管理者
後頭部に衝撃を受けていたので、念のため精密検査を受けたが、問題ないとのこと。その日のうちに家に帰れる事になった。
警察の事情聴取も病院で受けた。
やってきたのは生活安全課 防犯少年係の警官で古田と名乗った。
30代半ばくらいで身長は俺よりも若干高く、しっかりとした体格をしていた。
流石は警官といったところか。
今回の件は事件性が低く事故の可能が高いそうで、刑事課ではなく生活安全課の担当になったそうだ。
生活安全課 防犯少年係は主に少年犯罪に関わる事件を担当している。
その警官曰く、そもそも警察が陽芽高校に来たのは、俺が救急搬送されると同時に警察にも通報が入った為だという。
救急車を呼んだ際に、人が亡くなっている、事故の可能性がある場合に、検視や事情聴取のために警察も一緒に来ることがあるんだとか。
「藤井君に聞きたいのは事故当時の詳細だよ」
そう言われたので、簡潔に説明した。
裏サイトの写真を見たのが午後5時38分バケツに接触したのが、5時44分あたりであるあこと。
写真を見て嫌な予感がしたから、山下とひらきの元に駆けつけた。
その結果、上から何か落ちてくるのが見えたのでひらきを突き飛ばしたと説明した。
……いくらか嘘も混ざっているが、大部分は真実だ。
シナスタジアの話をしても信じてもらえないだろうし、多少の嘘は長い年月をかけて編み出した俺の渡世術なのだ。
刑事は少し思案顔になった。
「上を見たときに人影が見えたりした?」
「いえ、そこまでは……」
実際は上を見てすらいないので分かるはずもない。
事情聴取はあっさり終った。
「どちらかと言うと、裏サイトの方が問題でね。ああいう、アングラな世界にはあまり浸からないほうがいい」
裏サイトの件は正樹部長と安井の事情聴取の際に聞いたそうだ。
裏サイトについても調査したそうで、一つだけ情報を教えてくれた。
「そうそう、君が救急搬送された後から裏サイトに急にアクセスできなくなった」
ゴクリと唾を飲む。
「流石にタイミングが良すぎるし、裏サイトの運営者は学校内の動向を把握していた……ようだね」
不安そうな俺の顔を見て、安心づけるように穏やかな声で、
「不安を煽ってしまったね。すまない。安心してくれ。君が学校に通う頃には解決していると思う」
つまり、明日学校に行けば分かるらしい。
彼は去り際に一言、
「何かあれば、私に連絡を」
と言って、名刺を渡してきた。
警官でも名刺とか持ってるんだな……と思った。なんだか、セールスマンみたいだ。
「結局110番するしかないんだけどね」
と、笑いながら話してくれた。
古田が去った後、スマホから裏サイトへアクセスしてみたが、
ーーーーーーーーーーーーーーーー
404エラー ページが見つかりません
ーーーーーーーーーーーーーーーー
話の通り、裏サイトはきれいに消えていた。
裏サイトの画像から推測できるのは、かなり近くに山下やひらきを監視していた人間がいるということだ。
気味の悪い話だ。
さらに言うなら、あの『警告』と書かれた掲示板は俺宛のメッセージだったと考えるのが妥当だろう。
俺が見たから『警告』として捉えられる内容だった。
この行為自体が非常にリスクが高く、バケツ落下事件と無関係だったとしても、容疑者候補に上がってしまう可能性が高い。
何しろ犯罪行為スレスレの行動だ。自分の身を危険に晒してまで警告したかった理由が何なのか分からない。
……俺の頭じゃ、この辺が限界か。ここは山下に意見を聞いてみるのが良さそうだ。
もっとも、明日には色んな事がわかるのかもしれないが。
あれこれ考えている間に母が退院の手続きを済ませていた。
終わったから帰ろうと母に声をかけられた。歩きながら駐車場へ向う最中に、母が昨日の話を聞いてきた。
「あまり状況がよくわかってないけど、悟は人助けをしたの?」
「まあ……そんなところかな」
「ふ~ん」
母の悪い癖だが、関心がない癖に質問はしてきて、生返事をするのだ。
「こういうときは『怪我が大したことがなくて良かった』とか、『人助けしたんだ偉かった』とか言うところじゃないの?」
腕組みしながら、こう切り替えされた。
「そうね……ふつうはそうなのかもね。私はそんなことより悟が助けた相手の方が気になってるわ」
また、このパターンか。先回りして無難な回答をした。
「ただの同級生だよ」
『ん?』という顔をしている。
「ちがう、ちがう……あんたが好きなのは、りえちゃんでしょ。そういう意味じゃなくて」
「えっ!?」
聞き捨てならないセリフを母が吐いた。な、なんでそれを……。
「いやいやいや、バレバレだから……。あんたの年齢と同じだけ母親やってるのに気づかないとでも思ったの?」
狼狽えている間に母は思考の海に潜り始めていた。
「そんなことより、桧川さんだっけ?なんか、見たことのあるのよねぇ……」
こうなると返事も碌に返ってこなくなるのだ。
そして急にこの世界に戻ってきて、考えていることと関係の薄い、別の話を始める。
「でも、父さんの遺言を守っているのは素敵な事だわ。『情けは人の為ならず、女性相手なら五割増し』だっけ?」
「六割増しだよ……それに話が変わりすぎだろ」
父は俺が12歳の時に他界している。
なかなか面白い父親で死んだ後も何とも言えぬ存在感を放っている。
悲しいというよりは惜しい……そんな感想が出てくる愉快な人間だった。
その父の形見が左手の「高そうな」腕時計なのだ。
話が逸れたが、自動車で自宅に帰っている最中に安井から電話があった。
『藤井……元気か?』
「元気とは言い難いな。知っているだろ」
『そうか。そんなお前に朗報……かどうかは分からないが裏サイトの件でわかったことがある』
警官の古田から明日には解決しているだろうと聞いた矢先だったのもあって、盛り上がりきれない自分を抑えつつ、一応聞いてみる。
「どういうことだ?」
『陽芽高のホームページのIPアドレスと裏サイトのIPアドレスが同じだったんだ』
「へぇー……」
正直な感想を言おう。よく分からなかったのだ。
『はぁ……お前なぁ……』
これが生の声じゃなくて良かった。ガッカリ系の声は粘土のような感触がする。
重くてぐねっとして纏わりつく感覚がいやなのだ。
電話越しやテレビ越し……要は何かを中継して聞こえてくる声はそんなに感触がないので不快感はない。
『陽芽高校の公式ホームページも裏サイトも同じサーバー……いや同じ場所で管理されているということだ』
今度は意味がわかった。ということは……。
「それってもしかして裏サイトの管理者は学校の先生ってこと?」
一呼吸間をおいて、安井は言った。
『そうだよ。うちの部の顧問、山井先生だ』
流石に青天の霹靂だった。
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