第二章

第1話 悲運の王女でした

 私は生まれた時から異端だった。



「ここまで似ていないのも不思議なこと」

「陛下は金髪ですのに」

「王家のほかの誰も黒髪の方なんていませんわ」

 


 そうコソコソと聞こえるような囁きの中で、いつも一人で俯いていた。

 


「王妃様は外国の生まれですから、親族にそういう色の方がおられるのかもしれません。そちらの血を濃くひいておられるのでは?」

「まあ、南方の野蛮な国では肌の色も黒くなるのでしょう?」

「良かったではないですか。姿だけは美しかった王妃様に生き写しだ」

「そうは言いましても正統な血をひいておられない方が王宮に居られるのは少し……」

 


 悪意を含んだ言葉は容赦なく幼い私の心を抉り、声から逃げるように駆け足で廊下を抜けた。

 守ってくれる母は私が三つの時に自死した。慣れぬ異国に嫁いで来た上、私のこの容姿のせいで不貞を疑われた為だと知ったのは、私が物心ついてすぐ。

 母の侍女をつとめ私の乳母でもあったベルが、誕生日にも会いに来ない冷たい父に対して涙を流す私に、もう知っておくべきだろうと教えてくれた。

 


『クロエ様が陛下の子である事は間違いありません。メラネシア王妃様に他の男性が近付くことなど、ただの一度もありませんでした。わたくしが証言いたします。ですからクロエ様、常に真っ直ぐ前を向いて堂々とするのです。陛下もそのうちに気が付かれるでしょう』

 


 そう言ってベルは私を抱きしめた。

 


 王宮の端の小さな離れの宮で、私は数人の使用人とだけで隠れるように暮らしていた。王宮で開かれる煌びやかな宴にも、ほとんど顔を出す事はない。出席したとしても、心無い噂を交わす人々と冷ややかな挨拶のみで話をすることもない父王や兄弟たちに傷付く事はわかっていた。

 

 


 もう今年で十五になる。いずれこの国の政治の駒として、どこかに売られる身。

 この宮殿を去る日も近い。今更愛情など求めても虚しくなるだけだ。

 

 


「新年の祝賀会にはご参加されますか?」

 


 べルの質問に私は首を縦に振る。

 行きたくはない。けれど、さすがに一年の始まりとなる新年の集まりに行かないわけにはいかない。

 


「お風邪を召されて起きられないことにしても……」

「いいの。去年もその手は使ったでしょう?どうせ悪く言われる事に変わりはないわ。ドレスはあるかしら?」



 忘れられた王女の宮に割り当てられる予算は少ない。日々の食事が滞らないだけマシな方で、とても贅沢出来るような金額ではない。

 備品を購入するのもなるべく節約するようにして、古い家具や道具も修理しながら使っている。それでも足りない分は、母の持っていた装飾品を売ったお金で、なんとか体裁を保っているのだった。

 

 ここに勤める使用人を養うお金も、支給される予算から捻出しなくてはならない。それも元々少ないのになんの嫌がらせか、何かと理由をつけて年々少しずつ減ってきていた。

 給金が減る一方の為、馴染みの侍女もどんどん辞めてしまった。


 そんな状態なので、もちろん新しいドレスを仕立てるお金もない。古いドレスの中から着ていけそうなものがあるか、ベルに尋ねてみたのだけれど、あまり良い顔はしなかった。

 


「一昨年のドレスはもうサイズが小さくなってしまっています。冬のドレスはメラネシア様のものがありますが、形が古いので……」

 


 また私を笑い物にする材料にされてしまうっていうことね。

 はあっと私は溜息をついた。

 この頃よく頭が痛くなるけど、更に痛みが増しそうだ。額を抑えて私はソファーの肘掛けにもたれた。

 


「リナリア王妃様にお願いするしかないかしら」

 


 リナリア王妃は母の死後に王妃となった、元側妃だった女性だ。母メラネシアが隣国より嫁いで来る前から父の婚約者で、宰相であるアシェル筆頭侯爵の息女であり本来なら王妃となる方だった。

 戦争さえ起こらなければ母がこの国に嫁す事はなく、リナリア妃が側妃になることもなかっただろう。


 リナリア王妃にとっては私は邪魔者でしかないのだが、王宮内の財務を管理しているのは王妃である。私がここで生きていく以上は彼女に頼るしかない。

 


「王妃様の所に行くわ」

 


 母が亡くなり隣国との関係も悪化した時、行き場のない私にこの宮を用意してくれたのはリナリア王妃だ。

 妃としての義務感だろうが最低限の事はしてくれている。頼めば王女として体裁が整う程度のドレスくらいは譲ってくれるだろう。

 

