13話 ベーコンエッグは慎重に

 「おはようございます、双川リョウ。私は、もう起きましたよ」


 耳元で囁く声で目が覚めると、羽宮ルナが目の前に立っていた。僕のすぐ左に。—— 相変わらずの格好だなピッタリとしたインナーに、ジーンズベストを合わせ、青いパンツ。髪型はポニーテールになったが、昨日と服装は同じ。—— でも、それが似合うんだけどね。…… 不思議と。


『—— おはよう。目覚めたか…… まったく、高水とかいう男は何を考えているのだ? あの女を、我らと同行させるなど…… おかしいとは、思わないか? 少なくとも、一度殺されかけたのだぞ!お前は』


—— 確かにそうだ。死ぬかもしれなかった。でも、僕は生きている。だったら、もう良いんじゃないかな。


『お前は…… まったく凄いやつだな。襲われた相手と次の日には、同じ屋根の下で暮らすとは。………… 末恐ろしいやつだな』


「あぁ、出会って三日の悪魔と一緒の体で暮らしてるやつだからね。恐ろしいだろうね……ずいぶんと」


『あっ!お前、また我を悪魔と。…… なんだか気安くなったなお前も』


 いろいろあったからね…… どうも最近。体に魔族がいて、そいつと普通に話してる。もう、どうにでもなれって感じだね。


「あなた方は、いつもそんな感じなのですか?

悪魔と気安く話している人間なんて…… 」


「悪魔じゃなくて、魔族ね。それに………… ゼウルは偉そうだけど、結構良いやつなんだよ。たまに心配とかしてくれるし」


『おい、偉そうが、余計だぞ!! それに心配するのは我の体でもあるからだ。………… ところでリョウ、食事はまだか? 人間は朝も食べるのだろう。昨日も、食べてないぞ! 何か食べ物は無いのか。我の家には』


 確かに何も無い。ここ一週間くらい記憶がなかったり、戦ったりで買い物に行ってない。一度も。それに僕は料理をしないから、冷蔵庫に常に何か入っているわけではない。よって買い出しに行かなければ、空っぽなのは必然。

 ——あぁ、確かにお腹は空いてるね。そしたら、コンビニで買ってくるか…… 。でも、面倒だな、朝から出歩くのは。


『何を言ってるんだ、お前は!! —— 面倒だと。我にとっては一大事なのだ。とにかく、食べたいのだ! 誰か作れるものはいないのか、まったく。 お前は面倒でも、我は違うぞ……そうか—— 飛んでいけばいいのだな。そうすれば、お前は歩く必要はないぞ。我が…… 』


「あの…… 待ってください。朝食くらいであれば、私が作ります。食材もいくつか持参しているので…… 心配いりません」


「えっ……本当にいいの? なんか悪い気がするけど…… 」


「大丈夫です。私は料理もできますから。それに………… 今日からここが、私の家でもありますから…… 歓迎の印に」


 …… それは、こっちがやらなきゃいけないことだけどね。本当に…… 僕の家に住むんだ………… 。


『む、毒でも盛るんじゃないだろうな?! 』


「—— そんなことはしません! そんな任務は受けていませんから。私の任務はあなた方の、監視とサポートです。それに、人間の毒など貴方には効かないのでは? 」


『確かにそうだな…… この世界の毒など気にするまでもないな。……では、作るがいい』


 なんか、この魔族…… 食べ物の時だけ、分かりやす過ぎない? どんだけ…… お腹空いてるの。

 僕が住んでるのは、アパートの一室。キッチン、風呂トイレと十二畳ほどの一部屋。僕のいる部屋からは、料理中の彼女の姿がみえる。手際よく、作業をしている…… 美しほどに。僕も料理が、できるようになるべきだよね?独り身だし…… 。


『そもそも食べ物などはな、お前が管理しなければならないのだ。自分のことだろうに…… 生きる意思がないのか、リョウには? 』


 いや、そんなことはない…… ただ、ズボラなだけ。あぁ、確かにその通り。


「まさか、ぜウルに正論を言われるとは…… もう少ししっかりしないと…… 」


『そうだぞ。……あの女は何を作っているのか…… 警戒しなければならないな』


 そして、しばらくするとルナは皿を二つ運んできた。ベーコンエッグと二本のソーセージ、そしてホットケーキが三枚載っている。

 

「おぉ…… これは凄いね! ホテルの朝ご飯みたいだよ。絶対、美味しいやつ」


『なんだか知らないが、とりあえず食べたいぞ。もう、空腹で…… 力が入らぬ』


 ゼウルは、フォークとナイフを上手く使い、皿の上に並べられた朝食を片っ端から頬張った。もちろん僕の体だから、僕が食べてることにもなる。


『おぉ!! こ、これは…… 全て美味い、美味いぞ! 凄いな…… 人間は。この白とピンクのやつは、中の黄色いのと一緒に食べるとさらに美味だ。長いやつもいいぞ。そして柔らかいやつもいい。すごくいい』


