第2話 侍の少女、椿姫

「しかし、あのお嬢様、相当に緊張している」

「それは仕方がない。僕らは所詮は軍人ごっこをしているだけなんだから」


ただの学生が戦場のただなかに放り込まれたのだ。

そう思うと、いろんなものが鋭敏になってしまって敵わない。


「だが、カタログナンバーで呼ぶことのは無礼だな。BX099など、そこはせめて人の名前で呼ぶではないか?」

「それぐらいしかすがるものがないんだから、彼女の気持ちもわかるよ。

 僕らには階級がない。だから成績をとりあえず仮の序列にして、無理やり指揮系統を作ってる。

 スカーレットさんはAX088。A階級の中でもかなり下の方だろうから、そこもかなり余裕がないんだと思う」

「ふむん、さっきお前に投げかけたビリッケツとかいう言葉。自分が一番気にしてることもであるって訳か」

「かもしれない」


エドは大きく息をつき、くすんだ紺色の軍用魔導ローブを整えた。

ロクシェメリス魔導学院“X学級”のくすんだ紺色の制服に袖を通してから、まだ一か月も経っていない。

魔法学院の生徒として、魔導の研究の道に進むはずの立場だった自分が、こんな戦場に来てしまっていることに未だに実感が涌かない。

おそらくそれはエドも、スカーレットも、椿姫も、ここにきている皆が全員そうだ。


「しかし私たちみたいな学生、戦場で役に立てるものか?」

「立たないと思うよ。というか正規軍的にもかなり扱いに困ってるんじゃないかな」

「それもこれも、ついに中立の立場を崩さざるを得なかった魔導都市の力不足、か。歴史ある魔導都市が泣ける話だ」


数世紀前の大戦争以来、中立の立場として各軍に魔導具を開発していたロクシェメリス。

だが大きな戦争の流れの前に、そうしたスタンスは儚くも崩れ去った。

どちらかにもつかず、どちらにもいい顔をするということが通じる時代ではなくなった。

明確に自らの陣営を示さねば、取り込まれるのは時間の問題だ――と都市の上層部は判断したのだろう。


だから先日ロクシェメリスは正式に“機械の国”へ協力することを表明した。

その証拠としてこれまでの武器提供でなく、血の通った人間を提供する……それゆえのこの軍事学級“X学級”の結成だ。


「都市としては一線級の研究職のじいさんや魔女やらはおいそれと出せない。

 だから、私たち学生にお鉢が回ってきたと、そういう訳だな。

 でも意味あるのだろうか? 現に学生と軍人の混成部隊なんてできず、私たちはほぼ隔離されて後方から魔導兵器の起動だ。

 正規軍がどこにいるかもわからん。連携なんて全くできてない」

「一応ポーズにはなる。優秀な人員を前線まで送りましたと言えることが大事だ」

「建前だな」

「ああ、全部建前だと思う。だが建前というのは大事だ。

 雑に捨て駒として扱われなかっただけマシだとは思う」


正規軍としても素人の魔術師もどきなど戦力には換算できないらしい。


だから後方支援という名目で、遠距離から妖精たちの砲撃するという、かぎりなく重要度の低い配置にされた。

“春”の妖精部隊は機敏かつ狡猾で、大規模砲撃などただのけん制にもなるか怪しい。


とはいえ魔導都市からいただいた貴重な戦力である学生たちを、下手に前線に出して死傷者を出してしまったら、それこそ多大な貸しを作ることになる。

“冬”の正規軍としてはそれを避けたい訳で――エドたちX学級はそうした名状しがたい政治の結果としてここにいる。

学生以上軍人もどき、なんとも中途半端な立ち位置だ。


「……で、さっきの話は本当?」


詠唱の準備を進めながら、椿姫は声のトーンを落として聞いていた。


「さっきのとは?」

「お前の感覚だよ、あのお嬢様にこきおろされたお前の感覚」

「僕は嘘は言わない。実際、君も感じているんじゃないか? この肌のざわつく感じ」

「ふむ、本当か。本当に君はここが危ないと思っているのか」


椿姫はそう言って神妙な顔で頷いた。


「よし、では二人で一緒に逃げようか」


と。

敵前逃亡は呪殺ということだったが、彼女は迷わずそう口にするのだった。

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