陽芽高 遺失物事件

「陽芽高 遺失物事件」とは昨年10月から頻発している貴重品の紛失事件である。


10月に2件、11月に1件、12月に4件…


この事件の特徴は、男女問わず、金品以外の遺失物、特に腕時計が多いことである。


当初は遺失物として処理されていたが、発生件数が多く、盗難されている可能性も示唆されていた。


しかし、2週間前後で遺失物のほとんどが発見されている。


発見場所も廊下や階段などが多く、紛失した生徒もほとんど実害がないため、事件性が低い。


そのため、校内への張り紙や、教諭からの注意喚起程度にとどまっている。


ただし、一部の生徒の遺失物(やはり腕時計)が見つかっていないため、完全な解決には至っていない。


【発見されていない遺失物】

4件▼


更新日:4/3

作成日:1/15

更新者:匿名(172.16.0.3)

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以上が陽芽高校の裏サイトの情報…らしい。


黒い背景に白い文字のデザイン。メニューはなく、掲示板に近い。検索窓はかろうじてあるので、目的の情報を探すのは簡単そうだ。


中身を見るには不定期に変わるパスワードを手に入れる必要があるそうで、偶然手に入れたパスワードで中を覗いている。


「このサイトの運営は誰がしているんだ?」


俺が聞くと、山下もひらきも知らないという。


「私も直接見たのは初めてなんだよね。あまり、こういうの好きじゃないし……」


と、眉間に皺を寄せつつひらきが言う。


「私は2回目。テニス部の情報が裏サイトに載ってるって話題になってね…。その時に…」


と、山下が眉をひそめる。


どうやら、女子テニス部の部室への侵入方法が詳細に掲載されていたらしい。


窓からの侵入方法、正面扉の開け方、挙げ句に人がいない時間帯のリストまで詳細に書かれていたらしい。


俗世どころか、裏社会の情報とは驚きだ。これは俺が知らなくても当然だ。


それでも、これに気がついた学校側が部室棟に監視カメラを設置し、生徒の出入りが監視されるようになった。


「その後、学校の先生も必死になって、運営を探していたみたいだけど、やめちゃったみたいだし」


と、ひらき。


「なんでやめたんだ?…あれかな、運営がログインパスワードを変えたりするから?」


安直な事を言ってみる。


「本当かどうかわからないけど、調査そのものを打ち切る指示が出たっていう噂……」


そんなことがあるものなのか?


