第3話 事件の概要

「それじゃ和鳥栖くん、君は事件の経緯について既に詳しく聞いているんだろう? 委細漏らさず、今から説明してくれたまえ」


「分かりました」


 家達の言葉に従い、和鳥栖は事件の詳細を語り始めた――。



 ――今から三日前のこと。昼頃から降りしきる雨の中、陸上競技部は部活を実施した。

 ただし、流石に外では走れない。ゆえに場所は校舎内の階段とトレーニングルーム。一階から三階までの階段ダッシュを二十本。その後はトレーニングルームで筋トレとストレッチというのがその日のメニューだった。


 十六時から開始された部活動は十八時に終了を迎えた。


 皆が部室で着替えを済ませ(男子部員と女子部員とで別々に部室がある)、十八時二十分には全員が運動部用の部室棟を後にした。

 施錠については男子部室は部長が行ない、女子部室は唯一の三年生である女子部員が行なった。鍵はともに扉横の消火器の下に隠された。代々そういう慣習であり、全部員が承知していることである。


 ひどかった雨も止み太陽が顔を覗かせた翌朝、昨晩ユーチューブで世界陸上やオリンピックの動画を漁って俄然やる気に溢れたらしい二年生の男子部員が、朝練をしようと人一倍はやく部室を訪れた。通常、最も早く来る者が六時頃であるところ、彼が到着した時刻は五時半であった。


 消火器の下から鍵を取り出し、部室へと入る。


 最初はなんら違和感を覚えることもなかった。自宅から既にジャージ姿で登校してきた彼に必要な準備は、靴をスニーカーからランニングシューズに履き替えることだけだった。


 備えつけの靴箱から自身のランニングシューズを取り出す。履き替えようとして――ようやく彼は異変に気がついた。


 彼のランニングシューズから靴紐が抜き取られていたのである。靴紐を結べないのでは使い物にならなかった。


 頭上に疑問符を浮かべながら困惑していると、やがて六時前に部長がやってきた。


 男子部員は部長に状況を報告した。その後、さらに三人の男子部員が到着し、彼ら五人は部室の中を検めた。その結果、合計で五本の靴紐がランニングシューズから抜き取られ、さらにはアルミニウム合金製のリレーバトン六本セットが収納する箱だけを残して消失している事実が判明したのである。


 最初に部室に到着した部員の手荷物の中には靴紐もバトンもなかった。ゆえに犯行は前日のうちに行なわれたものと推察された。


 昼休みには部員全員が集められ、部長による詰問が行なわれたが、自身の仕業であると告白したものはいなかった。


 互いに疑心を募らせる陸上部員たちだったが、その日の放課後に事態は思わぬ展開を見せる。


 盗まれたリレーバトン六本と靴紐五本が部室に戻っていたのである。


 リレーバトンは元の位置――棚最上段の左奥に置かれていた収納箱の中に返されていた。一見して無傷であり、何か細工をされたような形跡は見られなかった。


 しかし靴紐には明らかな異状が見られた。五本すべてが泥を吸ったように茶色く汚れていたのだ。多少洗われたような形跡は見受けられたものの、一度汚されたのは明らかだった。


 不可解な状況に再び困惑の波が広がる陸上部であったが、部長の一喝によって混乱は沈静化した。先だって和鳥栖が説明した理由がここで語られ、納得するしないにかかわらず、そのときをもって陸上部は強制的に平常へと回帰することになったのだった――。

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