計略②

通知音はひらきのスマホのようだ。ひらきがSNSを確認していた。



「藤井くん、イマムーが着いたみたい。入口まで迎えに行ってくる」



そういうと、ひらきは立ち上がり入口をカランカランと開けた。



「よかった、一瞬開いてないのかと思っちゃいましたよ〜」



そういうと、鼻を真っ赤にした小柄な女の子が入ってきた。


ダウンジャケットに耳当てもして、寒さが苦手のようだ。身長は……山下よりも小さいかもしれない。


彼女が今村伊澄か。話にはよく聞くが初めて顔を見た。


すると、入口からもう一人大柄の人物が入ってきた。



「こんばんは」



ぶっきらぼうだが、礼儀正しく頭を下げたその男は……江川だ。



「江川……お前、どうして今村さんと一緒に来たんだ? 」



江川は頭を掻きながら答える。



「いえ、山下先輩から護衛するように言われてまして……それで仕方なく」



それを聞いて、今村が噛み付く。



「江川っち、なんかイヤイヤ着いてきましたみたいな言い回しっすね。出かけるってSNSに書いたら勝手に着いてきたくせに」


「いや、だって伊澄さん危なっかしいから……」



知らない間に妙な凸凹コンビが出来上がっていた。ひらきが気になっていた事を聞く。



「江川くん、今、りえピンに頼まれたって言ってたよね、どういうこと?」



「いえ、山下先輩の……事故の前日に伊澄さんを護衛してくれって連絡があったんすよ」



江川の話によると、今村に少し厄介なお願いをするから護衛をして欲しいと山下から言われたらしい。


徐々に事故前日の山下の行動が明らかになってきた。事故当日に眠そうにしていたのは何かの準備をしていたから……?



「今村……さん、はじめまして藤井といいます。今日は来てくれてありがとう」



そういえば、挨拶するのを忘れていた。



「あ、初めましてっす。藤井先輩のお噂は色々聞いています。色々勘違いしてた江川っちを投げ飛ばしたって有名っすよ」



ニシシッと笑う顔がリスのようだった。江川がムッとしている。



「なんか、賑やかになったな」



中上が電話が終わったのか店の角から顔を出した。



「ゲッ、中上……先生……こんばんは」


「今村……本音が漏れてるぞ」



そんなやり取りを見ていると、ひらきがそばに来て小さな声で耳打ちしてくれた。



「イマムー腕時計してないし、芳川の色がどこにも付着してないよ」



どういうことだ?芳川と付き合っているわけではないのか?


コソコソと話をしているのを見て、今村がこちらを見た。



「ていうかひらき先輩、今日来たのはひらき先輩から頼まれてた宿題に全部お答えする為っす」



そういうと耳当てを外しダウンジャケットを脱ぐ。江川も合わせて上着を脱いだ。


二人にも座っていもらい、宿題の答えとやらを聞かせてもらう。



「まず、芳川先輩の件ですけど」



芳川という単語に一様に反応する。特に江川は険しい顔をしていた。


それを横目に見ていた今村がため息をつきながら説明してくれる。



「付き合ってないです。……三日間しか」



端的に言うと芳川は付き合ってすぐの頃に別の女性と腕を組みながら仲睦まじく歩いているところをたまたま見てしまったらしい。


芳川はそれなりに手癖の悪いやつなのかもしれない。



「貰った腕時計を顔面めがけて投げ返してやりましたよ」



テーブルをドンと興奮気味に叩く。その時、今村の手にアイスティー入りの背の高いグラスが当たり倒れそうに……


……なったところを江川がさり気なくキャッチして立て直す。


慣れたものだ。


中上も生暖かい眼差しで二人を眺めていた。もしかすると、この掛け合い漫才よく見かけるのかもしれない。



「何、笑ってんすか?中上先生!芳川……すげぇ悪いやつっすよ。指導です!指導!」


「えっ、あ……そうだな」



中上が苦笑いしていた。



「あと、ひらき先輩!」


「は、はいっ」



今村の勢いに押されるひらき。ひらきが押されるとは中々のキャラクターだ。



「宿題の答えを中途半端に聞いて、音信不通とか人として問題っす」



「え、まだなんか聞いてたっけ」



「バケツ落下事件の犯人の二人の名前を教えてくれって言うから、教えたのに既読中々つかないし、ていうか……暫くして既読ついたのと思ったら、新しい宿題重ねてくるし、いい加減にもほどがありますよ」


