032 1つの倉庫、共通のカギ

 なぜ、私が時空紋を選んだかといえば、もちろん収納魔法が便利だからというのが第一にある。だが、結局のところ、荷物なんて別の誰かに運んでもらえばいいといってしまえばそこまでのものだ。それだけの紋章ならば、私は太陽紋を優先していただろう。


 だが、時空紋はクロエも認める『高度』な紋章なのだ。

 実際、紋章の形も発動に必要な魔力も、私が知る他の紋章よりも何割か多く必要だったりする。

 今の私が使える時空魔法は3つ。


 収納ストレージ

 停滞スロウ

 小転移ショートテレポート


 収納魔法は、意外と収納力があり6畳間一部屋分くらいの物品が収納できる。

 停滞魔法は、相手の動きを遅く――正確には時間の感覚を遅くすることができる。

 小転移魔法は、だいたい自分を起点として半径10メートルくらいの任意の場所に瞬間移動することができる。


 空間や時間を超越する魔法。

 どれもすごい魔法だが、常時発動形の魔法である収納魔法以外は、魔力消費量がかなり高い。

 小転移などは、まだ数回(ドッペルが)使ったことがあるだけだし、練習が必要だろう。 


「第一魔法、ストレージ!」


 呪文を唱えると、わずかな魔力の消費で亜空間への扉が開く。

 それは私だけが使える秘密の収納庫。

 大事なものをしまっておけば、誰にも盗られることがない。だから、収納紋は商人御用達の紋章なのだ。


「さて、ここで問題があるのだけど、ここにしまったものってあなたと共有されるんだと思う?」

「え? どういうこと?」

「あなたは私でしょう? ならストレージの中身も当然共有されるはずだって思わない?」

「なるほど」

「とりあえず、この剣で試してみましょうか」


 私はストレージに愛用の剣をしまった。

 その後、ドッペルゲンガーに収納紋を描く。

 こんなに気楽に紋章を入れまくっているのは、この世界ではたぶん私だけだろうな。


「じゃあ、発動させるね。……よし、あとはドッペルである私がストレージから剣を出せれば成功か……。ストレージ!」


 ドッペル・リディアが収納紋を発動させ、収納魔法を唱える。

 理屈で言えば、私と彼女の「ストレージ」は別のものである。

 今現在、私のストレージにさっき入れた剣が入っているのを確認済みだ。


「あ。あるわね」


 ストレージから剣を取り出すドッペル。


「そこは予想通りだけど……こっちは……あ、ない。ってことは、やった! 共有だ!」

「どういうこと?」

「これは一番良い結果が出たってこと」

「あ、そうか。ストレージの共有ってことだもんね。地味に最強のチートでは……」

「これはマジでチートよ。収納紋を選んでよかった……!」


 棚からぼた餅だったが、本当にラッキーだ。

 ストレージについてはいくつかのパターンが想定されたが、まず一番良くないのは「お互いのストレージはお互いのもの」であるパターン。

 そうなると、便利ではあるけれど、必要なアイテムは私がドッペルに渡したりする必要があるし、ドッペルがどこからか持ってきた物も、私に受け渡す必要がある。

 そして、ドッペルが消えた時にストレージに入れていたものも一緒に消えてしまう。

 普通に考えれば、このパターンになるかと思ったが、そうではなかった。


 次に、コピーされるがそれ以降は別ものであるパターン。

 このパターンでは、ストレージ自体はお互いに個別だが、私がドッペルを生み出した時点でストレージの中身そのものもコピーされる。

 これだった場合、一時的にアイテムの複製が可能だし、貴重品を無限に増やすことが可能だったかもしれない。

 まあ、ドッペルが消えた時点でアイテムも消えるような気もするが……どっちにしろ、このパターンではなかったのだから、考える必要がない。


 そして、今回のパターン。

 私とドッペルが完全にストレージを共有しているパターン。

 これはドッペルの強みを生かすという意味でも最高である。

 なぜなら、ドッペルが手に入れたアイテムが、そのままノータイムで私の懐に入ってくるのだから。やりたい放題である。

 わかりやすく説明すると、ドラ○もんの四次元ポケットとスペアの2つを、私とドッペルでお互いに持ち、ポケットの中身は共有しているという状態なのだ。

 なにより、ドッペルが出先で消えても共有されたアイテムはそのまま残る。


「不思議ねぇ。私も時空魔法のことはよくわからないんだけど、魔力のパスが同じだから別時空にある『ストレージ』に二人ともアクセスできる……ってことなのかしら」


 私とドッペルのやりとりを見ていたクロエが言う。

 魔法に詳しいクロエでも、時空魔法は高度すぎてよくわからないらしい。まあ、確かに他の魔法とは隔絶している。

 肉体を魔力で強化する太陽紋。魔力を与えたり吸ったりする月影紋。火炎を起こす火炎紋。どれもシンプルだ。

 そんな中でも時空魔法は、前世でもお目に掛かったことがない現象を引き起こす、文字通りの『魔法』だ。


「ふ~む……。収納庫自体は別の場所にあって、そこに魔法で扉を開くっていう説明は聞いたんだけどなぁ……」

「聞いたって、本人から?」

「フラメルとは魔法仲間だったからね」


 クロエが収納魔法を使えるのは、紋章元の魔族と知己であったかららしい。

 そう考えると、マジで神代の人物なんだなぁ、クロエって。


「まあ、そこは私とドッペルが共通のカギを持っているっていうことなんじゃない?」

「共通のカギか。なるほど、言い得て妙ね。魔力の色は千差万別。でも自己の分身ならば、共通のカギを持つ……。なにかこの特性を使えば新しい魔法が作れそう…………」


 ブツブツと思考の海へと埋没していくクロエを残して、私はドッペルと最後の確認として、ドッペルが消えても「収納」内のアイテムが残るかを確認した。

 これも問題がなかった。やはり、「共通のカギ」説が正しいようだ。

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