第21話 魔力のサーキュレーター

 私の推測が正しければ、二野の言った再分配は、恐らく当時私がで見たことの大規模バージョンだ。


 要するに、二野はより多くの魔法使いから魔力を奪って、それを全世界に配った。そんなバカな話……


 私は二野の笑顔を見て、不可能だとどうしても思えない。


 「今まで、ここで一人の魔法使いも見かけないのは……」

 頭の中に浮かんできたことを考えるだけでゾッとする。思わず背筋が冷えてしまった。


 「その通り、もう一人もいないよ。全部利用済みだから」二野はいかにも愉快そうに言った。その内容はその半月形になった目とはまったく相応《ふさわ》しくない恐ろしいものだった。


 「てぃめ……」拳を握り締めて、何かをぶん殴る衝動が高まっている。あいにくその対象は今実体がない。


 ——いや、いる。


 私は二野の体に目をやる。


 「いいの?私がいなければ、世界の平和も消えるのよ」二野は再びさも自分が救世主のような言い方をした。


 「計画はすでに成功したじゃない。じゃあんたがいるかどうかは別にどうでもよくない?」

 私は私なりの打算がある。


 二野と違って、私は昔も今も、ごく普通の一市民なんだから、人を殺すなんて当然やったことがない。


 でも、状況次第、たとえ手が震えていながらもやるべきことはやる。こんな危険な人は一秒にもこの世から消え去るほうがいい。世界の大義名分と言わなくても、自分のためにもそうするべきだ。


 「ごめん、成功したって言い方はちょっとだけ破綻があるの」

 二野は恐らく私のその考えを察した。だからあえて話を彼女にとって有益な方向に運んだ。


 「確かに、私は魔力をすべての人間にしたが、残念ながら生まれつきの魔法使いにとって無限な魔力は、普通の人間の中に入ったら消耗品になっちゃったから、私の思い通りにみんなが魔法使いになったことはない」


 それを聞いて、思わず鼻で笑った。


 「それ、完全に失敗したじゃない」


 「そんなことないよ。魔力は消耗品となって、使えなくなったが、人間は確実に以前より強くなった。ほとんどの病気が消えて、寿命も大幅に伸びた。31世紀の人を見て、おかしいと思わないのか?」


 ふと、町中の美男美女のこと、そして、林太郎ママの異様な若さのことを思い出した。


 「そもそも、私の願いはこの世界から不公平を取り除くことだ。魔法を再分配した時、ほとんどの魔法使いが死んだの。もちろん、対外にはそうは言えないから、正体不明の病によって、世界にはおおよそ三百万人の命が落としたと政府がそう発表した」


 政府が発表……。やはり、学習派は国の中枢機関まで浸透したのだ。


 「人間は魔法使いになれずとも、魔法使いがいなければ、この世界は多少平等になれるのだろう」


 二野の話を聞いて、さすがに呆れた。


 「大勢な魔法使いたちが亡くなったことが何とも思わないのか?」私は何とか怒りをこらえて、二野に聞いた。


 「うん。何とも思わなかったの」彼女は即答した。


 「だって、魔法使いのこと大嫌いだもん」言いながら、二野はわざといかにも無辜むこそうな表情をした。


 「とはいえ、もともと、殺すつもりはなかった 」二野の目は少しだけ暗くなった。


 「つもりはなかったが、結局殺してしまったとでもいいたいわけ?」


 「再分配を行なった時、魔法使いたちが死んだのは私のせいじゃないよ。もちろん、その術は人にとって少々負担が大きすぎるが、それによって死ぬことはない。ところが、魔法使いは密かに抵抗を企んだ。もともとね、人間が魔力を得たら、普通に魔法使いになれるわけだ。じゃあ、何で再分配によって魔力を得た人間たちはうまく魔法使いにならないのだろう?」


 私はそんなの知らないし、知ったとしても答えるつもりはない。二野はそんなことを知ったうえで、わざと私に聞いたのは、本気で私の返事を求めていないから。彼女は勝手に語り続けた。


 「それはね、魔法使いたちが自ら呪縛をかけたの。もし魔力が奪われたら死ぬ。その時初めて知ったの、もし魔法使いが死んだのなら、その人からもらった魔力は魔力として使えなくなること。もし魔力を魔力として使おうとすれば、消耗して自然回復ができなくなる。さらにわかったのは、魔力は遺伝するようになる。次の代が生まれる度、魔力は減る。つまり、いつか世界中の魔力はすべて消えてなくなるのだ」


