名推理

ひらきと俺は誰もいなくなったテニスコートで山下を待っていた。


「藤井くんさぁ……怒ってない? 」


桧川が人類には理解できない不可解な言語で話しかけてきた。


「お前……本気でいってるのか? 」


「わたしは悪くないよ……悪いのは藤井くんの運だけだよ」


呆れた物言いだ。


「ひらきの能力なら俺が怒っているかどうか分かるだろ? 」


少し凄んで見せた。


桧川ひらきは肩をすくんで見せ、手のひらが天を仰ぐように上を向いていた。


桧川は下がった眉で口をとがらせて、こう言った。


「分かるわけないじゃん。私が見えるのは思念のこびりついた物の色だよ」


事もなげに言うが、ここで一つの疑問が生まれる。


「その理屈で言うと俺の着ているブレザーやワイシャツ、ネクタイなんかにも思念とやらは付着しているだろ?」


「なんで見えていないんだ?」


すると桧川はこう答えた。


「薄くなら見えるけど、手で触れたものが一番色が濃く見えるんだよ」


だから、俺のポケットに入ってる糸くずに反応したのか。


そういいながら無意識に糸くずを指先でコネ始めてしまった。


「うわ……藤井くんめっちゃ怒ってるじゃん」


ハッとして、糸くずから手を離した。


「深緑は初めて見たよ。でも藤井くんそのゴミ捨てたほうがいいよ。不衛生だし」


こいつは心臓に毛でも生えてるんじゃないのか……。だんだんと、怒っているのがバカらしくなってきた。


ポケットの糸くずをピッと投げ捨て、桧川に聞いた。


「ひらき、初めて見た色なのにどうやって怒っているか判別したんだ? 」


「かんたんに言うと、ベースの色が暗くなるんだよ」


ベースの色とやらは個人が発している基本的な思念の色と言いたいのだろう。


俺は緑で山下が黄色。ひらきの今までの話を総合するとそんな感じだろう。


そして怒ると暗い色に変化するらしい。


「ごめん、お待たせ」


山下が制服に着替えてテニスコートに小走りで戻ってきた。


「じゃ、行こうか」


山下がそう言いながら校門に向かって歩き出した。


山下の後ろを歩く、ひらきがこう返した。


「いや〜私はおなか減ったし、2人の邪魔をしちゃうと悪いから帰るね」


えっ、こいつ何言い出してんだ。ていうか、逃げる気か!