 

 

 

      *********

      

 

 

 

「ところがどっこい、くれなかったのよねえ。あのケチ王妃」

「なんの話だい?姫」

「わっ、びっくりした」

 


 机に向かう私の肩越しにレオンが覗き込む。さっきまでソファーで横になっていたと思ったのに、音もなく近付くなんて、さすがネコ科の動物だわね。

 


「んー、クロエの時の話」

「前に言っていた小説かい?」

「そう。クロエが魔女って言われたのも、馬鹿父と継母のせいだわ、絶対」



 持っていたペンを置いて、私の肩に額を乗せるレオンの髪を撫でる。

 彼はクスリと笑って私の首筋に頬ずりした。

 

 

 私は今、レオンと一緒にフェザード領に来ている。いや、帰って来たという方が正しい。

 

 まだ帰って一週間ほどだけど、フェザード領の領主の城に今は住んでいる。

 神殿ではないのかって?

 そう、私の家は城から少しだけ離れた森の中の神殿なのだけれど、レオンが離してくれないのだ。


 一応聖女様なもんで神殿でのお仕事もある。

 フェザードの神殿は、学校や病院みたいな施設を周囲に作っていて、聖女はそれらの運営のコンサルタントの役目をしている。実際の経営は神殿の人達がやっているんだけど、まあ何回も人生やってる経験と日本での知識が多少役にたつので、毎回(毎人生?)参加させてもらっているといったところだ。

 だから、レオンが仕事をしている昼間だけそちらへ出勤している。

 夕方には城に戻って、今みたいにソフィアお嬢様に依頼されている小説を書いていた。

 

 レオンは時間があけば私の部屋に来て、こんなふうに隣でくつろいでいる。猫みたいに伸びているところを見ると、なんだか奏だった時を思い出すなあ。

 


「そうそう、今日昼間に神殿に行ったのだけど、治療院の薬が減っていたわ。薬草園もなくなってる薬草があったから、明日みんなで西の森に行って採ってこようと思っているの」



 神殿に併設している治療院は、領民が気軽に来られるように公費で運営している。これは私がルナの時に、その時のフェザード領主に頼んでつくった伝統ある病院なのだ。

 私がいない間も領主に雇われたお医者様達が運営を続けてくれている。帰って来て最初に見に行ったけれど、クロエの時より広く綺麗に建て直されていて安心した。

 でも私がいなかった百年の間に増えたものもあれば減ったものもある。技術が進歩してもういらなくなったものはほっといていいけど、私が必要なものは古くなって使えないのでまた作らなければならない。

 今はそういう道具を整理しているところだ。

 


「ガラスの容器と炭の棒も、もう割れて使えないから注文していい?」

「ご随意に。姫」

「…………」

「どうした?」

「レオンが領主だと、なんだか私のやりたい放題になりそうで怖い」

「なにか不都合があるかい?」

「いいえ、私には都合がいいのだけれど……」

 


 なんだか落ち着かないのよね。

 以前はお城にいちいちお願いしに行って、書類出して決済もらってそれをまた担当の役人に出して、ってやってたのがコレだもの。

 


「レオン、フェザード領の事、大事よね?」

 


 レオンは訳がわからない、というふうに首を傾げた。

 


「姫が暮らす土地だからね」

「私がここから引っ越すって言ったら?」

「もちろんついていく」



 さも当然のように返事が返って来た。

 やっぱりダメなやつじゃん!

 そうよね、本性は神獣だものね。前に王様もどうでもいいって言ってたくらいだもの、領地一つに命賭けるはずないわ。


 

「レオン、貴方、今回はフェザード侯爵で領主になっちゃったんだから、責任持って領地の安全とか経営も考えてね」

 


 私が真面目にそう言うと、レオンはきょとんとした顔をして、それからくすくすと笑い出した。

 


「主の命令ならばルゲルタに誓って守るよ。そのかわり、『ご褒美』は貰うけど」

「ご褒美?」

 


 黒曜石の瞳がキラリとひかって次の瞬間には、私はレオンに抱き上げられていた。

 


「そう。今回はまだもらってなかった」


 

 『ご褒美』ってまさか……。

 


「え?ちょっと、待って。レオン、やだ、まだ早いでしょ」

「百年待った」

「ノアはまだそんなに生きてないから、心の準備が……」

「なにを今更」

「ちょっと、まだ小説書きさしなのにー!!」


 

 そうして私は意気揚々としたレオンによって、寝室に運ばれて行ったのだった。

 

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