一週間
あまりにも様々な事件が短い間に起きていたせいだろうか。
何も起こらない一週間が心の底から有り難かった。
……毎日昼休みに嵐の如く現れるひらきにも慣れた。
いや、諦めた。
学校でも完全に俺とひらきは付き合っているという間違った認識が定着し始めていた。
もはや、訂正が面倒くさくなって、右から左に流すようにしている。
ひらきは否定はしてくれるが、結局最後は『二人は魂のバディだ』とか、ぬかすので、余計誤解は深まっている。
日に日に機嫌の悪くなる山下を見て、不安を感じた俺は親父の108つの格言の一つを実行した。
信じられないことに嘘みたいに山下の機嫌が良くなった。
親父殿、あなたの格言は魔法の書ですか?
うっかり信仰してしまうところである。
何をしたかって?
「りえ、ここに書いてあるコメント何だけど……」
「あっ、それはね……」
もう、山下がニッコニコなのだ。
『やたら突っかかってくる女性は下の名前で呼んでやれ!何故だかわからんが喜ぶことがある』が親父殿の格言だ。
親父殿も原理は理解していなかったようだ。
だが……効果はバツグンだ。
効果の絶大さはさておき、言葉では言い表せない罪悪感があるのは何故だろうか。
この格言だけは理解の範囲外にあったので無視し続けてきたのだが、背に腹はかえられず、ついつい……。
さて、この一週間をダイジェストで振り返りたいと思う。
まず、江川からヒアリングの後は正樹部長もひらきと合流。
無事、ひらきは遺失物一覧は確認できたようだ。
遺失物事件に関連する一覧をスマホで撮影してきたので、安井のクラウドサーバーで共有している。
でも、ひらきらしいというか、アホだなと思ったこともある。
「ひらき、お前自分の届け出した遺失物一覧は写真撮らなかったのか? 」
「あっ……忘れてた。うーん……ま、いっか!」
……自分で書いた内容を写真に撮る意味はないから、いいんだけど。
山下的には、
「本当は良くはないんだけどね……」
と、呆れ顔だった。
安井のクラウドサーバーに保存されたファイルの共有機能は凄く便利だ。
テキストファイルにコメントを書くと、それ自体の共有もできる。
気になったところにコメントを残すルールにすることで、色んな人の観点を考慮しながら全体を精査できる。
画像も同様に説明欄にコメントを残すのと、気になった画像をお気に入り登録してもらいすぐに探せる様にしている。
何故、これが無料で使えるのか不思議で仕方がない。
しかし、画像は兎も角、テキストが37万字もあったので精査に時間がかかった。
文庫本が一冊8万〜10万文字と言われているのを考えると、約四冊分の分量だ。
とはいえ、実際は関係のない内容が殆んどなのでサバサバと読み飛ばす。
『機械式時計56%オフ』『秘匿性の高い〇〇アプリで裏サイトを……』『私立陽芽高等学校 見学会』
まあ、こんな感じだ。
画像もほぼ無関係なものだった。
大分、いかがわしい情報も画像も載っているので、中上が途中から弱音を吐き始める。
『俺はこの件に関与してないことにしてくれないか……一教諭として、生徒と一緒にいかがわしい情報や画像を見てたとか……結構まずいし』
共有ファイルに書かれたコメントから哀愁が漂っている。背中を丸めた中上の後ろ姿が目に浮かぶようだ。
いよいよ、中上先生に優しくてあげたい気持ちになってきた。
37万文字のテキスト精査の息抜きに、ひらきが撮ってきた遺失物一覧の写真を見る。
日付、氏名、クラス……無くした物の名前と特長が書いてあるだけの簡単な一覧表だった。
やはり腕時計の遺失物はそれなりにあった。陽芽高で遺失物事件なんて名前がついてしまうだけある。
ただ、その腕時計の遺失物の殆どが発見・返却を表すチェックマークと日付が書いてあった。
日付を見る限り、一週間から二週間以内に見つかっているようだ。
中上先生は届け出を出していないと言っていたな……。
一通り見たがやはり無かった。まあ、そうだよな。
次は江川だ。
「あの江川が……字がめちゃくちゃ綺麗じゃん」
思わず、独り言を漏らしてしまう程度に上手だった。
あのデコボコ顔でふてぶてしい態度の江川からは想像もできないくらい繊細な文字だ。
人は見かけによらない。
因みに内容は聞いていた情報と同じことが書かれていた。
さて、最後は今村伊織だ。
江川と腕時計を無くした日が近いこともあって、同じ画像に載っていた。
無くした腕時計は『金属製のベルトの……』と書いてあり、それに訂正線を入れて『革ベルト製の……』に書き直してあった。
なるほど、裏サイトの情報は『金属製の
ベルトの……』に訂正が入る前の情報だったのか。
筆跡は同じなので、本人が訂正を入れたのだと思われる。
この写真は山下やひらきが既に確認済みだったようでコメントが残っていた。
『今村さんに確認』『イマムーに連絡する』
それぞれ、同じ様なことをメモしていた。
これは結果待ちとなった。
後はテキストチェックと画像チェックをひたすらして、朝と夕方にひらきや山下と登下校をする毎日だった。
今までと違うルーティンが新鮮だったのかもしれない。何も話は進んでいないのに勝手に満足していた。
「はぁ……確認終わった……眠い」
時計を見ると午前0時を少し過ぎていた。
その時、スマホからSNSの通知音が鳴った。こんな時間に元気な奴もいたもんだ。
『ねえ、まだ起きてる? 』
山下からだった。
嘘みたいに目が覚めた。急いで返信する。
『起きてるよ。こんな時間にどうしたんだ? 』
一分くらいの間があったと思う。
『明日なんだけど、20分早く家を出たいんだけどいいかな?』
間があった割に普通の相談だった。
『いいよ。だったら早く寝ないとな』
その時、電話が鳴った。山下からだ。
「もしもし、りえ。何かあったのか?」
「ううん、別に。ちょっと声がききたくなっただけ。おやすみ」
一瞬、嬉しくて舞い上がりそうになった。
「そっか、おやすみ、また明日な」
「うん、また明日」
少し、気が昂って目が冴えてしまったが無理矢理目を閉じて眠る事にした。
学校なんて特別行きたいところではない筈なのに、早く行きたいと思った。
混濁とする意識の中、ぼんやりとひらきのことが頭をよぎった。
なんでだろう……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます