第5話冒険者ギルド

 冒険者ギルドは、黒い石造りのガッシリした建物だった。屋根近くにも窓が見えるので、二階建てなのだろう。入り口は二枚の板がバネで両開きに開くスイングドア。その手前には、夜間には閉められるのだろう、頑丈な鉄格子の扉が折りたたまれて端に寄せられていた。


 八穂やほはおそるおそる足を踏み入れた。お昼前ということもあって、人は少なかった。

 依頼を選んで大きな掲示板の前にいた冒険者の何人かが、振り返って八穂を見た。おそらくは、たいしたヤツじゃないと判断したのかもしれない。振り返った男たちは何の感情も浮かべずに、また掲示板に向かった。


 部屋はかなり広く、八穂は高校の体育館くらいかなと感じた。正面のカウンターには、二人の女性がすわっていて、冒険者と何か話していた。その前には丸太を削ったようなベンチがいくつか並んでいたが、今は誰もいなかった。


 八穂はベンチに腰かけてまわりを見わたした。

 右側は食堂になっているらしい。衝立で仕切られているので中は見えなかったが、スパイスのきいた、おいしそうな匂いや、食器をカチャカチャさせるような音が聞こえていた。

 リクは飽きてしまったのか、大あくびをすると、八穂の横で体を丸くした。

 

「次の方、ご用はなんでしょうか」

 

 二人の受付嬢のうち年上に見える方の女性から、声がかかった。若い方の女性はまだ、前にいる冒険者と楽しそうに話していた。


「私、ですか?」

「はい、窓口へどうぞ。担当のミュレです」

「よろしく。八穂と言います」

 

 八穂はカウンターに近づいて頭を下げた。

「ここで身分証明書がもらえると聞いたのですが」

 

「身分証明ですか」

「石門のところで、警備の、ええとダルク隊長に聞いて来ました。これが犯罪歴なしの証明書です」

 八穂は警備隊長に渡された証明書を差し出した。

 

「わかりました。今後はこちらにお住まいですか」

「そうです。街中ではなくてこの近くですが」

「通行税を払ってこられたんですね」

 女性は、八穂の手の印を見て言った。


 通行税を支払ったとき、納税証明の印として手の甲に押された。渦巻き模様の赤い印で、これが消えるまでの二日間は、税の支払いなしで石門の通行が許可されるらしかった。

 

「そうです」

「街の近くに住むのなら、来るたびに千ギットは大変でしょうね」

「そうなんです」


「確かに冒険者カードは身分証明になります。メイリン王国内ならどこの街でも通行税免除になります」

「それは助かります」

「冒険者には十歳以上なら誰でもなれますが、すべて自己責任になります。それでも良いですか」

「はい、ここには知り合いもいないので。それは覚悟の上です」

「わかりました。それではお手続きしますね」


 「そういえば私、魔獣を狩ったり戦ったりできませんが、冒険者になれますか?」

 八穂は心配していたことを聞いてみた。

 

「冒険者と言っても仕事は色々あります。高ランクの冒険者には武力は必要ですけれど、近くの森で薬草摘みや、街中での雑用などの依頼もありますので、初心者でもできる依頼はあります」

「なるほど、それなら安心ですね」

 

「他の仕事につかれるつもりなら、トワには他に商人ギルドと職人ギルドがあります。もっと大きな街へ行けば、薬師ギルドや魔術師ギルドなどもありますけれど」

「おお、魔術師ギルド。ここには魔術師がいるんですね、ステキ」

 八穂はリクには聞いていたものの、魔術師と聞いてちょっと浮き足立った。

 

 「魔法が使えるのは、攻撃魔法を使う魔術師、回復魔法を使う回復師、両方とも使える神官などです。魔法を使える人のほとんどは、王室や貴族のお抱えになっているので、市井しせいには数えるほどですけれどね」

「そうなんですね、残念」

 

 「所属している冒険者にも何人かはいますよ。そのうち会えるでしょう」

 八穂がガッカリしているようすを見て、女性は笑ってつけ加えた。

 

「そちらにいるのは、使役獣ですか」

 女性はリクを見て聞いてきた。

「そうです、リクと言います」

「可愛いですね。それじゃ、使役獣の登録もしましょうね。ギルド売店に使役獣用の首輪が売っていますので、つけておいてください」

「わかりました」


 ミュレの説明によると、冒険者ギルドは八穂の世界での職業斡旋所のような役割で、仕事依頼人と冒険者の橋渡しをする国家組織らしい。冒険者という呼び名も、本来の意味での「冒険」をしている人は少なくて、多くは日雇いの労働者に近かった。

 

 八穂に渡されたカードは、Fランク冒険者の白いカードだった。

 ミュレに言われるまま、申請書に書き込んだ後、警備隊にあったのと似たようなプレートに手を置いて八穂個人を特定した。

 

 八穂が申請書に性別を女性と書いたことで、ここでもまた少年だと思われていたことが判明した。

 この国の平均的な女性より、八穂がかなり背が低い上、実際の年よりも若くみえるようだった。それにジーンズのような布のズボンをはくのは、幼い少年が多いとのこと。常識が変わればしかたのないことだ。


 八穂が日本語で書いた文字は、勝手にこの国の文字に変換された。それ以前に、当たり前のように会話が成り立っているのは、自動翻訳されているせいらしい。

 映画の吹き替えを見ているように、相手の口の動きと、聞き取る日本語に少し違和感があったが、それを除けば問題なく会話ができた。

 

 かけ出し冒険者はFランクからのスタートで、冒険者として一人前と認められるのがDランクから。

 Cランク以降は高ランク冒険者と呼ばれて、昇級試験があるらしい。さらに上のAランク、Sランクまで上がれる者は数えるほどに少ないという。

 

 年に最低三回は依頼を受けないと降格してしまうそうなので、簡単な依頼を数回受けてEランクまでは上げておいた方が良いと説明された。

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