第1話 コイツはサイコパスだ

 目が覚めたら、見覚えのない場所にいる。

 

 周囲を確認したいが、頭が何かしらのものに固定されて動けない。体を動かそうとしたが、なぜか頭以下の部分を感じることができない。まるで自分は頭だけの存在だった。そう思うと急に怖くなってきた。

 

 自分はどうしてここにいるのか?

 

 それに関してまったく覚えがなかった。

 

 そんな時、ふいに足音が聞こえた。思わず逃げて隠れようとしたが、あいにくそれはできなかった。仕方なく恐る恐る次の展開を待つしかない。

 

 「目覚めましたか?」

 

 穏やかな男性の声と共に、見た目三十ぐらいの男が視野に入ってきた。少し長めの金髪と立体的で端正な顔立ちに見とれて、何となく落ち着いた。とはいえ、謎だらけの状況は依然として変わらなかった。

 

 「……」声を発したいが、初めはうまくいかなかった。

 

 「声、聞こえますか?」

 

 男は再び問いかけた。

 

 「き、きこえます……」

 

 もう一回試してやっと話せた。でも何だろう。この聞き覚えなさそうな声に違和感を覚えた。

 

 「よかった」

 

 男の口角の両端が微かに上げた。その爽やかな笑みが眩しすぎて、安心を感じながらも直視できなくて、思わず目を逸らした。

 

 「ここは?」

 

 疑問は山ほどたくさんあるが、とりあえずこの問題から聞くことにした。

 

 「ここはわたしの作業部屋です」

 

 男はあっさりと答えたが、さらにわからなくなった。

 

 「なぜ私があなたの作業部屋に?ていうか……あなたは?」

 

 「詳しい状況は知らないですが、簡単にいうと君が突然にわたしの庭に現れて、全身がひどく火傷してしまったので、手当てをしました。そして、わたしはイヴァンと申します」

 

 今回も何の躊躇もなく質問に答えたが、さっきと一緒で、それでわかることが一つもなかった。謎が逆に増えたとも言える。

 

 これじゃきりがないと思って、一旦口を噤んで、頭で情報をもう一回整理した。

 

 火傷を手当てということは、ここは病院なのか?じゃ、体が感じられないのも、治療のためかけられた麻酔のせいか?いや、「作業部屋」と言ったよなあ。少し嫌な予感が湧いてくる。

 

 「あの、手当てというのは……どんな?」

 

 「人間情報移転HUMAN DATA TRANSMISSIONを実行しました」


 イヴァンという男の口からスラスラ吐いてきた言葉はあまりにも意味不明で、頭が回らなかった。

 

 「えっ……?なにそれ?」

 

 「要は一種のデータ伝送です」

 

 「いや、だから、人間何とかのことの内容がわからないって言ってんの……」

 

 「つまり、君の人間としての情報を機械の体に移転したということです。君の火傷がひどすぎて、手術をしたものの、君の体がそのようなダメージに耐えられなくて、多臓器不全になってしまったので、やむを得ず伝送を実行しました」

 

 「そっか……」

 

 ——じゃなくて! ちょっと待って……

 

 いやいやいや……コイツ、なんかさりげなくとんでもないことを言ったよね。機械の体?そのSF映画の中しか出てこない安っぽい設定……きっと噓だ。

 

 よく考えれば、この男の言葉を鵜吞みする必要がまったくないじゃないか。知らない男だし、言ったこと胡散臭いし。

 

 「これまでの対話からすれば、情報の伝送がうまくいったようですね。今は試しに体幹の部分に繋がるから、ちょっと待ってね」

 

 男はまたそのSFの設定をやり通そうとしたが、私はもうわかってしまったのだ。

 

 ——コイツ、サイコパスだ。

 

 きっとそうだろう。何か人間としての情報なんだよ。頭おかしいじゃないの。あれだ。ホラー映画でよく現れるあれだ。変態殺人鬼的な?人をバラバラする愉快犯だ。

 

 動けないのはきっと薬か何かを盛られたせいだ。私を逃げないように……先ほど颯爽だと思った笑顔は今思えばただただ気持ち悪い。それはきっと人を殺める前の笑顔に間違いない。

 

 そうだ。逃げなぎゃ。でもどうやって?

 

 頭の中にあれこれ考えるうちに、突然にビリビリな感覚が全身を通って、体を再び感じることができた。早速手を上げて頭を固定したものを外して起き上がった。その時、ふっと手と思われたを見た。

 

 「なにこれ……」そこにあるのは、どう見ても本来あるべき腕と手ではなく、金属製の物質だ。肌色に代わって、やや光を反射しているつるつるの鼠色だ。


 身に纏う簡単なガウン越しで体を触ったら、知らない触感ばかりだ。心底に恐怖を感じた。死に対するものではない。


 もし、この男の言ったことは、本当だったら?

 

 「まだ作業が終わってないから、動かないで」と男が言って、こっちに手を伸ばしたが、その手を押しのけて、とりあえず出口の方向に逃そうとした。

 

 「待ちなさい」

 

 男の言ったことを聞いた途端、力が抜けられたみたいに、全身の感覚が再び失って、部屋の真ん中に倒した。

 

 一体、何かどうしたのか。

 

 「……」


 ショックのあまりで、しばらく何も考えられない。

 

 「大丈夫ですか?」


 男は私を助け起こして、隣の作業台に座らせた。

 

 「あんた……何をした?」

 

 「不本意とは思いますが、命を救うための措置です」


 男は平然と言いながら、作業台に垂らした複数のケーブルを私の頭と体に繋がりなおした。感覚はそれによってまた戻った。

 

 「こちらのケーブルはデータ伝送に必要なものだ。頭と体の繋がりが百パーセントできるまで外さないでね」


 さっきのようなことを防げるためなのか、男は丁寧に説明した。

 

 「私はロボットになったのか?」


 信じ難い事実だが、否定できない強い証拠が今、目の前にはある。さっきは慌てすぎて気付かなかったが、部屋の右側の壁には、まあまあ大きい鏡が置いてある。その中に映された自分の様子は、どう見ても人間という生物とは無関係なものだ。


 ただ一つのメタルのかたまりだけだ。

 

 「まあ、そのようなもんですね」

 

 「じゃあんたは?狂気の天才科学者みたいなもんか?」

 

 「私は科学者ではない。強いて言えば、医者?」

 

 「噓つけ。医者はこういう人体改造実験はできないだろう。人を勝手にロボットにするなんて、違法じゃないか?」

 

 「違法か……久しぶりに聞いた言葉ですね。もうそんな法律がないですよ」


 男は何だか懐かしそうに私の言葉をその後も何回復唱した。

 

 彼はケーブルの接続をもう一回確認しながら、手元のタブレットをいじった。「まあ、でも改造実験という点は否定できないかもね」

 

 「今はない?」男のいうことと手に持っている明らかにハイスペックなタブレットから何となく悟った。


 ——そっか……21世紀じゃないんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る