029 魔法は万能
次の日の早朝。
誰も起きていない時間から、クロエといっしょに「複数紋」を試してみることにした。
部屋を抜け出して、いつもの茂みの中。
今日はレイス退治に行かなければならないから、一つ目の紋章は「火炎紋」。
ドッペルを魔力95%で生み出して、太ももに火炎紋を描く。
「それで、2つ目というか、もう一つの紋章はどうする?」
「やっぱ太陽紋かな。2個目の紋章に関してはどれが楽かよくわかんないし、慣れてるやつのほうがまだ確率高そうだから」
この辺りの組み合わせは、いろいろ試してみるしかないだろう。
「ま、とりあえずやってみせて」
今日はクロエが見てくれている。上手いいくとも思えないがヒントくらいは欲しいところだ。
私は2つ目の紋章として、ドッペルの背中に大きく太陽紋を描いた。
「じゃあ、やってみる」
ドッペルが魔力を高め、太陽紋へ流していく。
だが、朱墨で描いた2つ目の紋章はまったく輝く素振りすら見せない。
「う~ん、やっぱダメ。全部、火炎紋のほうに流れちゃうというか……。なんでだろ。クロエなんかわかった?」
「……もう少し続けてみて。ほんの少しだけ背中のほうにも流れてるみたいだから」
「そう? ドッペルは感覚ある?」
「そりゃ、わずかにはあるけど……」
さらに魔力を循環させるドッペル。
というか、クロエは本当に魔力が視覚的に見えているということなのか。昆虫は人間とは全く違う視界を持つというけど、それに近いことが人間と魔族の間にもある……ってことなのか?
しばらく、ドッペルは紋章を起動させようと頑張り、クロエはその様子をジッと見詰めていた。
「うん。わかった」
30分くらいしてようやくクロエは口を開いた。
「魔導紋ってさ、一度身体に定着させると魔力がその紋章を最も効率的に動かせるように最適化しようとするのよ。もともとの魔力って、人それぞれに個性があるものなんだけど、それがその紋章を動かしやすいように、勝手にね」
「つまり?」
「新しい紋章を起動させるのには『無垢なる魔力』が必要なんだけど、それの量が少ないのが原因だね」
「無垢なる魔力? そもそもそこがよくわからないだけど」
「ん~、じゃあ簡単に説明するけど――」
クロエによると、紋章を発動するためには、その人の「無垢なる魔力」というのが必須で、その魔力と紋章が反応して、紋章としての定着が始まるらしい。
一度、起動してしまえば残りの魔力はなんでもいいらしく、だから神殿では「魔力譲渡」を使って強引に定着させている。
しかし、一度身体に紋章を定着させると、無垢なる魔力はかなり少なくなるとかで、闇雲に魔力を流すだけだと上手く紋章を反応させられなくなるのだとか。
「結局、複数紋は無理ってこと?」
やっぱりチートは高望みすぎたってことか……。
「無理とは言ってないでしょ。解決策は3つあります」
「3つも!?」
「まず、1つは魔力の色が見れるようになること。まあ、これは人間には難しいかもね。今のところは無理でしょ」
「次は?」
「2つとも同時に起動してしまうという手があるわ。ただ、かなりの魔力が必要になるだろうから、これも今のあなたでは無理ね」
2つ同時は確かに怖い。
1つでも体感7割の魔力を吸われるのだ、2つだと少なくとも140%。無理。
「じゃあ、最後のは……?」
「猛特訓!」
「ん? なんか策というには力押しな単語が聞こえた気がしたけど……」
「だから、猛特訓。紋章を宿したからって『無垢なる魔力』が身体に残ってないわけじゃないから、ずっとやっていれば少しずつ操れるようになるよ。どのみち、魔力操作は私の
「そ、そういうもの?」
「そういうもの。じゃ、早速やってみましょう」
クロエによれば、何度も何度も続けることで、自分の中にある魔力の性質の違いがわかるようになってくるのだという。
その後も、朝食の時間までクロエの指導の下、複数紋にチャレンジしたが、結局あまり進展はなかった。ただ、クロエが「できる」というからには、必ずできるのだろう。
そういう意味ではかなり大きな進展ではあったかも。
ドッペルは夜中とかにも活動できるし、そういう時間を有効活用してもいいかもしれない。
◇◆◆◆◇
こんにちは、ドッペル・リディアです。
今日はクロエを連れてレイスの討伐です。
というか、レイスって幽霊かなんからしいんだけど、幽霊が実在する世界ヤバない?
「なんか魔法だと簡単に倒せるらしいし、クロエがいれば100人力ね」
「え~、私はパース。レイスってオバケじゃん。私、オバケ嫌いなのよね」
「はぁ? なんで」
「いや、レイスが嫌いじゃない魔族なんていないでしょ。あれって、魔力の淀みが死して意思を残したものだから。神になれなかった魔族はレイスになるなんて話もあるし……見るとゾッとするのよね……」
魔物の一種かと思ったけど、実はそのまんまオバケなのか?
