対決①
「お前は……山下が仕掛けた計略にまんまと嵌ったんだ」
そう言われた芳川が眉間に皺を寄せ、こちらを睨みつける。俺はスマホを操作し、芳川の顔画像を表示する。
「これがお前の求めるものだろう?」
俺は話を続ける。
「……芳川、山下のスマホでパスコード入力を3回失敗しただろ。山下は入力ミスすると自撮りするアプリを仕込んでいたんだ」
芳川は鼻で笑う。
「それがどうした? 病院で僕が山下さんのスマホを借りたのは聞いているだろ」
「生徒会の議事録が残っているかもしれないから調べさせてくれと、彼女の母親には説明済みだ」
芳川は想定済みの質問とばかりに意気揚々と答える。
だが、俺もその程度の反論は予想済みだ。
「山下のスマホに仕込んだアプリにはもう一つの機能がある。入力ミスしたパスコードをメールで通知する機能だ」
そう言って、メールの画面を芳川に見せる。
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[Caution]Detect invalid input.
2023/11/23 19:08:26
0712
[Caution]Detect invalid input.
2023/11/23 19:08:35
0712
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……もっとも、この距離じゃ見えないだろうとは思ったので、敢えて声に出す。
「ゼロ・ナナ・イチ・二……これは俺が山下から聞いたパスコードだ。お前が何故知っている? 」
「……それは適当に入れた数字だ。僕がこのスマホのパスコードを知るはずがないだろ」
手や顔に纏わり付くようなヌメリを感じた。嘘の感触だ。
2回も同じ数字を入力したということは打ち間違いを疑って、もう一度入れ直した……と思われても仕方がない。
本当にパスコードが分からないなら、二回目は違う数字を試すはずだ。
浅はかだ。
俺たちの調査を妨害し、先回りして事件をもみ消していた人物とは到底思えない浅はかさだ。
「そのスマホのパスコードは4桁から8桁まで設定可能だ。4桁だけでも1万通り、8桁なら1億通りを超える組み合わせがある」
芳川の目を見ながら言う。
「凄い、偶然だな」
駄目押しする。
「お前はさらにその2分後にもう一度パスコードを間違えている」
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[Caution]Detect invalid input.
2023/11/23 19:10:15
0609
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「ゼロ・ロク・ゼロ・キュウ……これも適当か? 」
芳川は歯を食いしばり、真っ黒な瞳でこちらを見ていた。その表情はまるで夕方の如月の様だった。
一瞬、その表情に恐怖を感じて、後退りしそうになる。
いや……駄目だ、最後まで言い切る。
「これは……俺の誕生日だ」
MDに録音された山下の声が蘇る。
『ゼロ・ナナ・イチ・ニ。ゼロ・ナナ・イチ・ニ。覚えたら、このMDは人の目につかないところに捨てて』
『ちょっと早いけど、誕生日おめでとう。今年はケーキを作って祝ってあげるね』
これも山下の仕掛けた計略の一つだ。
俺以外に知るはずのないパスコードで第三者がスマホのロック解除を試みれば、顔写真付きで通知がくる。
そして、パスコードが間違っていると気がついたら、俺の誕生日が本当のパスコードではないかと想起させる二段構えの仕掛けがされていたのだ。
「芳川……コレクターから聞いたんだろ? 」
芳川がコレクターとの繋がりがあるのはほぼ間違いない。コレクターと話せば今までの奴の悪事を白日の下に晒すことができる。
その時だった。
芳川が背中を少し丸め腕をだらんと下げて下に俯く。
そうかと思ったら、突然顔をあげて、虚ろな瞳でぎょろりと俺を見る。
「コレクター? 知らないなぁ。言っただろ。パスコードは偶然お前の知っている数字だっただけだ。くだらねえ」
声を荒げた芳川は話し方がかわっている事に気がついた。
……こいつを追い詰めて大丈夫なんだろうか。
明らかに雰囲気が変わったし、言い訳も筋が通っていない。
ただ、怖い。
だけど、まだ目的を達していない。
ガタガタ震えている奥歯を噛みしめて、精一杯、虚勢を張る。
「芳川……取引しよう。俺のスマホをお前に渡す。その代わり、お前のスマホと交換が条件だ」
芳川は両手をあげて虚ろな目のまま、ニィっと笑う。
「それは良い提案だ。素晴らしい!! 」
「なら……取引せ……」
芳川が機先を制す。
「まて。バランスが悪い。お前のスマホだけじゃ割に合わねぇな」
何が『バランスが悪い』だ。こちらの分が悪い提案だ。
腹の下の方に力を込めて、小さく息を吐く。
「山下のスマホのパスコード解除もセットにする。これで文句はないだろ」
「オッケー、取引成立だ」
芳川のキャラクターが加速度的に崩壊していく異様さに恐怖を感じた。
芳川の身体の内側から何かがメリメリと膨張し、外面という化けの皮を食い破り、本物の"化け物"へと変貌していっているように見えた。
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