「裏サイトはパスワードどころかURLも頻繁に変わるから、追いかけるのが大変だったんじゃないか?」


と、船場マスターが声をかけてきた。


「マスター、裏サイトに詳しいんですか?」


はははと笑いながら、空いた食器を片付けていく。


「陽芽高の船着き場には裏サイト以上の情報が集まるんだよ。」


実は、裏サイトの情報を提供してくれたのもマスターだ。


「聞いてもいないのに皆が教えてくれるんだ。ただ、裏サイトは気持ちが悪いから、陽芽高校には逐次報告している」


船着き場は陽芽高校から目をつけられている。


というのも、部活後に立ち寄る生徒が多く、健全な青少年少女の育成に悪影響を与えるとか、何とか…。


船場マスターは陽芽高校の生徒が主要顧客のため、それは困ると陽芽高校に掛け合い、敢えて巡回指導エリアに入れてもらったのだ。


「チクってるのは皆には内緒にしてくれよ。皆も馬鹿じゃないから気づいているだろうけど、信用に関わるからね」


世知辛い世の中だ。


「そろそろお開きにしてくれ。中上先生が来る時間だ」


席を立ち会計を済ます。


もちろん、俺の奢りだ。なぜか、ひらきの分も俺の奢りだ。


こいつ、疫病神か何かだろうか。


「マスター。たまに顔出すから遺失物事件のこと分かったら情報を教えてもらえますか」


「わかった。……そういえば、正樹が悟が部活に全然出てこないと嘆いていたから、そっちにも顔出しでやってくれ」


苦笑いしながら船着き場を後にした。


時計は18:43を指していた。辺りはすっかり暗くなっていた。


俺は山下とひらきを家まで送ることにした。


山下の家は船着き場から歩いて5分、陽芽高校も10分の距離にある。


俺の家はその隣だ。


ひらきは本町なので方向的には反対だが、山下を送った後、彼女の家まで送る予定だ。


「私は近いから、ひらきちゃんを送ってあげて」


山下はそう言うが、それは俺のポリシーに反する。


「だめだ。暗い夜道を女の子一人で歩かせるわけにはいかない。」


荷物も重そうだったので、さり気なく取り上げた。


あっという間に山下の家の前に着いた。


なんとなく、山下が名残惜しそうにしているので、どうしたのか聞いてみた。


「うん、なんか……久しぶりに悟くんと話した気がしてさ。ちょっと楽しかったんだ」


なんだろうか…甘酸っぱい気持ちがする。


ほおけていると、ひらきが横でニヤニヤしていることに気がついた。


「おっおう、また明日な。事件のことはSNSで連絡するわ」


「じゃあね、りえピン!」


「じゃあね、悟くん、ひらきちゃん!!」


さっと手を上げて、山下宅を後にした。


一旦、ひらきを少し待たせて自宅に戻り荷物を置き、自転車を取り出した。


自転車のカゴにひらきの荷物を積んで、また歩き始めた。


街灯が点灯し、時間も19時手前に差し掛かろうとしていた。


「…普通、こういうときは『後ろに乗れよ。送っていくからさ』とか、言うものじゃないの?」

 

ひらきは少しむすっとしながら言った。


「そろそろ船着き場に中上が来る頃だ。こんな時間に二人乗りしているところを見られたら、明日学校で呼び出されるぞ」


カラカラと自転車を押していると、まさに船着き場に中上が入っていくのが見えた。


二人乗りしていなくても、こんな時間にうろついていると何を言われるかわからない。


ひらきと俺は足早に船着き場を通り過ぎた。


船着き場の灯りが見えなくなったのを見計らって、ひらきにそっくりそのままお返ししてやった。


「なあ、ひらき。後ろに乗れよ、送っていくからさ」


ひらきが口を『あっ』の形にして、固まった。


何だ、この反応は?


「藤井くん、無自覚にそういうことをするの?」


なんだか、ひらきの声が柔らかく聞こえた。


「ひらきがそう言えって、言ったんじゃないか」


何が言いたいのか理解に苦しんだ。


ひらきは無言で自転車の荷台に腰を下ろした。


「この方向でいいのか?」


「うん、本町通りを真っ直ぐ。二つ目の信号を右!」


この辺はまあまあ田舎なので人通りもそんなに多くない。


春の夜の心地よい夜風が頬を撫でるように通り過ぎていった。


家の近くまで来たところで、ひらきが停止を求めた。


急に緊張感が伝わってきた。


「なんか、緊張でもしているのか?お前、様子が変だぞ」


「いや、そんなことないよ。それより送ってくれてありがとう」


急にひらきがしおらしくなったのは違和感があったが、ここは大人しく帰ることにした。


「そうだ、ひらき。さっきの裏サイトの情報、スマホに送っておいてくれるか?」


俺は船着き場で強引にSNSの連絡先を交換させられていた。


まあ、連絡が取れないと犯人探しも出来ない。


ひらきは端的に言うと、陽芽高遺失物事件を解決したいらしい。


俺の腕時計を隠した人間を見つければ、他の事件の手がかりになると考えているようだ。


「分かった!家についたら送っておくね」


ひらきは手を振りながら返事をした。


「なぁ、ひらきが無くした腕時計は大事なものなのか?」


ひらきに向かって声を張り上げて聞いてみた。


「そうだよ。絶対に取り戻さないといけない」


……仕方ない。


左腕の時計を撫でながら腹をくくる。


俺のポリシーだからな。犯人探しをすることにしようか。



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