アガパンサス

ぬこみや

プロローグ

ある涼しい春の日、

少女は教室の隅で帰り支度をしていた。

半分ほど開かれた窓から教室内へ

入ってくる風に、白いカーテンがはためく。

1人しかいない教室の窓際で

無機質に時を刻む木枠の時計は、

午後4時半頃を指している。

彼女はこの日、日直だった。

提出物をクラスの出席番号順に揃え、

職員室に提出しに行った。

教室に戻ると、

さて帰ろう と言わんばかりに

すぐに支度を始めた。

それが終わると、カーテンが踊る窓の

鍵を閉め、黒板を消し、電気を落とす。

そうして彼女は廊下に出て、

足早に下足場へと向かった。

北向きの窓から差し込む

夕方の優しい光が彼女を照らす。

手洗い場の鏡に立ち止まり、

崩れた髪を結び直す。

艶のある可憐な黒、背中の半分程まで

伸びるその繊細な線の全てを

一つに束ねた彼女は、

再び歩き始める。

授業が終わって少し時間がたってしまったので、見かける生徒も居ない。

ただ聞こえてくる運動部達の声。

吹奏楽部の音色。

そうしてこだまする少女の靴の鳴らす

軽快なリズムがあった。

下足場に着いた彼女は、

自分の靴箱を開いた。

靴を取り出そうとした。

ふと、異変に気づいた。

彼女の靴は、いつもの通りの状態で

そこにある。かなりの期間履いているはずだが、全く疲労を見せていない、

入学祝いに、と祖父母から送られた革靴。

その靴の上に、一通の手紙が置いてある。

宛名は無い。送り主の名も。

丁寧に赤いシーリングスタンプで

閉じられた、長方形の茶色い紙の袋。

中には何が入っているのか。

本当に手紙だとして、何が書いてあるのか。

彼女が先程覚えた奇妙な不気味さなど

とうに吹き飛んでしまった。

今はただ、この中身が気になった。

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