第23話 小さいな奇跡

 イヴァンの言葉を聞いて驚いた。

 「別の理由で何だよ?そんなのないから」そうは言ったものの、何だかそわそわしている。図星が突かれた程度には至らないが、私が魔法使いを放棄する理由が安直すぎる点に関して、イヴァンは間違っていない。


 ただし、本当の理由、正直自分にもよくわからない。というより、その理由はうまく説明できないものとしか言いようがない。


 イヴァンが大きくため息をついたのに連れて、私を後ろから引っ張った力が緩んだ。


 「わたしはただ君がそう簡単に諦めてほしくないです」

 

 「だから言ったでしょ。私が諦めるのではない、そもそも私は魔法を取り戻してない。今の私にあるのは体を駆動するエネルギーだけで、魔力じゃない……それに……決して簡単じゃないから」私は論理的にその理由を述べようとしたところ、却って言い訳のように聞こえ始めた。


 「それでも、諦めないで」イヴァンが珍しく感情のこもった声で懇願した。私はイヴァンがそのような声を持っているのは知らなかった。


 「イヴァンが言ったじゃないですか。魔法使いになるのは頭の損傷って。そもそも無生命の私がもう一度魔法使いになるなんて……」私が苦笑いをしながらそう言ったら、イヴァンがその言葉を遮った。


 「ですから、そう考えさせたくないです。確かに、わたしは最初信じていなかったです。でも今は違います」

 

 「ドラゴンの一件なら、勘違いです。あれも当時吸収したドラゴンの魔力を使っただけで、魔力が帰ったわけではないの」


 少なくとも二野の野郎はそう言った。あれは嘘ではないと思う。でも、だからといって、それをすぐ鵜吞みにした自分もどこか怪しいと今さら自覚している。


 本当は、あれは自分の魔力だって信じたかった。あの時、違和感全くなかった。あれこそ自分の魔法だと素直に思った。自分のことは自分が一番わかるはずなんだろう。他人がどうこう言う筋合いがない。では問題となるのは、なぜ自分は自分を信じてくれないのか?


 「そうかもしれません。しかし、わたしが言ったのはあれのことではないです」イヴァンは私を椅子にもう一回座らせた。


 「この前、庭で魔法を練習したことあんでしょ。石が急にゴロゴロ動き出して、結局ただのミミズってこと」


 「あったけど」

 よくそんなこと覚えているのね、と言いたいが、考えてみれば、アンドロイドの私たちは忘れるほうが難しいだろう。


 「実際のところ、その時、わたしは本気でびっくりしました」


 「何が?私のアホつらか?」


 普通なら、イヴァンはきっとそう言うのだろうと先に自嘲したが、イヴァンはやけに真剣な顔をしている。


 「……アホなのはわたしも同じです」

 

 イヴァンの言った言葉にあまりにも意味不明だから、私はただ首を傾げて、次の言葉を待っている。


 「わたしはあの時、一瞬とはいえ、あれは魔法だと思ってしまいました。魔法だと思って、頭の中に今まで感じたことのない感情が湧いてきました。ミミズだと知った後でも、あの奇妙な感情は消えなかったです」


 私はイヴァンの言った感情とは何なのかは知らない。だが、聞きたい。ところが、イヴァンはすぐ答えてくれなかった。


 「その後、アカサさんのコンサートに行った時、神田さんに聞かれたのです。0秒アラームのこと」


 イヴァンがそういうと、記憶が勝手に蘇って、確かこの前に林太郎たちと森に入った時、なぜイヴァンが魔法に対する態度が急に変わった云々のことを話した。恐らく

林太郎がその時「内緒」と言ったのはイヴァンが今言おうとすることだろう。


 「0秒アラームって?」


 「高速、または高エネルギーのものが接近すれば、周り百メートル以内の範囲に到達する前に必ず接近アラームが提示します。前もって示すシステムなので、到達する瞬間を通知したら意味がないです。つまり、衝突まで0秒はありえないです。少なくとも1秒はあるはずです。何せ、ものは突然に現れないですから」


 イヴァンは私を見て、語調を強くして「しかし」と言った。


 「君がわたしの庭に現れた時、初めて0秒アラームが聞こえました」


 「つまり……私は本当に急に現れたってこと?」


 「最初はただ何かの間違いだと思いました。でもどうしても納得できない部分もまたあります」


 「……そっか」

 どうりでイヴァンは一時しつこく私がどうやってここに来たって聞いたわけだ。あの0秒アラームは合理主義のカタマリであるイヴァンにとって、どうしてもせないことなのだろう。


 なぜイヴァンが私は「テレポート」によってここに来たと思ったのも何となく理解した。超能力が可能だが魔法は不可能のではない、きっとイヴァンにとって、両方とも不可能に分類されたが、本当にものが突然現れたのならば、この両方のどちらにしか考えようがない。


 だとすれば、実際に研究している人々がいる「テレポート」のほうを選ぶしかできないのだ。


 「その時、神田さんは言いました」


 ——ミヨから聞いたんだけど、なぜイヴァンはミヨが魔法使いってこと信じないの?