 二野は一瞬で軽蔑そうな目つきをやった。


 「バカだね。死んでも魔力を譲らない。どんだけケチなの、ね」


 「人からものを奪ってよくそんなことを言う。やはり、殺す」


 私は二野の体へ向かった。


 「まだわからないの?いつか消えてなくなるはずの魔力はなぜ今でも存在しているの?」二野はさもその答えが自明しているように言った。


 だけど、私もまた何となく彼女の意味がわかってきた。


 「あんたが何らかの方法で魔力を永遠に循環できるようにしたのか?」


 「ビンゴ!」二野は満足そうに笑った。


 「もちろん、私一人じゃ到底できないから、ヨハンネスが必要なわけだ。少しだけは彼に感謝しているのよ」


 「ドラゴンはあんたのことを憎んでいるけどね」


 「まあ、彼から強制的に魔力を奪ったから、無理もないね」そうは言うけど、二野はちっとも後ろめたさを感じないような顔をしている。


 「人間に分けた魔力は使えない上、少しずつ自然界に流失しているから、その分ヨハンネスが摂取して、私を媒介としてまたそれを人間に再分配する。まあ、サーキュレーターのような構造だね」


 「つまり、あんたを殺せば、人間は再び普通の人間に戻るわけ?それだけ?」


 「あら、社会が奇跡的なバランスに到達したことはあんたにとっての話なの?手強いだね」


 「魔法使いの社会はあんたにとってもの話じゃない?」


 「うわ……根に持ってる」

 

 二野は少し思案してからまた話した。


 「じゃ、アンドロイドたちはどうでもいいの?」


 「彼らがどうした?」


 「彼らが使っているそのエネルギー」


 「——!」


 「充電の要らないエネルギー、都合良すぎると思わないの?それも、私とヨハンネスが契約した結果だよ。私がいないと、契約も当然解除するんだよ。ヨハンネスはあんたたちのために、魔力をエネルギーにすることはないと思う。アンドロイドだけじゃない、今の社会のほとんどはそのエネルギーによって動いたってことぐらいは知っているだろう。本当の意味で社会は崩壊するんだよ。もちろん、アンドロイドである今のあんたも生きていけない。どう?少しは私の存在の大きさを感じた?」


 「……そうか。あんたにとって、全世界が人質のわけだ」


 「私のやったことは自分のためじゃない。無限なエネルギーをテクノロジーに利用して、人間を労働の世界から解放したから、今のような楽土ができたわけだ。アンドロイドたちと平等に社会を築くことができるのも、人間は心から幸せを感じて、満たされているから、無意味の競争とか、紛争とかのことが消えたわけだ。そして、以上のことが発生できたきっかけも、私が再分配を行なったからなぁ」


 「だからって、あんたを許されるとでも思うの?」


 「許される?アンドロイドになっても、あんたの頭は依然として使えない物だね。言っただろ。私は他人のない覚悟を持っている。心の安らぎなんか最初から求めていない。ただ、この賭け、私が勝った。それだけの話だ」


 二野は珍しく真顔になった。


 「だから私が聞きたいのは、あんたもこのような覚悟があるかって話だ。今ここで私を殺したら、世界は良くなるというあんたの賭け、勝つ自信はあるのか?世界はどうなっても責任が取れるのか?」


 二野の言ったこと、絶対詭弁だ。でも、なぜ……なぜ何も言い返せないの?


 「そうだと思った」沈黙している私に対して、二野は冷ややかな口調でそう言った。

 

 「ああ、疲れた。バカなことをして世界を壊すことがないように、シュファニーは詳細をあんたに全部話すから、時間を取ってよく考えな。そして、一つだけ忠告してやる。もし今でも自分は魔法使いだと思ったら大間違いだ。あんたはただアンドロイドを駆動しているエネルギーの真の使い方がわかるだけで、決して魔力を有することじゃない。あまり使っちゃうと本当に死んじゃうよ」


 透明な二野は話しながら、自分の体に向かった。霊体と体が重なって、再び一つになる前に、呟きのように、


 「まあ、考えれば風刺と思わないの?あんたを殺したのは私だが、あんたに新生を与えたのも結局私だね」と、


 最後の言葉を残して、彼女が深い眠りに戻った。


 その瞬間、私はその場で崩してしまった。シュファニーが奥の道から現れて、「あら、まあ!」と言って駆け付けた。


 ——完全に負けた。


 殺されかけたあの時よりもずっと。


 世界は本当に公平なもんだ。善だろうか、悪だろうか、千年もあれば野望は成功する。


 私はこの時代に来てから初めて本気で泣いた。本気で泣いたけど、無機質な目から何も出てこなかった。

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