6節 悪魔でも悪い夢をみるか パート2


 10/25 4:05


 今は、夜明け前だ。鷲尾コウヘイは、眠そうな目を擦りながら、コンビニで缶コーヒーを飲んでいた。いつも通りの光景だ。

 コンビニには、他にも同業者と思わしきやつが何人かいた。これもいつも通りだ。今や、何人かは知り合いで、休みの日は飲みに行く。あとは、冴えない若者が数人いるだけの静かな朝だ。


「あぁ、すいません。今、戻りました」

田辺コウキが、足早に鷲尾の隣に駆け寄る。


「まだ、行かねえから、なんか買っていこいよ」


「わかりました。ちょっと飲み物買ってきます」


 田辺はこの間、入ったばかりの新人だ。今は俺とペアで配送をしている。そそっかしくて、いつも俯いている。話を聞いてない時が多いが、背が高く、力もあるので仕事の助けにはなる。


「鷲尾さん、今日はどこに行くんですかね?近いといいんですけど」


「今日はな、都内だ。さっき港で積んだやつを向こうで降ろすだけだ。今日は簡単だろ」


 鷲尾は相方を安心させるように、笑って返した。この仕事の大敵は焦りや緊張だ。


 そういう類のものは、不意の事故や不運を呼んでしまう原因になると彼は考えていた。常に冷静で、些細な変化も見落とさず、平凡で普通でなければならない。


「おし、そろそろ行くぞ。大丈夫か」


「はい、いけますよ」


 トラックは港のコンビニから出ると、高速道路の方へと向かった。いつも通りに平凡に。鷲尾は一つだけ、見落としていた。一体の魔族が、鏡越しに観ていたことを。

 有線を掛けながら、トラックを走らせ、二十分。海沿いを離れ、山並みが近くなる。


「田辺、今日も大丈夫そうか? この仕事は、些細なミスも許されないからな」


「はい、今のところ問題ないです…… けど」


「けど、何だ? おい田辺どうしたんだ! 」


「なんか、悪い予感がします。俺の…俺の仲間がいたような気がしたんです」


「仲間? そりゃ、なん…… 」


 鷲尾の言葉は途中で、遮られた。荷台に響いた物音によって。それは、走行中のトラックに、飛び乗ってきたものがいるということ。文字通りに。


『それは、我のことだろうな。魔族がこんな所で、何をしておるのだ? 』


 荷台の上には、何かがいた。顔は男装した美しい女性にも、その逆にも見える。黒と黄色が入り混じったパーカーを身につけているが、バックミラーで反射するほどの黄色い光を纏っていた。一目見てわかった。魔族だ。そして、あの光は、魔族の中でも。


『…… 統括局ゼウル』


 田辺が、震えながら呟いた。


「おい、田辺!? これはどういうことだ?! 何でこんなことになってるんだよ!? 」


『すいません、鷲尾さん。俺がどうにかします』


田辺は、左側のドアを開け、外に飛び出した。


「おい、田辺何やってんだ?! 勝手なことはするな!? 」


『ほう、自ら来るとは大したやつだな。公国へ戻れ。我らは同じ魔族だ今ならその罪、不問にしよう』


『三公だからって、偉そうにはできませんよ。 ここは魔界とは違うんだからな!? 』


 田辺は、姿を変えるとゼウルに襲いかかった。背丈は2mを超え、全身がグレーの鱗に覆われた。特徴的な腕は倍以上に伸び、緑色の長い体毛で覆われた。それを荷台上のゼウルをめがけて、振り回している。


『我に勝てるとでも思っているのか…… 下級魔族が』


『今のお前は、人間の中にいる状態だ。それなら俺でも、勝てそうだ』


『まったく…… 愚かなやつだ。我らは魔族だろう。そこまでして、お前たちが—— この世界にこだわる理由は何だ!? 』


『そんなこと、教えるとでも!? 』


『無理矢理にでも、教えてもらおう』


 鞭のようにしなる長腕を、ゼウルは先程から避け続けている。体は人間とはいえ、飛行も可能だ。そんなことは造作もない。


「おいおい—— ったく何なんだよ!? 」


 トラックを運転する、鷲尾は青ざめる。朝起きてここに来るまでは、いつもと一緒だった。寸分違わなかった。あの、光ってるやつが来るまでは。田辺は上に乗ってるが、あいつは周りを光って飛んでいる。あいつさえ…… いなければ。


「—— 田辺—— 荷台に捕まってろ! 」


 トラックを急カーブさせ、怒りをこめてゼウルにぶつけた。


『くっ、この程度。損傷にもならぬ………… しまっ』


 ダメージは擦り傷程度でも、隙を作ることはできた。田辺はそれを見逃さず、右腕に力を込めて一撃をくらわせた。


 叩き落とされた、ゼウルは道端の藪に投げ出された。


『…… 我ながら油断したな。まったく』


 体を払いながら立ち上がった。あの下級からは情報も聞けそうにない。もはや、用はないな。

 トラックは走り去っていった。


「大丈夫か? 田辺、あいつはもういないな」


『ええ、完全に叩きのめしましたよ。これで大丈夫です。鷲尾さん、黙ってて…… すいません。俺魔族なんですよ…… 下級の。上級のやつらは、力が膨大だから、体は人間のものを使わないと暴発しちゃうんですよ。だから、こっちではザコなんですわ。俺たちの方が強いんです。思い知らせてやったぜ…… 』


『なるほど…… それがこの世界に執着する理由か』


『うわぁ……なあぁ………… 』


 田辺は声の方に、振り向くことができずに消滅した。光を放つ、剣に変化したゼウルの右腕が心臓を貫く。


「おい、田辺!?クソ…… 」


『さぁ、次はお前の番だぞ…… ワリウス、今は鷲尾というのか』


『待ってくれ…… 俺は、別に力を悪用してない…… 申請だってしてる筈だ!?だから戻る必要は無いだろ…… 』


『確かに、そうだな……では、質問に答えろ』


『わかった、わかった。知ってる範囲でなら、何でも答える』


『では、人間界に何が起きているか知っているか? 最近どうも、下級魔族が不穏な動きをしていてな』


『あぁ……. 少しは知ってるぜ。確か…… 下級の奴らが集まってなんかをひっくり返すとか言ってたな…… でも知ってるのはそれだけだ』


『ひっくり返す? 何をだ。どこでた』


『詳しくは知らねえよ。本当だ!? 嘘じゃない。あとは、仕事しかしてねぇからわからないんだよ!! 』


『…… わかった、嘘ではなさそうだ。もう行け!! お前は上級なのだから、制限しろよ。

わかったな…… 』


『わかってますよ、もちろん。遅れちゃうんで』


 鷲尾は素早く、トラックで走り去る。田辺も魔族だったのか…… 良いやつそうだったけど…… そう呟きながら。

 その場に残された、ゼウルは朝日に照らされながら、次の行動を考えた。体の傷が塞がったことを確認すると、一人歩きだす。そういえば、落ちた時に何かを、落としたかもしれんな。でも、この人間にはもう必要ないだろう。



……. スマホここで、落としたのね。



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