真犯人

「俺は音に…特に声に触れることができるんだ」


「くぅ〜想像以上だよ!!」


桧川ひらきの目がキラキラと輝いていた。


俺の周りの重力が軽くなったみたいにふわっとした空気に包まれた。


反比例するように俺の目はくすんで、暗くなっていった。


こいつ……俺の平穏な生活をぶっ壊す危険人物だ。


「私たちの能力で事件を解決しようよ!」


できるだけ桧川ひらきと目を合わせないようにしながら、


「さっきも言ったが俺は興味がない。探すなら一人でやってくれ。」


「なんでよ!?」


桧川がすかさず反応する。


炸裂する空気が顔をかすめるような感触があった。驚いた声は炸裂して感じるのだ。


一番苦手な声だ。


どうも桧川は喜怒哀楽が激しいようだ。こういう手合いは一緒にいるだけで疲れる。


話し声の一つ一つが様々な形で露出した顔や腕、手の甲や手のひらに感覚として伝わる。


固くて重い壁、無重力感、炸裂、ヌメッとした感触…。


感情の波に飲まれて、酔ってしまいそうになる。


羽織っていたブレザーを整え、手をぎゅっと握った。


身を固くして、いつもの暗示をかける。俺は石だ。何も感じない石だ。


明らかに壁を作られて面白くないのか、口をへの字に曲げて、眉間に皺を寄せた桧川の顔がチラッと見えた。


声だけじゃなく顔芸もできるのか……。


いよいよ物理的にも心理的にも距離を置きつつ、即時撤退の構えを見せた瞬間、桧川は言った。


「真犯人はりえピンだよ。山下りえ」


今度はハンマーでこめかみを殴られたような衝撃が走った。


桧川は俺を弱らせる天才なのかもしれない。


山下りえは幼馴染で俺のシナスタジアを知る唯一の人物だ。


小学生の頃はよく遊んだのだが、中学に入ってからは殆ど話すことがなくなった。


思春期特有の気恥ずかしさみたいなものが、彼女に声をかけることを躊躇わせた。


最近はもはや登校時間が被ったときに軽く挨拶をする程度の距離感になってしまった。


ようやく絞り出した声は上ずっていた。


「あ、あいつは……、山下はそんなことしないよ」


桧川ひらきは顔を左右に軽く振り、


「ううん、犯人は間違いなく、りえピンだよ。」


……シリアスな話のはずなのに、"りえピン"というふざけたニックネームが場の空気をおかしくする。


こちらの微妙な気持ちを無視して彼女は続けた。


「それに……興味が湧いたでしょ?」


桧川ひらきは目を細め、にぃーっと口の端を広げ、薄く笑った。


彼女の顔に少々腹は立ったが、興味は湧いてしまったのは事実だ。


「俺が山下に反応するのを分かってて言ったな……」


「勿論、リサーチ済みだよ。藤井くんの胸ポケットにいつも挿しているボールペンに黄色が混ざっているからね。」


桧川はいよいよニヤニヤし始めた。


こいつ、性格悪いな。


「さあ、犯人探しと行こうか藤井くん!」


いや、犯人は山下なんだろ……と心の中でツッコミつつ、もやもやとした気持ちになった。


山下が本当にそんなことをするだろうか……?


でも、桧川のシナスタジアなら犯人の特定は容易だし確実だ。


いや……本当に確実か?


そんな疑問が頭をもたげた……が、桧川ひらきという強烈な個性が冷静な判断を鈍らせていた。


昨日までほぼ無関係だった隣のクラスの女子の口車に乗せられて山下の元へ向かう。


正直、桧川ひらきと関わることにはかなり抵抗がある。


でも、山下のことは気になる。もし犯人なら何故こんな事をしたのか聞かずにはいられないだろう。


いや、俺の本音は山下と話したいだけなのかもしれない。


そして、桧川ひらきと関わるのは今日で最後にしたい。俺は怯える小動物のように身を小さくした。


桧川ひらきはくるりとこちらを向いた。


「遅い!藤井くん、ダッシュ!」


廊下の端から端まで聞こえそうな張りのある声だった。


ビクッとして、言われるがままに走る自分にまた辟易した。



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