文披月と祝福のブーケ

青居月祈

7月1日『傘』

夏草薫る七月の初め。星空図書館についた買ったばかりの水色の日傘を畳む。手荷物にはなるけれど、年々日差しが強くなるこの頃、女の子にとって日傘は必需品だ。

軽く首周りの汗を制汗シートで拭ってから、星空図書館の扉の取っ手に手をかけた時だった。

「お引き取りください!」

ぺいっ、と放り出されるように複数人が扉から出てきた。

「ひゃっ?!」

思わず避けると、雪崩るように倒れてきたのはひまわり依頼所の人たちだった。ぴょこん、と明るいオレンジ色のポニーテールが見え、傍にしゃがんだ。

「み、実友ちゃん?」

「あーいーちゃーん! いいところに! ちょっと来夢様なだめて!!」

「え、来夢くん?」

突然のことにきょとんと瞬きする。なにがあったのか聞いても、とりあえず来夢を宥めてほしいと言うばかりだ。

恐る恐る扉を開け、図書館の中に踏み入った。

螺旋書架の、三階辺りに背を向けた来夢が見えた。幅に余裕のある階段をそろそろと音を立てないように上がっていくと、次第に来夢の表情が見て取れた。眉間に皺を寄せ、険しい顔で何かを見下ろしている。

「来夢くん?」

小さく呼びかけると、はっと瞬きをしてこちらに視線を向けた。

来夢の足元に、本棚から落ちたらしき書籍が無造作に山積みにされていた。

「もしかして……実友ちゃんたちが、これを?」

「えぇ。テスト勉強すると言っていたのですが……一体どうふざけたらこんなことになるんでしょうね」

はぁ、と盛大なため息を零す来夢の頭をそっと撫でつける。すると眼鏡を外して、ぽすん、と肩口に顔を埋めた。

「だいぶお疲れですね、来夢くん」

「すみません愛衣ちゃん……こんなお見苦しいとこを見せてしまって」

来夢がこんなふうに甘えてくることなんて滅多になく、ふわふわの髪が首筋にあたって、くすぐったい。

「皆さんにも手伝ってもらって、早く片付けてしまいましょう」

みなさん、と聞いた途端にすんっと来夢の表情が消える。

「私も手伝いますから。ね? 多い方がすぐ終わります。空さんも留宇さんもいらっしゃるようですし、大丈夫ですよ」

本の山から一冊一冊丁寧に拾い上げる。この辺りは来夢に薦められて愛衣も読んだことのある本ばかりで、見覚えのある表紙ばかりだ。もう一度読み通したいという衝動を押え、開いた本を閉じて、ホコリを払い、ジャンルやシリーズごとに分けていく。

「あれ?」

本の中から、見たことの無い表紙を見つけた。

分厚い臙脂色をした天鵞絨張りのハードカバーに、金の箔押しで飾り枠が付いている。題名も著者も書かれておらず、裏表紙にはバーコードもない。

「来夢くん、この本って覚えあります?」

きっとすぐに答えは返ってくるだろうと確信していた愛衣だったが、来夢は表紙を見ても、ん? と首を傾げるだけだった。

「……見たことない本ですね」

「新刊ですか?」

「いえ、それなりに古そうです」

ぱらぱらとページをめくり、来夢は思い出そうと眉を寄せる。

「花に、葉……『はなば』って読むんでしょうか……」

愛衣も覗き込むと、流れるような綺麗な文字で『花葉千燈』と書かれていた。

「初めて見る作家さんですね」

「来夢くんにも読んだことない本があったんですか」

「そりゃありますよ」

驚いた。ここにある本は、来夢だったら全て読んでいるものだと思っていた。

「早く片付けて、読んでみましょうか」

「そうですね」

題名のない書籍。それだけで胸の奥がざわつく予感がした。

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