第26話 虚を突かれ
少女の握る杖が、また少し揺れ動く。
同時、先端の宝石がほのかな光を帯び始め、そこから強大な力の奔流が流れるのを感じた。
彼女の眠たげな目が、今は冷酷無比に感じられる。
子供のような年齢で、いったいどうしたらそんな目ができるというのか。
(くそっ、向こうがその気なら仕方ない……!)
突然の攻撃と向けられる殺意に動揺が隠せないが、それに抵抗しないわけにはいかない。
もとより、こんな漆黒骸骨の様相では攻撃されるのは目に見えていたしな。
【呪詛の外套】
【剥奪の呪い】
【鎧化】
魔力は全快だ。
出し惜しみはしない。
体全体からパキッパキッという音が鳴り、金属質な色に変化していく。
腕から始まったそれは全身へ伝播。
最終的にメタリック加工したかのような姿へと変貌した。
全身から吹き出す瘴気は、一部は俺に絡みつき、そしてもう一部は彼女へ向かって伸びていく。
前者は例によって呪いで編み込まれた外套だが、後者は新顔の能力。
力を奪わんとする黒霧が彼女の杖を飲み込み、放たれる力の源流がやや弱まる。
それと同時に、自身の能力が増幅するのを感じた。
(おぉ…!これはなかなか凄いな…!)
このスキルが有能なのか、それとも少女の力が強大すぎるのか、どちらとも知れないが、いずれにせよかなりの力を獲得できた。
まぁ一時的ではあるものの、バフとデバフを両方兼任できるのはけっこう強いかもしれない。
「…」
彼女の視線が少しだけキュッと鋭くなる。
何が気にいらなくてそうなったのか……まぁ抵抗したからであろうが。
それが合図かのように、杖の先から空を切り裂く音を響かせて、弾丸のようなモノが射出された。
まったく捉えられない速度。
先ほど俺を攻撃したものと同じかはしれないが、甚だしい威力を誇っているのは感覚的にわかった。
(…っ、受け切れ────)
咄嗟に腕を前に組んで、受け身をとる。
その刹那に強烈な衝撃が全身を襲った。
体が押されるかのような感覚。
ただ一点に着弾……それも外套を通してだというのに、いったいどれほどの威力があるというのか。
案の定、【呪詛の外套】はあっさりと吹き消される。
顕になった鋼色の腕には、弾創のような傷跡がくっきりと残っていた。
(強すぎるだろ、これ…!?)
【鎧化】によってどれほどの耐久力を得たのかは不明だが、それでも【密化】の上位互換のようなものなので、それなりに向上しているのは確かである。
それをも凹ませるというのだから、まともに喰らったらひとたまりもない。
少女は、依然と眠たげな顔のまま棒立ちしている。
恐ろしいほど感情の起伏がない。
あんな攻撃を仮にも受け切ったのだから、驚きとか悔しさとか……まぁそれは俺の自惚れかもしれないけど、とりあえず感情の動きがあってもいいはず。
しかし目の前の彼女は、まるで能面のようにいっさい変化がない。
子供なんて一番感情豊かみたいなところがあるのに、だ。
(いったい内にどんなことを秘めてるのかわからんが……)
とりあえず今は、どうにか退ける、または俺が退く…というか退避しなければ。
少女の杖がまた光を帯びる。
さきほどと同じようなのか、それとも真新しいものが飛んでくるのかは推測できない。
しかしいずれにせよ、このまま遠距離攻撃をされれば耐えられなさそうである。
なんとか距離を縮めなければ。
【呪詛の外套】
【剥奪の呪い】
再度、スキルを展開。
同時に床を蹴って接近を図る。
剥奪の効果により、また力を手にする感覚を得る。
しかし先ほどよりもあまり多くはない。
何度も使うと効果が下がるのか、それとも抵抗されているのか。
────キッ、キッ
蒼の宝石が2回点滅する。
何が起こるのかしれないが、とりあえず宝石から直線軌道からはズレるように、横へ体をやった。
どうやらそれは正解だったようで、宝石から直線状に、燃え盛る火炎が放たれた。
あっという間に部屋を熱気地獄にするその炎は、石造りの床や壁を真っ黒に焦がし、先ほど俺がいた場所を溶かさんとするほど焼き尽くす。
(あっぶねぇ…!!なんだこの火力…!?)
あまりにも殺意の高い攻撃と火力に、無い肝を潰す。
アンデッドはただでさえ火に弱い…らしい。
こんなのを受けたら、受けたという事実を認識することなく死んでしまいそうだ。
しかしそのおかげというか、なんとか接近することに成功。
飛びかかって拳を命中させられる圏内に入った。
女性、そして子供を殴るのは気が引けるが、そうも言ってはいられない。
彼女の真横から、壁を蹴って飛びかかる。
鎧のように硬くなった拳の一撃。
そう易々と受けられる代物では無い。
そして、棒立ちのまま隙だらけの体勢。
避けることも叶わないはずだ。
【必殺拳】……は代償が重い。
ここは【徒手空拳】の乗った攻撃を見舞おう。
─────ヒュッ
風を切る音。
大概、弾丸のような一撃を繰り出す。
助走と共に加速した拳が、彼女の顔面へ吸い込まれ────。
いつのまにか、拳と彼女の合間には杖が割り込んでいた。
そして、それが俺の一撃を完全に受け切っていた。
(なっ……!?)
まるでもともとそこにあったかのよう。
寸前の寸前まで存在が知覚できなかった。
彼女は依然と飄々とした顔をしている。
その行為が、当然であると言いたげに。
今度は、彼女の杖がグインと動く。
張り付いた拳が薙ぎ払われ、俺の体全体を持っていき、壁へと投げ出した。
これもまた、凄まじい腕力。
骨とはいえ、成人してるであろう体の骨を放り投げるなど、簡単にできる芸当では無い。
(〜〜〜!!【META】!)
空中でオートを発動。
体が自動で動き、器用に体を捻りながら投げをいなす。
それが功を奏したか、なんとか壁に激突するのは免れた。
彼女から数m離れたところに着地する。
(……どうする、これ)
さっきから連戦連戦で困ったものだが、今度こそ打開策がわからない。
トリッキーなことができそうな舞台装置もなければ───というか戦場は彼女の方が熟知していそう───、一発逆転も難しい。
位階上昇によってパワーアップした今でもこれなのだから、彼女は圧倒的に格上なのだろう。
見た目こそ子供だが、位階や存在値などと言うものが存在する世界だ。
年齢なんていくらでも覆ってもおかしくない。
撤退しよう。
側から見たら子供相手に情けない……と言われそうだが、こればかりは仕方ない。
出入り口の扉からは、少し距離が開いてしまった。
歪んだ扉を壊すのにも、それなりに時間がかかりそうではある。
ただ、唯一の脱出口はそこしかない。
なんとかそこへ向かって、なんとかこの部屋から脱出。
なんとか少女を振り切って、なんとか地上への階段的なものを探す。
圧倒的希望論だが、それが結局一番そうだ。
(さぁ、生還するぞ…)
気を新たに引き締めて、思考を集中。
そしてそれは、またも予想外なことによって掻き乱される。
強烈な閃光が、この部屋を包んだ。
(……は?)
思わず足元を見た。
床に、赤い模様が描かれている。
まるで血のような色だ。
訳もわからぬ記号の円環。
そこから光が放たれている。
先ほどと同じ───少女が登場した時と同じ光。
つまりこれは、俺が転移することを意味していて─────。
わずかに目を丸める少女の顔を最後に、視界は真っ白に染め上げられた。
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