今村のマシンガントークが止まらない。


そして、ズボラ女子っぽいひらきは予想通りの駄目っぷりを暴露されて、小さくなっている。



「……はい、すみません」



ショボショボになったひらきが面白かったが。



「あの事件の二人は木崎と室伏って名前っす。停学開けてからは暫く大人しかったんですけど、何か妙に羽振りがよくなったんすよね」


「羽振りってお金の遣い方が粗いってこと?」



今村が首を縦にふる。



「そうそう、新しいゲーム機やら高そうな靴買ったりとか、つまらない小自慢してウザイんすよね」



……エンジンかかってきたな。江川が何かを察したようにアイスティーを今村の前に差し出す。



「伊澄さん、興奮しすぎです。これ飲んで落ち着いて」



アイスティーを凄い勢いでストローで吸い上げる。ズズズと最後の一滴まで飲み切る勢いで中身が無くなった。



少し冷静になったのか、


「さーせん。ちょっと興奮しました。後、もう一つの宿題の腕時計の写真ですけど」



腕時計の写真……?


そういえば、安井がスクレイピングで集めてくれた写真に、腕時計の写真があった。あれに何かコメントが書いてあったような……。



やはり、7ヶ月前のことは朧げだ。



「あれ、私のですね。間違い無いっす。ばーちゃんの形見なんで見つかってほしいんですけどね……」



……形見?



ひらきだけに聞こえるように小さな声で聞く。



「なあ、ひらき、お前の失くしたって腕時計ってお母さんの形見だったよな?」


ひらきが頷く。


「もしかして、コレクターは故人の腕時計を集めているのかな……? 」



俺も同じ結論だ。


江川の時計、俺の時計……全て亡くなった人物の持ち物だ。


ただ、不思議なのは腕時計の持ち主が故人なのかどうかをどうやって判別しているのか……だ。


それ以前にそんな物を集める意味が分からない。


この仮説は無理があるか?



今村はまだ話し足りないのか、こちらの反応を伺っている。


「ごめんイマムー。まだ、宿題出してたっけ?」



ひらきが聞く。



「いや、山下先輩から頼まれてた宿題があるんですよ。あんな事になっちゃって、先延ばしにしちゃったんですけど……」



そういうと、今村は椅子にかけたダウンジャケットのポケットから布製の袋を取り出す。


さらにその袋から光沢のある何かを丁寧に取り出した。


腕時計だった。


細長く丸みを帯びたフォルムにローマ数字の書かれた文字盤。シルバーのチェーンがベルトの役割をして、時計というよりアクセサリというイメージだ。


ただ、大人の女性に似合いそうなアイテムで今村の趣味ではなさそうだが……。



「山下先輩に頼まれていた遺失物を回収したんで渡しておきますね」



山下のひらき宛のメッセージ『いしつぶついちらんみろ』が思わぬ方向から届いた。



「これが山下から頼まれた宿題なのか? 」


「はい、私の名前で遺失物届けを出して欲しいと頼まれまして。発見されたら山下先輩かひらき先輩に届けて欲しいって」



何故、遺失物届けを今村に頼んだのだろうか?


またしても回りくどい方法だ


ひらきにしか読めない手紙、俺宛の再生に手間のかかる音声メッセージ。


全部すぐに確認できない上に回りくどい。


………もしかして、時間稼ぎと隠蔽が目的?



「でも、芳川の奴がしつこくって……。遺失物届けの件もやたら聞いてくるしで、ウザイなって思ってたら江川っちが助けてくれて」


そういうと、江川の方を見る。


「芳川先輩、伊澄さんにふられたのに馴れ馴れしく身体触ってくるし。流石にこれは無いなって思って、『ヤメロ』って言ってやりました」



二人が盛り上がっている中、ひらきは真剣な顔でくだんの腕時計を凝視していた。



「ひらき……?どうした? 」


「……藤井くん、りえピンが伝えたかった事……わかったかも」


「えっ? 」



うつむき気味に薄目で腕時計を眺めていたひらきが顔を上げた。


そして、ハラハラと耳にかかってくる髪の毛を右手の人差し指で耳の後に流す。



「コレクターが誰なのか……分かった」


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