山下の後ろに束ねたポニーテールがふわっと宙を舞い、くるりと振り返った。


山下は俺やひらきよりも頭一つ小さい。


少し見下ろした山下の顔は笑っていた。でも、目の奥が笑っていなかった。


「何か言った? ひらきちゃん」


「いえ、何も言ってないです……」


山下は大人しいし、優しい。でも、怒らせると……静かに怖い。


おかしいな……桧川ひらきが小さく見える。


暫く歩くと陽芽高の生徒の行きつけ……もとい、溜まり場のカフェ「船着き場」に着いた。


本当はカフェ「船場」が正式な名前だが、皆が安心して入れる場所から船着き場と呼ばれるようになったらしい。


ドアを開くとカランカランと音がなった。


「いらっしゃい」


『あぁ〜喫茶店にいそう! 』……を絵に描いたような口髭を携えた船場マスターが出迎えてくれる。


「りえちゃんとひらきちゃんは…兎も角、悟が一緒とは珍しい組み合わせだね」


マスターはマジマジと俺の顔を見た。


「もしかして、正樹に用事でもあるのかな?」


正樹はマスターの長男で学年がひとつ上の先輩だ。


実は俺と同じコンピュータサイエンス部の部長た。正樹部長は竹を割ったような性格で清々しく、それでいてしっかり者。頼れる先輩なのである。


もっとも、そんな人が何故、陰鬱の巣窟であるコンピュータサイエンス部に所属しているのか謎である。


「いや、ただのお茶ですよ」


山下はアイスティー、ひらきがパフェと烏龍茶をそれぞれ注文する。


俺はとりあえずホットコーヒーを頼むことにした。


それをマスターに伝えると、にっこりと笑って厨房に戻って行った。


これからどんな話が展開されるのか…頭が痛い。


オーダーが終わると、山下が説明してくれますか……と言ってきた。


仕方なく、山下にできるだけ正直に経緯を説明することにした。


放課後、腕時計がなくなっていたこと、一人で探していたら偶然ひらきが通りかかり、一緒に探してくれたことを話した。


そして、偶然開いていたロッカーを念のため調べたところ時計が見つかった…ということにした。


まあ、……完全な嘘ではないし。


問題はひらきのシナスタジアの説明をどう誤魔化すか……である。


特異な能力なんて人に知られて良いことはない。桧川だって、シナスタジアで多少なりとて嫌な経験をしている可能性は高い。


山下は俺のシナスタジアについて知っているし、理解はしてくれるだろうが、それを桧川ひらきが良しとするかは分からない。


実は結構センシティブな問題なのだ。


仕方がない、一計を案じるか。ひらきをチラッと見た。


これから嘘をつくから合わせてくれ。


ひらきがウィンクで了解と返す。


……ウィンクするな、合図を送ったのがばれたらどうするんだ。


「偶然なんだけど、ひらきが……」


「ストップ!ダウト!」


すかさず、山下が止めに入る。


「そこから先の話も嘘だよね?悟くん」


「うっ……」


ギクリとする。なぜ分かったんだ。まだ、何も話してないのに。


山下は昔から異様に勘が良いのだ。


「今までの二人の会話をまとめると、ひらきちゃんもシナスタジアを持っているという結論になるんだけど、あってる?」


驚いた。会話らしい会話なんてほとんどしていないのに、何故そこまで分かるんだ?


これにはひらきも驚いたらしく、目を見開いている。


…………ん、違った。


こいつ、自分の頼んだパフェが大きくて驚いている。


マスターがオーダーしたものを持ってきたのだ。


実は船着き場のパフェは安くて、大盛りで有名だ。


しかも、今回はいつもより遥かに大きく、見たことのない金魚鉢のような容器に入っていた。


マスターがバチッと親指を立てているのが見えた。


『俺気が利くだろ』的な顔をしている……いや、なんか、空気読めてないなマスター。


それぞれ頼んだものに口をつけつつ、山下が話を続ける。


「二人は私が悟くんの腕時計を盗んだのか確認したかったんだよね?」


「腕時計はひらきちゃんが持つ何らかのシナスタジアで発見、そして私を特定した…ここまではあってる?」


小さく頷く。ぐぅの音も出ない。


「そして、ねくら……じゃなかった、内向的な悟くんが、友達100人はいそうな、ひらきちゃんと接点があるとは思えない」


ザクリッ。藤井悟の心に52のダメージ。


「いや、違うよ。りえピン、213人だよ」


ひらきが話の腰を折った。重要なのは人数じゃない、質だ…。


ていうか、友達多くない!?


……違う違う、俺まで流されるところだった。


「話を戻すけど、ひらきちゃんの普段の言動や行動から、人とは違う色が見えると仮定すると…」


少し補足すると、ひらきは美術部員で絵が上手い。


特に独特の色使いが高く評価され、県の絵画コンクールで最優秀賞を何度も獲っている。


「少なくとも色で場所の特定と個人の判別ができるシナスタジアを持っていると推測できる」


「色で場所が特定できるならロッカーから偶然腕時計を見つけたの下りは嘘……かな?」


あの少しの情報でここまで見抜かれると、流石にちょっと気味が悪い……と思った。


「で、会話から言質を取りたいから悟くんに声をかけた。……というのが私の推理だけどあってた?」


俺は首を縦に振った。


隣に座っている桧川ひらきは端正な顔立ちをさらにキリッとさせながら、一言。


「ねぇ、りえピン………シナスタジアって何?」


顔はキリッとしていたが、口にクリームをつけたまま話しているのを見て脱力した。



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