第12話 結(ゆい)

 オレとナオは高校の3年で初めて同じクラスになった。1年で告白した時からテニス部には知れ渡っていた関係だ。そこから学年に広がるのは時間の問題で、それゆえにこちらも隠す必要がなかった。

 堂々と校内で一緒に過ごせたし、1,2年はクラスこそ違ったけれど、文化祭といった学校行事も一緒にまわることができた。


 学校の中でも外でも一緒に過ごす時間が増えて、より多く、深く彼女を知っていった。


 運動神経ははっきり言って悪いけど、ボウリングは意外と上手だったり、辛いものがまったく食べられなかったり、恥ずかしくて人前ではくしゃみを我慢しようとしていたり……、いろんなナオの姿を、顔を見ながら過ごす学校生活はとても楽しかった。



 3年生になると嫌でも進学先を意識するようになる。オレは2年の時からある程度進路を絞っていて親にも担任の教師にもその旨を伝えていた。ただ、ナオにだけはきちんと話せないでいた。


 志望する学科が特殊で、その分野を扱っている大学は東京に数校あるだけだった。そのため、親にもずいぶんと前から「東京へ行きたい」と話していて、その許可ももらっていた。あとは志望校にうかるよう勉強するだけだ。


 ナオは商業系か経済系の大学へ進むのを決めていて、進路の話に曖昧な返事しかしないオレを少し不審に思っているようだった。「べーちゃんは大学どうするん?」と何度も聞かれるようになっていた。


 東京の大学へ行く、といったらナオはなんて言うだろう。オレを応援してくれるだろうか。彼女の志望校は、地元の京都にある大学だった。離れ離れになっても今の関係を続けていけるだろうか。


 東京への進学の話をしたら、彼女との関係が壊れるような気がしていつまで経っても伝えられないでいた。――とは言っても、3年生でこのまま付き合い続けていたらいずれ話さざるを得ない。どうしたものかと日々悩んでいた。




 夏、3年生最後のテニスの大会が終わった。予選3回戦止まりだったが、実力は出し切ったと思った。これからしばらくラケットを握る機会はないのかな、と思いながら塗装も剥げて、ガットを何度も張り替えたラケットをケースに仕舞った。その時の感情は今でも鮮明に覚えている。


 試合の帰りにファミリーレストランで軽い打ち上げ会をした。後輩から寄せ書きをもらって込み上げるものがあったが、必死にそれを抑えた。けど、オレの横で周囲を気にせずボロボロと泣くナオがいて、オレもそれに釣られて涙を零してしまった。逆に後輩たちからは散々笑われた。



「ちょっとだけうち寄っていけへん? 今日親出かけとるんやけど……」


 打ち上げの帰りにナオはこう言った。照れくさそうしながらオレの手を握る彼女を見て、その意味を察した。


 ナオの家は2階建ての1戸建てで、新築なのか、家の中はとても綺麗だった。彼女の部屋は2階にあり、勉強机や本棚、テーブルにベッド……、あらゆるものが女の子らしい可愛さを帯びていた。


「下から飲み物取ってくるから適当に座っといて」


 そう言って、部屋から出て行こうとする彼女をオレは後ろから抱きしめた。そして無理にこちらを向けて唇を奪った。舌を絡めているうちに彼女の力は抜けて、拒絶の意思はないのだと思った。彼女は右手を伸ばして部屋の明かりを消した。


 彼女を抱いたまま部屋のベッドに倒れ込み、オレたちははじめて体を重ねた。エアコンの送風音とときどき軋むベッドの音、汗ばんだ肌の触れ合う音とナオの甘い声、暗闇の中でそれらはとても生々しく、頭の中でこだましていた。

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