 「わたしは信じない理由がないですから、と答えましたが」


 ——でも、詳細レポート見たよ。アラームは0秒だろ?31世紀の我々でもできない

ことだから、それが何よりの証拠なんじゃないの?


 「確かに尋常じゃないですが、きっと何かの理由があるはずですとわたしはそう言いました。そこで」


 ——そんな硬いこと言わずに、ここは素直で奇跡を受け入れればいいんじゃない?俺だったらそうするけど


 「その時はじめて知りました。わたしが庭で感じたその奇妙な気持ちの正体。なるほど、わたしは人生はじめて奇跡の存在を感じたのです。アンドロイドにとって感受のできないはずの気持ちの一種と言われたのですが、わたしはあの時——実際にそうではないが——しかと感じました。あの一瞬の誤解がなければ、恐らく一生感じることがないのでしょう。そう考えると、あの瞬間、あんなことが起こったのも、一種の小さな奇跡ではないんでしょうか。だからわたしは少し考えを変えようと決めました。奇跡は一体存在しているかどうか、見届けたくなりました。そして、わたしは君がドラゴンを撃退した時、小さいどころが、大きな奇跡に出会いました。見事なもんさぁ」


 「違う!あれは私の魔法じゃ……」私はイヴァンの言葉に動揺を感じた一方、どこから来たかわからない闇が私を食い尽くすように勢いで私を包囲した。


 「諦めないなんて、言うのが簡単さぁ……」私は目を下に伏した。


 「だけど、万が一の場合……もし私は本当に魔法を失うのなら……あるいは、魔法は生身の人間にしかないのなら……こんな無駄な希望を持って、却って傷付くだけじゃないか?だとしたら、一層のこと、もう魔法のことなんざ忘れて」


 そういうネガティブなことばかり言い放った自分を見て、イヴァンの言った別の理由とは何かをようやく悟った。

 

 他人の魔力を使いたくないとか、他の魔法使いに対する後ろめたさとか、私は魔法使いをやめたいのは、そんな綺麗な理由ではないのだ。


 私はただ、ビビっているだけだ。


 世界中唯一生き残った魔法使いとして、急に背負わなければならない重荷おもにを目前に、覇気はきを失っただけだ。


 他の魔法使いに対して申し訳ない気持ちがあるのが本当だが、実際のところ、魔法使いがもうこの世にはいない事実より、自分の魔法は本当に自分の魔法ではないことのほうがショックだった。


 世界がいつの間にか仇の手によって激変したというのに、自分のことしか考えていない自分を向き合えないのだ。


 そんな愚かで薄っぺらな自分は本当に魔法をもう一度手に入るのだろうか?

もし私が魔法を取り戻すことができないのならどうしよう?

こんなことを考えるだけで、頭が重くて重くてたまらないのだ。これこそ私の本心だ。


 イヴァンは優しく私の手を握った。その力加減からアンドロイドとは思えないほどの誠意が含んだのを感じ取った。


 「君は最強の魔法使いなんじゃないですか?他人の魔力を使うのは確かに君の性格に合わないですが。とはいえ、君はそれだけで諦める人間でもないはずです。たとえしばらくの間に他人の魔力を消耗しなければならなくても、君ならきっと何とかして自分の本当の魔法を取り戻そうとするでしょう。誰に言われようとしても、魔法を取り返す、それこそわたしの知った早苗ミヨです。だから、今さら諦めるなんて言わないでほしいです。そう約束してくれませんか?」


 手の握り方を変えて、今度は小指と小指を絡め合わせた。


 「何だ、31世紀になってもまだ指切りげんまんやってんの」


 「そこは21世紀から来た君に合わせてやったんのです」

 イヴァンがそう言って、私はなみだでも出たかのように目が潤ったと感じた。そんなはずがないにもかかわらず。


 「本当は、ただ弱音を一回吐いてみたいだけなんだから。私は魔法使いをやめるわけないだろう。何があっても、決して——約束する」


 私が親指で捺印なついんしたら、イヴァンが満足そうに微笑んだ。


 一件落着した後、モチベーションが自然と湧いてきた。


 とはいえ、現に、魔力の消耗は気合いがあれば解決する問題ではないのだ。

魔法使いは魔力を当たり前のように使うが、その源やら原理やらのことは必ずしも詳しいわけではない。知っているのは、ただ底を尽きる時はあるが、時に連れて自然回復できるということだけだ。


 しかし、二野のやつによれば、アンドロイドが使うこのエネルギーは、魔力の別形式で、魔力そのものではないので、魔法のために使うと、いずれアンドロイドを駆動するエネルギーを消耗して、魔力を底尽きとなる。


 そうなったら、限界はどこにあるのかを知らなければ。


 それをイヴァンに言ったら、イヴァンはしばらく考え込んでいた。そして、

「そうしたら、世界一嫌な人に会わなければ、ですね」と言った。

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