それとも、言い伝えかなにかなのだろうか。
まあ、この世界はなんというか原始的だし、魔物の発生ひとつとっても科学的(?)に解明されているわけではないのだろう。例えば、雷を神の怒りだと信じるような迷信深さがそのまま残っているような感じで。
まして、クロエは1000年も前の人だから、なおさら。
「じゃあ、まあ私がレイスは倒すけどさ。元々、そのつもりだったし。でもピンチになったら助けてよ?」
「こんなヒト族の街に出るレイスなんて、本当にただのオバケだと思うよ」
――というクロエの言葉通り、本当にただのオバケだった。
問題の屋敷はカギも掛かっていなかったし、普通に入って、ダイニングでうろついていたレイスを弱い火炎の魔法で燃やして終了。
強さそのものより、レイスのオバケそのものみたいな姿にこそビビったが、ちゃんと魔物だったようで目が赤かったから、怨霊の衝動によって恐怖よりも敵愾心が強く出てなんとかなった。
「はい終わり。討伐証明、目玉っていうか魔結晶だけしか出ないのね、レイスって」
「オバケだからね」
レイスが倒されてからネコの姿のまま入ってくるクロエ。
「さて、あとはギルドに行けばいいんだけど、こないだの件があるのがね」
「あ~、なんだっけ?」
「私が狙われて返り討ちにした件。絶対訊かれると思うのよね。もしかしたら一時的な拘束とかもあり得るかも」
重要参考人として拘束されて、ガルディンさんとご対面とか最悪だからな……。
「訊かれなきゃいいだけなら、いくつか案はあるけど」
「いちおう聞いておきましょうか」
「私が人間に化けて、かわりに報告に行くとか」
「却下。よけいに話がややこしくなりそうだわ」
「じゃあ、我が魔導の一端を紐解いて解決しましょうか。巫にはね、恩をね、感じてもらいたいからね」
「いや、いい……」
「なんでよ!」
クロエってほら、魔族だし、王様だし、常識ない感じだから……。
絶対に余計なことしそう。
「普通に報告に行くよ。別に悪いことしてるわけじゃないし。私はリディアに似てるだけの別人。OK?」
「別人は無理でしょ」
「無理じゃない! 世の中には自分にそっくりな人が3人はいるっていうし」
というわけで、普通にギルドに報告に行った。
「レオくん! 良かった、こないだの件で聞きたいことがあって」
私の顔を見るなり、開口一番そんなことを言い出す受付嬢。
う~ん。やっぱりこうなるかという思いもあるが、いざとなったら逃げるという選択肢もある。荷物もそれほどないし、レイスの報酬は諦めて消えるという手もある。
まあ、ギルドでの活動は結局は金目当てだ。クロエから剣をもらった今となっては、それもそこまで焦る必要はないかもしれない。金はあって困るというものでもないが、かといってリスクと釣り合いが取れるというものでもないし。
その時、私の横にいたネコ姿のクロエがタシッと右前足を私の足に押しつけて、ニャァと鳴き、小さくなにかを呪文のようなものを呟いた。
(……魔法?)
「レオくんに聞きたいことが……あって…………あった……はずなんだけど……あれ? なんだっけ……、えっと」
急に言いたかったことを忘れたかのように、しどろもどろになる受付嬢。
どうやらクロエがなにかをやったらしい。
「レイスの討伐完了したので、手続きお願いします。これが証明部位です」
「えっ、あ、わかりました」
釈然としない表情のまま手続きを進めてくれる受付嬢。
私は手続きを終えてから、その場から逃げるように立ち去った。
最後まで受付嬢は何かを言いたげな口元をしていたけれど、結局、彼女はそれを思い出すことはなかった。
ギルドを出てしばらくネコ姿のクロエと並んで歩く。
「……クロエ、さっきのはなんなの? 魔法?」
「そうよ~。便利でしょう? 面倒くさい話はだいたいあれではぐらかせるからね」
「どうやってる……かは、聞いてもわかんないか。どういう魔法なの?」
「相手が一番言いたいことを忘れさせる魔法よ」
そんな魔法あるの!? っていうか、魔法ってなんというか万能なんだな。
紋章が魔法を起こすのって、なんか理解できるというか、魔法陣的なものなんだろうなって納得ができるんだけど、クロエはそういうの関係なく魔法使ってるし、本来は魔法はもっと自由ってことなんだろうな。
それにしてもクロエはいろんなことができるな。これからはクロえもんって呼ぶかな。
「便利だし、あなたも覚えたらいいよ」
「紋章があればね」
まったく、気楽に言ってくれるよ。
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