邪魔を入らせぬために護衛は最小限しか連れておりません」


「大軍では足が遅くなりますかね」


 馬車に乗り込む前に周囲を見たときにいたのは、騎馬が25騎のみと、いささか心もとない兵の数である。


「騎兵の数が少ないのも、私には軍事的な影響力はありません。と兵数で示すためです。私の近衛を中心とした信用できるモノだけで隊を組んでいますので、指揮官としての補佐をあなたにはお願いしたいのです」


「では私も外にいた方がよいのでは?」


「王家の旗を掲げたこの一団を襲撃するほどの愚か者がいるとは思えません。兄やその派閥の貴族が賊をけしかけてくる事も考え難いと思いますが……」


ああ、なるほど。このお転婆姫は頭は回るし、政治的な機微にも長けているけど、バカの思考を理解する事は出来ていないようだ。


 王墓訪問と言う国の行事に泥を塗ってでも、姫ではなく自分の派閥の王子に訪問の栄誉を与えたいと考える

視野狭窄の愚か者が行動を起こすという、可能性を斬り捨てている。


「姫、自分が先に死のうとも噛みついてくる愚か者は、平民にも貴族にもいるものです……」


 説明をしようとすると、騎馬が一騎近づいてきた。


「報告。敵襲です」


「数は!」


 俺は思わず怒声を放つ。

 軍馬に乗った女騎士は俺を一瞥する。 


「数は凡そ30!」


「前衛は二人一組で賊を押しとどめ、魔法師は詠唱をして敵を蹴散らせ」


 リーダーと思われる女騎士は、指示を出している。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る