第44話 【十五年前】甦った記憶
西国地方の北部に位置する
十五年前の七月。御釈蛇山の麓にある
―――――私は当時、中学二年生だった。
通っていた
―――――私は
東都とは違い、瑞城町も岩城中も楽しかった。この地には暮らしの中に神様や妖怪、幽霊、お化けが普通に存在していて、私は【
あの日。
―――――祖母は御釈蛇山の西ノ山にある【朱鳥神社】で、水神を鎮めるための儀式を
ところが、その年、東ノ山の一部を宅地化する計画が出ていて、東ノ山の森林が伐採され、一部を切り崩していた。そのせいで、川の流れが変わり、東ノ山を流れる川の水が西ノ山の川に注ぎ込み、川が氾濫したために、祖母は道の変更を余儀なくされた。膝の悪い祖母は【朱鳥神社】に近づけなくなってしまい、国道から少し上がった山道の途中で立ち往生していた。
「お
私は親戚の家で待つように言われていたのに、祖母のことが心配で後を
「…
祖母は緋色の巫女装束を着ていた。そして、真剣な顔をして、いつもとは別人のようだった。私はそんな祖母の様子も、ゴロゴロと渦巻く真っ
「お祖母ちゃん、一緒に逃げよう」
私がそう言った途端、雨風がますます強くなって、私達に吹きつけた。稲光が走ると共にバリバリと山全体を揺り動かすような轟音がとどろいた。
「おゆるしたまへ。この
祖母は叫ぶような大声で山に向かって訴えた。それは明らかに私に対しての言葉ではなかった。祖母は酷く怯えていた。「ミシャクジさまは…もう…」と呟くと、ぶるぶると震えながら天を仰ぎ、
「…もろもろのまがごとつみけがれあらむをばはらへたまひきよめたまへとまをすことをきこしめせとかしこみかしこみももうす」
…どうしよう。怖い。
何も出来なくなり、その場で怯えながら固まっていた私を背後から呼ぶ声がした。
「
「
それは黒いレインコートを着て、すっぽりとフードを被った【
「そちらは夏目さんのお祖母さんですか?」
「はい」
池田先生は岩城中に移動になってから、まだ二年目で【朱鳥さま】や私の祖母が神主であることもよくわかっていなかったのだと思う。祖母の巫女装束を見て「何をなさってるんですか?」と、とても驚いていた。祖母の方は池田先生の姿を見て、ハッとしたようだった。
「夕ちゃん、先生と急いで山を
「お祖母ちゃんは?お祖母ちゃんも一緒に行こう」
私が言うと、池田先生は祖母の腕をとって言った。
「お祖母さんも一緒に下りましょう」
「いんや。
「この下の国道に私の乗って来た自転車があるんです。夏目さんは先に行って、それで学校に避難しなさい。山の下に向かって逃げてはいけない。林道を通って横に西に行きなさい」
「先生とお祖母ちゃんは?」
「後から行きますよ。夏目さんは先に行きなさい」
銀縁眼鏡の下の目を細めて、先生は私を安心させるように笑った。
「年の順です。若い者が先なんですよ。そうしないといずれ滅んでしまう。あなたが行かないと、私もお祖母さんも行けません。それに、私は夏目さんの担任ですから」
池田先生の言い方は穏やかで優しい。諭すような先生の言葉には逆らってはいけないような気がした。池田先生の背中にいる祖母の顔を
「本当に?後で来るのね」
私の念押しには、池田先生が答えた。
「また学校で会いましょう」
「先生、お祖母ちゃんを宜しくね」
「はい、わかりました。そうだ、夏目さん」
先生は急に真剣な眼差しで私を見た。先生の眼鏡のレンズについた雨の雫が流れ落ちる。
「夏目さんには才能がある。これから先、どんなことがあっても、ずっと描き続けて下さいね」
「先生?」
「あなたの絵のファンなんです」
池田先生はにこりとした。
それから後、私は無我夢中で西に逃げた。
学校に着いた時、私がさっきまでいた御釈蛇山が断末魔のような叫び声を上げながら崩れ落ちた。辺り一帯を呑み込みながら…
―――――私は2-4の教室に倒れていた所をレスキューに来た自衛隊員に発見された。
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