学術師レオンハルト ~人形(ひとがた)たちの宴~

十万里淳平

序幕-生還-

第1話 声

 青年の頭が自我を取り戻していき、閉じられていた瞼が重たげに開いた。


 はっきりとしない意識で周りを見回す。


 部屋の壁にはいくつかのラックが備え付けられており、大掛かりな映像受像機のほか、様々な計器らしき機械が整然と並べられている。


 緩やかに左右を見やれば、人を丸々収める事のできる、まるでガラス瓶のようなカプセルがいくつも並んでいるのが見える。


 不意に意識が明瞭になった。


(そうだ、俺は今、このガラス瓶に捕らえられているんじゃないか!?)


 そう気づいた青年は、何かを叫ぼうと口を開く。

 しかし、それに強烈な違和感を感じ、慌てて口を固く閉じた。


 何かの液体が口の中一杯に満たされている。


(溺れる!? いや、待て……。)


 青年の思考は冷静に現状を把握し、ある結論にたどり着いた。


 再び液体を大きく青年。


 むせる事もなければ、息苦しさも感じない。どうやら、この液体は呼吸を補佐してくれるらしい。


(当たり前の話だ……。

 もしこれで溺れているなら、とうの昔に俺は溺れ死んでいる。)


 青年の心にいくばくかの余裕ができてきた。異常な状態ではあるが致命的な状況は避けられている事実がはっきりと認識されてきたからだろう。


 そんな彼の耳に、妙に明瞭な声が届いてきた。


「気が付いたようだね、レオンハルト・フォーゲル。」


「誰だ? 姿を見せたらどうだ!?」


 間髪入れず答える青年。

 だが先の声は、我関せずと言わんばかりに次の言葉を続ける。


「どうやら君の肉体適合はもう十分なようだ。

 今から治療カプセルを開放する。久しぶりの重力だ。足元に気を付けたまえ。」


 ゴ……コン……、と何か重いものが組み替えられるような音が響き、カプセル内の液体が、足元からどんどんと流れ出ていく。

 水位が十分に下がったことで、浮かんでいた青年はその床に自らの両足で立つ形となった。


 一瞬よろめく青年。自らの脚力が衰えている事にも冷静に思考を巡らす。


(これほどまで筋力が衰えるということは、最低でも月単位で俺は運動をしていないことになるはずだ……。

 一体どれだけの時間この中にいた?)


 カプセルの透明な壁面が音もなく下へと吸い込まれ、その全てが床に備え付けられた基部に収められていった。


 先の声はより明瞭な物になり、青年の耳に響く。


「どうやら手術自体は十分に成功しているようだ。

 だがその肉体、そのままでは不便だろう。」


 青年の横に、華奢なシルエットの人形(ひとがた)が何かをトレイに乗せてやってきた。


「これは……なんだ?」


「義手だ。君の左腕だ。」


 青年はハッとして、自らの左腕に急ぎ目をやる。


 確かにない! 自らの左腕が!!


「おい! 貴様は何者だ!

 どこにいる!? 姿を見せろ!!」


 声量こそ大きいものの、冷静な口調で青年は謎の声とやり取りを行う。

 謎の声もその問いに答える。


「すまないが私はこの『遺跡』の意思のようなものだ。

 故にこの『遺跡』そのものが私だと思ってはもらえないだろうか?」


 声を聞き、少々考えるふりを見せた青年は、その言葉に得心したように言った。


「『遺跡の意思』……か。

 良いだろう。今は信用しよう。」


「そうしてくれると助かる。」


 声は、青年の言葉に安堵したかのような響きで答えてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る