父の記憶① 挨拶

 記憶の断片。


 昭和一桁生まれ、七十二歳で鬼籍に入った父は、戦後昭和の高度成長期に商社マンとして世界を飛び回った。特にアメリカ駐在が多く駐在期間も長かった。


 そんな父が私にしてくれた話のひとつ。


「駐在中の仕事帰りに暗い夜道を歩いていて誰かがこちらに向かって来たら、知らない人であっても歯を見せて笑顔で『こんばんは(Good Evening)』と声に出して挨拶するんだ。それがアメリカで必要な習慣だ」


「どうして?」


「相手も此方を警戒しているからだ。アメリカでは誰もが銃を持っていると思わないといけない。攻撃の意思がないことを示さないと先に撃たれるかもしれない。アメリカでの挨拶というのは自分が無害だと意思表示し、相手も無害だと確認する日常生活の知恵だ」


 日本では考えられない危険な日常を生きてきた父だった、と感じた。





 

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