「確かにこれは—— 凄い! 本当に高級ホテルのやつみたいだね。ていうかゼウル…… 語彙力なくなってない? 」


 やっぱり、ゼウルは食事の時に良くはしゃぐ。作ってないけど、みてるこっちが嬉しくなるほどに。ルナは表情一つ変えることなく、黙々と食べている。彼女だけ一人で食べてるみたいに。


『名前は…… 羽宮だったか? お前の作る食事は美味いぞ。良いだろう、我の家に共に住まうことを許可しよう』


「調子がいいんだから、本当に…… 。でも、美味しかったよ。ありがとね…… えっと羽宮でいいの?呼び方……. 」


「羽宮では少し長いので………… ルナで大丈夫…… です。不束ですが、よ、よろしくお願いします」

 

 少しだがルナの、表情が綻んだ気がした。いや、光の反射でそう見えただけかもしれないね。


「よろしくね、ルナ。いやぁ、手料理なんて初めて食べたよ…… 本当に」


「喜んでいただけて、何よりです。以前、ホテルに潜入した経験が役に立ちました」


 ルナは、本当に表情がない。暗いわけではない。暗さすらない、ただ単に無という感じ。人間としての何かが欠落しているのかもしれない。


 (—— しかし彼女は、本当に表情一つ変わらないな。過去に何かあったのだろうか? )


「あの、双川リョウ…… 」

「長いから、リョウでいいよ。こっちも」


 多分、そうかもしれない。本当のことを知るにはルナのことを、羽宮ルナという人間のことを、もっと知らなければならないだろう。—— でも、感想を押し殺しているだけ…… そんな感じがした。


「行きたい場所があるのですが…… 一緒に着いてきてもらっても………… いいですか?」


「うん、いいよ。多分僕たちにも関係あることでしょ?そこ」

『おそらく、下級魔族に関係するものだろう。で—— その場所とやらはどこだ? 』


 ルナは、スマホを取り出すと僕に、写真を見せた。光る観覧車やジェットコースターなどが写ったものだ。…… これはまさか。


「遊園地に行きたいです。…… 一緒に」




………… これって…… デートイベント?





 ホテルの一室で高水は、固定電話を取る。もともと、この部屋は羽宮ルナに用意したものだ。が、彼女は今、リョウの家に住むため、ここを出てもらった。


『もしもし、俺です。高水です。ほら、殻の。そうそう、そうです。あぁ、例の件だから、彼女に繋いでください』


 高水は連絡手段として電話を好んでいる。遠くの場所にも、説明をしながら指示もできる。そして、会うことができない状況でも声が聞こえるから。だが、この電話はあまり好きではない。それは、電話相手が………… 。


『あぁ、タカミね。何のようかしら? あまり、時間は取らせないでね。フフフ』


『いえ、例の依頼についてです。進展がありまして…… 』


『進展…… ?解決したのかしら? そうではない?』


『解決はしてません…… ですが、大物がいました。ゼウルです。統括局ゼウルが、東京で確認されました』


 電話の向こうでは、物音が聞こえる。声の慌て用からして、椅子から転げ落ちたらしい…… 。


『ゼ、ゼウルですって!?!? そんな、あの—— 三罪の一体統括局ゼウルが!? 東京に?! 』


『あの……. もう少し落ち着いてください』


『一体どういうことなんですの?! 人をバカにしているの?! 』


『頼むから—— 落ち着いて。いいですか? 別に統括局は、何かをしているわけではありません。今は俺の部下に監視させてますから。むしろ、こっちに情報を提供してくれるかと』


『けれど…… そんなことがあるなんて…… 』


『えぇ、驚く気持ちはわかります。ですが、我々が何か仕掛けない限り、敵になる可能性は低いでしょう。だから………… って聞こえてますか?』


『………… タカミ、部屋を一つ用意しておきなさい。今から、そちらに向かいますわ』


『ちょっと…… 聞いてました?! 別に脅威になっているわけじゃないんですよ! ……今回だって、契約に基づいて報告してるわけで…… 余計なことをして、敵対でもしたら大変なことになりますよ…… 本当に!』


『黙りなさい! 何を言われようと、わたくしはそちらに行きますわ。三罪だなんて冗談じゃないですわ!! 』


『どうか、もう少し冷静に…… 』


 電話を切られた。まったく………… 自分よりかなり年下の人間に、手を焼かされるとは。それよりも、厄介なことになったな。

 —— あの、令嬢がこっちに来たら…… 双川君に知らせなくては。




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