どんな時でもお金には困りません!

遠野月

メノス村編 はじまり

はじまり


欲しいものがあるか。

そう問われて、ライラが最初に思い浮かべたものは「お金」であった。



ライラの目の前には、ウサギがいた。

そのウサギは喋ることができて、ライラが五分ほど前に死んだことを告げた。



「君は生前、三つの徳を積んだ。だからなんでも、三つだけ願いを叶えてあげよう」


「……それってなんでも良いんですか?」


「そう! 元の世界で生き返ること以外なら、なんでも!」



ウサギがそう言って、小さく笑った。

薄気味悪いウサギだなと、ライラは苦笑いする。


とはいえライラは、特に欲しいものなど思い付かなかった。

不思議と生前の記憶のほとんどが消えていた。

人間関係についてはまったく覚えておらず、誰かに会いたいとも思えない。

そのためか、やり残したことも思い出せなかった。

強いて欲しいものを挙げるとすれば、死んだ後も苦労はしたくないということくらいか。



「じゃあ、お金をください」


「お金だって?」


「はい。どんな時でも困らないだけのお金をくれませんか?」


「でも君は死んでいるんだよ。お金は必要ないと思うけど」


「じゃあ、どこか別の世界で生き返らせてください」



熟考することなくライラは言った。

ウサギはしばらく悩んだようであったが、やがて大きく頷いた。



「それなら、そうしよう!」


「ありがとうございます」


「それで? あとひとつの願いは?」


「あとひとつ? ああ、そうですね……特にありません」


「ええ? 君はなんて無欲なんだ……。君の前に来た子なんて、『ボクが考えた最強チート』を延々と語った挙句、無理難題を願ったというのに!」



ウサギが苦い顔をして俯いた。

ずいぶん疲れているらしい。



「じゃあ、人間で生き返って、出来るだけ長生きしたいです」


「それはふたつ目の願いと少し重なっちゃうなあ。無駄な願いになると思うけど、それでもいい?」


「それでいいです。ウサギさんも早く仕事を終わらせたいでしょう?」


「はっはー! 確かにそう! よーし、わかった。まあ適当に良い感じの願いにしておくよ!」


「どうも。それではお世話になりました」



ライラは深々とお辞儀をする。

ウサギが返礼し、手足をくるくると回しはじめた。

するとウサギの身体が大きくなり、別の姿へ変わっていった。

やがて周囲の白と黒の宇宙を取り込み、ライラの身体まで飲み込んだ。


ライラはウサギに飲み込まれた瞬間、ほんの少し息苦しさを感じた。

しかしそれは本当に一瞬であった。

ライラの意識はどこかへ流れ、やがてぷつりと消えた。




 ◇ ◇ ◇




(あれ?)



身体が動かない。

視界も暗い。いや、黒い。何も見えない。


目を覚ましたライラは、早速パニックに陥りそうになった。

動かない身体を、無理やりに動かそうとする。

すると突然、手足が自由になった。

自由になった手足だけが、宙を掻いている。


ライラは自由になった手足をさらに動かした。

身体を押さえこんでいる何かを、必死に掻き毟る。

するとライラの身体は徐々に軽くなり、ついに全身の自由を取り戻した。



「……土、……地面?」



起きあがったライラは、自らの身体とその周囲を確認した。

ライラを押さえ込んでいたものは、土であった。

どうやら地面に埋まっていたらしい。


地面から生えでたライラは、なにも着ていなかった。全裸である。

幸い、周囲はなにもない草原であった。

遠くには村らしきものが見えるが、近辺には人影ひとつない。



「……どうしよう」



途方に暮れる。

「服を着たまま生き返らせてください」と願うべきだったのか。

ライラは勿体ないことをしたなと思いつつも、すぐに気を取り直した。

贅沢など言えない。

生き返ることができただけ儲けものなのだから。


ライラは遠くに見える村まで歩くことにした。

こんなところで全裸のまま過ごすわけにはいかないからだ。

道中、ライラは大きな葉を拾い集めた。茎を繋ぎ合わせ、身体を包んでおく。

ひどい出来の服に、ライラはため息を吐いた。

だが仕方ない。現状、これ以上のものはないだろう。



「服……買えるよね」



ライラはふと考えた。

ウサギに頼んだ「お金に困らないようにしてほしい」という願いは、叶っているのだろうか。

叶っていなければ、村へ行ったところで服一着買えはしない。

最悪の場合、ライラは貧困極まり、再び死ぬかもしれない。


気付けば村の傍まで来ていた。

村は石を積んでできた塀に囲まれていた。

ライラは入り口を探してウロウロしていると、誰かに呼び止められた。



「そこの君」



男の低い声。

ライラは驚いて振り返った。

ライラの後ろに、中年の男が立っていた。

銃のようなものを背負っていて、訝し気にライラを見ている。



「その格好、追剥にでもあったのか?」



男がライラを指差す。

ライラは身体を包んでいる草葉を両手で押さえ、半歩下がった。



「……そういうわけではないのですが」


「じゃあ着る服がないだけか? 金がないとか?」


「お金は……あるはずです」


「あるはず? ……まあ、それならなにか着た方がいい。俺の上着を貸すから、どこかで服を買え」



男が、羽織っていた上着を脱ぐ。

警戒していると察してくれたのか。

男はライラに近付くことなく、上着を投げて寄越してくれた。


受け取った男の上着は、ひどい獣臭がした。

ライラは思わず顔をしかめる。

すると男が愉快そうに笑った。



「その成りで臭いを気にするなど、妙な娘だ」


「すみません」


「構わんよ。なにか事情がありそうだが聞くつもりはない。さあ、さっさと行け。あと、全身泥だらけだから湯で洗い流しておけよ」


「……そういえば、そうでした」



男に答えながら、ライラは地面に埋まっていたことを思い出した。

鏡がないので分からないが、身体だけでなく、顔も髪も真っ黒に違いない。

ライラは眉根を寄せつつ男に礼をした。

男がライラに近付かぬまま片手を振り、翻る。

去っていく男の背にライラはもう一度礼を言い、再び村の入り口を探しはじめた。

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